第69話 体育祭。−5

「あっちかー」

「桜木くんってなんでそんなに加藤くんに執着する?」

「春木かーまぁー面白いから…?」

「そう?」


 久良の目は春木を向いて輝いていた。彼は今まで待っていた心の虚しさを春木が満たしてくれると確信して、結奈と一緒に椅子に座った。


 …

 さすがに人目が多い場所はまだ苦手だった、真っすぐを直視しないとな…これはチームと俺のための走り…

 

 よし…行こう。


 覚悟を決めた、ただの体育祭の100メートルにここまで緊張するとは思わなかった。


「はいー準備はいいですかー!」


 並んでいるみんなが真剣な顔をしている、見なくてもそれは知っていた。


 …そして出発のサインが鳴いた。

 走れ…!


 気持ちよく踏み出した一歩が自分を暗闇から引っ張り出せるように俺は自信に満ちていた。


「あー!速い速い!!!」


 先頭は俺がもらった!


「チーム『南』!スタートから速いです!」

「ただの100メートルですごい差を見せてくれた、あの1年生は!昔、高山で知れ渡る加藤春木ー!」


「美也美也、春木が走ってるー!」

「何ニヤニヤしてんの…チッ。」


 3年生の席から美也と腕を組んで100メートルを見ている春日。


 なんで司会が俺の名前を知っていたか、分からないけど確かに俺の名前を呼んだよな。

 まだ覚えている人がいるなんて嬉しいなー、そして勢いを駆けた俺は風を切って、前を向いて走るだけだった。


 いいなー体の全神経が走りに集中している…

 ただの100メートル、ただの走り、ただの…10秒。

 この間に俺は全力で走った。足は痛くない、激しいあの苦痛もない…これなら最後までいけそうだ。


「速いー!1位はー!加藤!加藤ー!」

「あー!全然追いかけないー!加藤、加藤!!!!」

「10秒11なんて、どんだけ速いのか!!!加藤春木!」

「10秒!!!なんとー!10秒!」


 司会たち…大袈裟すぎる…

 でも、司会の話通りすごかったのかな…100メートルを見ていた人たちが俺に驚いていた。確かに始めてからそんな差が出たら驚くべきだな、9秒台の桜木には勝てないけどこんなのもありか…もうちょっとで9秒台に入るとこだったけど惜しかった。


 あいつは才能があるから…


 心が弾む。膝に手を当てて息を整えると、偉そうに見られた者たちを全部排除した後であった。それだけだった。


「はあ…はあ…一瞬だったな…」


「へー春木、10秒11ってー」

「それくらいの空白期があったのに10秒11かー」


 楽しそうな顔をする久良は息を整えている春木を見つめながら席から立ち上がる。

 結果に満足した彼の顔は次の時を待ってるように見えた、隣の結奈もそんな春木を見つめてほほ笑んでいた。


「そろそろ行くか?」

「もう帰る?」

「一応俺たち学校サボってきてるし、せっかくだから彼氏でも見てくる?正門から待つから。」

「うん…それもいいけど…やっぱ帰る!」

「そっか?」

「加藤くんを見たら練習したくなった!」

「へーなら行こう。」

「うん!」


 100メートルで1位を取ったチーム『南』は少しの差でチーム『北』を追い越した。

 そしてみんなのところに戻ると康二と夕が迎えに来た。


「春木!!!」

「1位の男…」

「何その呼び方…」

「10秒11ってすごいじゃんー!」

「そうかな…なんか疲れた。」

「後はリレーかな!リレー!」

「夕、リレー好きだったか?」


 康二が夕の肩に手を乗せて、真剣な顔で言う。


「代わりにどー?」

「嫌だー」

「チッ。」


 久しぶりに走ったわけで心も体もその一瞬で疲れたしまった。


「大変だ!」


 椅子に座ってゆっくりイオン飲料を飲む時、リレーの準備をしているクラスメイトたちが慌てている姿が見えた。


「どうしよう…」


 その場にいた康二があの生徒に聞いた。


「どうした?」

「1年リレーがもう始まるけど、俺たちのアンカーが足を挫いて出られないんだよ。」

「…マジかい?」

「アンカーは運動場を一周しないといけないから大変なんだよ…」


 大変そうな状況だな、アンカーが出られないのか…

 俺は飲料を飲みながらその状況を眺めていた。別に俺から出来ることもないし、リレーは個人的に好きだったから上手く解決できることを心から祈っていた。


「どうしよう…C組だけアンカーがいない。」

「代わりの人を探して見るんだ!」

「みんな、もう疲れてリレーのアンカーは無理だよ。」


「…一人いる。」


 二人の話に加わる夕はこう言った。


「あそこにゆっくり休んでいるやついるじゃんー」

「あ?」


 夕の話でリレーを待っていたクラスメイトたちは一斉に春木がいる方向を見つめた。


「加藤か…いけるかも!」

「そうだ!俺たちには加藤がいたんだ!」


 なんか騒がしくなったな、いい解決策でも見つかったかな。

 てか、俺すごく睨まれている気がするけど…気のせい…?


「春木ー!」


 運動場を眺めている俺を呼ぶ康二の声がなんとなく不安に聞こえた。まさか…俺にアンカーとかさせるつもりではないだろうな…そんなプレッシャーは耐えられない。


「リレーのアンカーを頼むぞ!」


 ……。


「やらん!」

「え?なんで…?春木速いじゃん。」

「…」

「頼む!走ってくれ!加藤!」

「…俺、先走ってきたけど…」

「頼む…もう君しかいない!C組の運命は任せた!」

「…え、待ってて。」

「北に勝って賞品を全部もらうぞー!」

「無理だ…」


 やかましい…

 リレーか、この状況からは抜けられないな…めっちゃやる気を出してるから断るのも気まずくなった。


「どー?やってくれる?」


 …仕方ない


「分かった…やってみる。」

「やったぜ!」

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