第79話 指輪をくれた君。−2

「そう、だから聞きたかったけど…そのまま変なことになっちゃって…」

「ハル、この指輪のことも思い出せないの?」

「指輪か…うん…。あんまり昔の記憶が残ってない…なんだろう…」


 生徒会室の長椅子に座って隣の席に誘った先輩が俺の肩に頭を乗せて話を続けた。指で持ち上げたネックレスを見ながら先輩はその中に刻んでいる字を見せてくれた。


「この中に何が刻んでいるのか、見える?ハル。」


「春日が好き」って小さい字が指輪の中に刻んでいた。


「え…ペアリングか…でもそれで俺が渡した話にはならないと思う。」

「へへー」


 なんかニヤついているし…

 指輪の表を見せる先輩はそこに刻んでいる字を読ませた。


「加藤春木。」


 俺の名前が指輪の表に刻んでいるってこれは一体なんだよ。本当に俺から先輩に指輪を渡したのか、俺の名前を読んで少し記憶を思い出そうとした。

 もしかして、俺…想像以上のバカなのか…


「…」

「どー?私は指輪なんか人にあげたこともないし、もちろんもらわないからね?」

「でも春日は前にこう言ったじゃん。誰かにもらった気がするって言ったな?」

「それは…私の部屋で言ったら恥ずかしくなるでしょう…あの時は付き合ってなかったから…」

「そうか…俺も最近この指輪の存在を知って、なんだろうなーと思ってた。」


 念のため、カバンの中に入れておいた俺の指輪を出してみた。やはり指には嵌められないサイズだ、中には「片思いが叶いますように。」…って刻んでるし…これは確実だよな。

 表に刻んでいる「武藤春日」の名前を見てようやく分かった、一方的に押し付けたのは俺の方だったことを…渡した記憶全然ないし…

 よくもそんなものをネックレスにして今までつけたな…先輩。


「そうでしょう?」

「…」

「未だにも覚えてるよー、小さいハルがもらったお小遣いで指輪を買ってきた時の顔をねー!」

「俺は幼い頃から何をして来たんだ…」

「でも私は…すごく嬉しかったよ?」

「人からそんなこともらわない先輩が…?」

「うん。あの時のハルがすごくかわいかったからね。走って来てこれ!これ!あげるからー!って言ってたよ。」

「そんな恥ずかしいことを…」


 子供の頃に一体何をしていたんだ…ため息が出てしまう。でも、俺はなぜそんなことすら思い出せないのかな…まるで記憶の一部が切られているように頭が真っ白くなる。


「それで…ハル…」

「うん?なに?」

「なんでもないー!」


 そうして笑顔で俺を抱きつく先輩はそのまま静かにしていた。


 —————6年前。


 12歳、私の人生は豊かだった。

 家は大手企業をやっているから幼い頃からお金持ちで欲しいものなら全部手に入れることができる女の子だった。

 私からこんなことを言うのはすごく恥ずかしいけど、顔もスタイルもいい女の子で中学に入った時からあちこちで告られ、高校生の先輩からナンパされたことも多かった。やはり男子は全部一緒だったことを中学に入ってから分かってしまった。


「武藤さん、カラオケ行きますか?」


 今日も平気に話をかける同じクラスの男子、その連れも行こうと誘って断るのができなかった。そしてみんなで歌を歌うだけ、それだけだったらいいと思ったけど私がいるところにはいつも男子たちの視線が感じられる。

 

 扉の向こうから私を誘った男子が手振りでこっそり呼び出した、そしてカラオケの自販機前で突然あの男子から告られた。


「好きです!武藤さん!つ、付き合ってください。」

「ごめん…私よりもっといい人が似合うよ…ごめん、私先に帰るね…」


 と、こんな返事しか出せない、ふっと思い出したのは男子はかわいい人なら誰でもいいのかな…と思った。私に告白した人は三日後、他の女の子に告白して付き合うことになったらしい。

 さすが…


「…家にも帰りたくないな。」


 携帯の時計を確認して川が見える芝生に座る、午後の7時。まだ家に帰りたくなかった私は虚しい心を癒やして川を眺めていた。


「あ…もう7時ね…あの子、今日は来るかな…?」


 川を見つめながら心を癒やすのが癖になってしまって、中学に入った私はほぼ毎日芝生で川を眺めた。人と関わるのも家の息苦しい雰囲気も、この場所で癒やされる。

 そしてここで数日間ぼーっとしてて分かったことが一つある。それはある男の子が毎日同じ時間になったら川の辺りを走っていることだった。小学生くらいに見えるけど毎日毎日頑張って走るのが見えてきて、なんとなく心から応援していた。


「かわいい…」


 あの子を見ることもけっこう楽しい…私の毎日を癒やしてくれる二つの幸せだった。


「あ、足を挫いたのかな…」


 遠くないところで男の子が倒れていた。


「ね、大丈夫?」

「うん!平気!」


 かわいい…小学生のくせにこんなにかわいくてもいい…?反則だよ。

 私より背が低かったあの子は倒れても痛みを堪えて、私に笑顔を見せた。そのキラキラする目と明るい性格が今まで見てきた男子とは違う気がした。

 小学生の相手に…バカみたい私。


「お姉ちゃん、毎日あの芝生で休んでいますね!」

「うん、知ってたの?」

「うん!僕は加藤春木って言います!次!会ったらあいさつします!」


 平然と名乗るあの子の名前は加藤春木、話を聞いたら10歳で近所の小学生らしい。


「うん!私、武藤春日って名前なのーよろしく。」

「下の名前に同じ漢字が入る…じゃなくてよろしくお願いします!」

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