第70話 体育祭。−6

「やぁー!助かったー!」

「何がだ。」

「アンカーに決まってるだろう?」


 やると言ったけど運動場を一周するなんて考えたこともない、短距離ばっかり走って来た俺にアンカーか…


「アンカー…」


 リレーが始まるまで10分くらい時間が空いて、俺は熱くなった顔を冷やすためにトイレに入った。

 なんだろう。この感情は…疲れてもう何もしたくないのに、心から感じられるこの渇きはなんだ。鏡に映った俺の表情はとても喜んでいた、まるで遊びに行く子供のような顔だ。

 バカみたい…でも…


「ふう…楽しい。」


「加藤くん?」


 トイレから出た時、通りすがり佐々木先輩が話をかけてきた。


「佐々木先輩?」

「走り、見事だったよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「…」


 それから静かにこっちを見つめているけど、多分康二のことか…相談しに来たんだろう。


「あの、先輩。」

「加藤くん!」


 同時に話す二人。


「先、どうぞ。」

「うん、私…しつこい…かな?」

「いいんじゃないですか。それくらい…好きな人だし。」

「そうかな…迷惑をかけているんじゃないのかな…」

「やはり木上が気になりますよね。」

「…仲がいいから。」

「他人の事に口を出す立場ではないんですけど、佐々木先輩が頑張ってることは知ってますから俺も康二に佐々木先輩の方がどーかなって言ったんです。」

「ほ、本当?!」

「はい。でも、誰を選ぶのかは康二の選択ですから…」

「ありがとう…」


 佐々木先輩の不安な顔が見られた。でもそれは仲がいいってだけだし、別に付き合ってるとかしてないからチャンスはあるんじゃないかな。

 なんで康二のやつは答えを出せないのかよ…人気者。


 たまにこうして佐々木先輩と俺が行き合う時、先輩は自分の悩みを話してくる。


「先輩はいい人ですよ。頑張ってくださいー」

「ごめん…急に変なことを言い出して。」

「いいえ、康二のことで相談するならいくらでも聞いてあげます。役に立たないんですけど…ははっ…」

「ありがとう。」

「そろそろ戻ります。では先輩も頑張ってください。」


 その後、佐々木先輩はクラスメイトたちがいるところに戻って行った。

 それにしてもいい加減に何か言ってほしいけど…ったく何を考えてるんだあいつは。


「春木!そろそろ行こう!」

「分かった。」


 体育祭のリレーはなんって言うか男のロマンみたいなことで、先より多い人たちがリレーを見るために集まって来た。

 その中で準備をしている1年リレー、走るのは俺と康二を含めて5人が出る。スタートは一応足が速い「上原康二」がバトンを持って待機し、後ろの3人はクラスで走りに自信がありそうなやつたちが並んでいた。

 そして最後のアンカーは俺、「加藤春木」。


 なんか目立つのが恥ずかしい…


「おい!康二、どうせやるなら1位を目指せー!」


 俺はスタートラインに立っている康二に叫んだ。


「何言ってのー、アンカーは春木だろう?」


 あーそうだ。アンカー俺だったな…一応リレーだし…


「みなさんー!もう始まりますよー」


 先生の話にスタートラインに立っていた人たちが真剣になった。


「はいー!」


 そして出発のサインが鳴いて、康二が全力で走った。


「さあー!1年男子リレーが始まりました!」


 スタートは悪くない、康二が2位で走っていた。1位は意外に足が速くて始めてから康二と差を作っていた、時間上0.3〜4秒くらいの差か…この距離はなかなか縮まらなかった。


「行け…!」


 康二の疲れる顔が見えた。その差をどうしても、少しでも縮まるために頑張る康二…


「チーム『北』!速いです!このまま1位で次の走者にバトンを伝えるのか!!そして後ろにはチーム『南』!追いかけていますー!」

「その差はなかなか縮まらない!!!2番走者にバトンを渡すのはチーム!『北』なのかっ!!!」

「チーム『南』!急にスピードが上がった!」


 康二…


「ほおー追いかけるのか…でも終わりだ。俺が先にバトンを渡す!」


 1位で走っていた『北』の走者が先に2番走者にバトンを渡した。


「行け!」


「さあー!チーム『北』!が先頭で走っています!そして次々と入ってくる1番走者たち!」

「2番目からが本番ですよ!まだまだ勝負は終わってなーーい!」

「現在の1位はチーム『北』!続いて2位はチーム『南』!そして南、北、南、南、北、北です!」


 どうせ1位にならないと意味なんかない、走りは一位だけが重要だ。1位と2位の戦いなんだ。

 俺たちの2番走者はずいぶん頑張って1位との距離を縮まろうとしている、でも1番走者が作った差を埋めるには難しそうだった。

 その後ろから追いかけていた他の人たちより1位と2位が遥かに前を走っている。


「あー!3番走者までチーム『北』がもらってしまうのか!!!チーム『南』わずかの差で追い抜けない!これは、これは惜しいー!」


「頑張れー!」

「おい!C組!追い抜けぇー!」

「何してんだ!」


 この距離からクラスメイトの応援が聞こえる。そして他のクラスの生徒たちも自分のクラスを応援し始めた。


「北ー!北だ!先に伝えたのはチーム『北』!」

「さすがに北の1年たちは速いですねー!」

「そうです!チーム『南』ー!これからもっと頑張らないとこのまま1位を取られる状況ー!どうするのか!!!」


 大袈裟だ…俺たちは勝つ、走れー!もうちょっとでいけそうだ。


 そんな期待を持って俺は4番走者に託した。


「いよいよ、4番走者ですね!」

「北と南の差がなかなか縮まらないまま4番走者が走りますー!」

「やはり1位はチーム『北』なのか!」


 頼む、走ってもうちょっとだけでいいから…1歩だけでも…


 運動場の半分、俺は4番走者に目を逸らすのができなかった。席で俺たちの応援していたクラスメイトたちも4番走者が走ってから静かにリレーを見つめていた。

 

「あー!チーム『南』さらにスピードを出していたー!」

「これはー!これはー!北の走者と並ぶのか!」

「並ぶのかー!」

「あー!」


 頑張ったよな、4番は最後の最後に北の走者と並んだ。これなら…!


「あっ!」

「これはいけない!!!!!!ここでミスったーチーム『南』!」


 最後の最後、俺に届く5秒前。バトンを渡す4番走者は足を挫い倒れてしまった。

 バトンを落として地面に倒れた4番走者は腕と膝から血が出ていた。


「大丈夫かー!」


 声を上げても聞こえないだろう…どうしよう。


「チーム『南』の先頭がバトンを渡す前に倒れた!これはチーム『南』にピンチではないかー!どーするのかこの状況!」

「1位はチーム『北』がもらってしまいますね!」

「1位は決まりましたよねー」


 傷を負っても諦めない4番走者はその場から立ち上がって最後の力を出して俺にバトンを渡した。


「ごめん…」と言って…


 予想外の事故が起こった俺たちは2位から一瞬で6位になってしまった。


「任せとけ。」


 まだ、終わってない…


「ハル…」

「なんだ。心配になる?春日。」


 少し慌てる姿で春木を見つめる春日。


「ハルが負けちゃう…」

「まだ終わってないでしょう?最後まで見てみよ。」

「うん…」


 そして5番、アンカー加藤春木が走り出す。

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