第71話 体育祭。−7

「ハルー!頑張れー!」


 遠くからかすかに聞こえる先輩の声が走ってる俺に元気をつけてくれた。


「さあー!いよいよ、アンカーの出番です!先倒れたチーム『南』のアンカーはなんと!加藤春木です!」

「加藤春木が出たことはチーム『南』逆転を…狙うのか!?」


 俺ってそんなに偉い人でもないのになんで決め手みたいな扱いをするのかな…普通なんだけど。

 その勢いで前に走っている二人を追い抜いた。


「あー!速い!もう二人を追い抜く加藤春木ー!」


 長距離はかなり厳しい、走っている間にもう終わってくれないかな…と思ってしまう。けれどこれはこれなりにやる気が出るんだなー、前の二人を追い抜いた時から心臓の鼓動が止まらなかった。

 その前に3人が走っていることを確認してスピードを出す。仲間が倒れた分も含めて俺が頑張らないとな!


「あああ!」


 全力で走る、さらに加速する。もっとスピードを上げる…!


「なんとー!チーム『南』!いや、アンカー加藤春木!スピードを上げて3位まで追いかけて来たぁー!!!」

「まだゴールまで長い〜!半分くらいの距離が残っている時点で結果はどーなるのかー!」


 1位で走ってるやつがかなり速い…今のスピードじゃ追い抜けない、まずは2位を取ってラストスパートを…

 前に走ってるのはチーム『北』二人、クソ…


「縮まるー!距離が縮まるー!」

「2位と並んだー!」


「春木ー!走れー!速度出せー!」

「行けぇー!」


 康二と夕が席から声を上げている。


 6位から2位まで追い抜いた時点から1位が俺のことを意識して来た。後ろをちらっと見たやつはこのままペースを守りながら最後にラストスパートをかけるつもりだ。

 なんとなくそんな気がした、その前に距離を縮まらないと…


「はあはあ…」


 やばい、超楽しい…今は息苦しいこの感覚すら楽しんでしまう。


「ハル…笑ってる…」

「え?笑ってるって…気のせいでしょう…?だってアンカーだから。」

「なんとなくそう見えたよ。」

「春木は目がいいねー」


 春日の頭を撫でる美也。


 前を真っすぐ走るだけでこんなに気持ちいいなんて、なんで俺は諦めようとしたのか…やってみないと分からないのになー

 汗を流して息を吐いて、気づいたらほんの少しだけで前の走者を追い抜けそうだった。

 もう少しだけ…動いてくれ俺の足…ほんのちょっとだけでもいいから。


「行けぇー!」


 クラスメイトたちの声と司会たちのリアクションが響く運動場、もはや俺と1位走者の競走だった。


「後少し!6位の加藤春木がついに2位まで追いかけて来ましたー!!!!」


 だが、6位から距離の差を縮めるために力を使いすぎてあいつに勝てる気がしなかった。ラストスパートをかけるまで後5秒くらいかな…

 全力で走る俺たちの前にいよいよゴールが見えた来た。


「フッ。」


 笑った…?

 少しの差で遅れていた俺はその走者の横顔が見られた。それは自信に満ちている顔でそろそろ勝負をつけようとする顔であった。


「いよいよー!ゴール前!誰が1位になるのか!!!!」

「北か南か!1位になるのは!」


 司会の話が終わる頃、北のアンカーがさらにスピードを上げた。


 まずい…これからもっと出せるのは無理なんだ。いけない、まだ俺は最後まで役目を果たす義務があるんだ、俺のために…応援してくれる人のために。

 このリレーから再び証明してあげる、俺が速いってことを…!


「ああああー!」

 

 ゴールまで走るための力をこの足に注ぐ。

 バトンを持っているのかないのかなんの感触も感じられない、運動場の音もみんなの声も全然聞こえない。俺に残っている感覚は心臓の鼓動と吐き出す息だけだった。


「これは凄まじい!加藤春木ー!チーム『北』のアンカーと並んだ!!!!!」


 後、もう少しやー!!!!!


 ゴール…

 ゴール……

 ゴール………!!!!!


 俺にはもう隣の人を見る暇なんかなかった。ただ、前を向いて全力で走ってゴールするだけだった。

 全てをここにかけるだけだった。再び、俺は…!


「ゴーーーーーーーーーール!!!!!!!!!!!!!!」

「その結果はー!!!!!!」

「チーム…」


 …俺は全力で走った。


「チーム『北』!!!」

「1位で入ったのはー!チーム『北』のアンカーでした!!!!」


 俺の全てはこれくらいだった。

 最後の瞬間に俺を追い抜く北のアンカーはとても速かったから俺には無理だった。


 覚悟はしていたけど…足りなかった。

 俺のリレーは…負けた。


「はあはあ…」

「君、本当に速いね!」

「…」


 あの人の話に答えられなかった、息をするだけで精一杯だから…

 勝負が決まった時、ゴールラインで沈黙した。息切れして膝に手を当てる俺は負けた重圧感で顔を上げられなかった。

 みんなが信じてくれて、このリレーはどうしても勝ちたかった…


 でもごめん…負けた。

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