第64話 ちょっと昔のこと。

 春木、羨ましいなー

 武藤先輩と一緒に帰る春木の姿を見てると、まだ心の中から消えてない先輩の姿が微かに残っていた。

 二人が部室を出ることを見つめいた僕は少し昔のことを思い出した。


 僕が憧れた人は同じ歳の友達、みんなに人気者で自分の夢のために毎日頑張って努力する頑張り屋さん、加藤春木だ。

 そして僕はその春木の幼馴染であり、初めての友達だった。


 中学の時は走りで大会に出て同じ学校のライバルと競走してイキイキする人生を送っていた。その大会でいい成績を取った春木はそのまま選手として活躍するのを待つだけだった。

 ある事故さえなければ…


 それは突然の話だった。

 先生からその話を聞いた時は僕の世界が崩れる気がした。人生で交通事故に遭うのは滅多にないんだと思っていたから、少なくとも隣の人がそんなひどい目に遭うなんて信じられなかった。

 春木のご両親は北海道で、春木はいつも一人で生活をしている。自己管理が上手くて年頃の中学生より大人っぽく見えたのは嘘ではない、だから春木の周りにはいつも人が多かったと思う。


 考えると僕は春木に憧れる人生を過ごしていた。


 ——————矢川中学校


 また冬が来た。この季節は人に冷たくて、寂しさを感じらせる。

 春木は今日も朝練で頑張っていて、まだ寒いのにすごく情熱的だった。やはりプロを目指す人は違うってことか。


「よっ!春木。」

「お、康二か!おはよう。」

「おはよう〜朝練か…寒いのに。」

「まぁー桜木に勝ちたいからなー」

「そうかい。」


 この頃の春木にはまだ武藤先輩のことを知っていなかった。武藤先輩は僕と同じ部活でいつもの通り先輩は部長をやってて、僕は隣で見上げることしかできなかった。

 

「…」

「何見てる?康二。」

「え?いや…何も…」

「なんだ〜好きな人でもいたか?」

「違うって。」


 春木が朝練をしている時間、こんな早い時間に登校するのはもう一つの理由があった。


「じゃー僕も朝練しに行くからさ〜」

「おう、頑張れー」


 それは朝練する武藤先輩に会うためで、今日も急いで体育館に入った。中学頃の先輩はバレーをやっていて体育館からいつもボールの音が響いた。


「おっす!」

「おはよう、上原くん。」

「はい!」


 3年の武藤春日先輩はとてもモテる人だったから僕以外にも大勢の男が先輩を見るために体育館を覗いていた。それに構わず、朝から2対2のバレー練習を始めた。

 入学から1年くらいが経ったのか、僕の心には先輩を好きって言う感情が溢れていた。先輩の卒業まで僕は何一つ言い出すことができなくて、そのまま心の部屋に閉じ込めて忘れるようにした。

 毎日、先輩を会いに行く日々だけで救われた気がした。


 そして2年になった時は先輩のことをやっと忘れることができて普通の学校生活を送っていた。前とは違ったことは春木が1年の時よりすごくモテる人になっただけ、それを一番感じたのは隣の僕だったから…


「今日も下駄箱に手紙が多いね。」

「そうね、こんなのやめてほしいけどな…」


 羨ましい、僕が一度ももらったことない手紙を何回ももらってる…どんだけ人気なんだ。春木は…

 それでも負けたくなかった。勉強も運動も頑張って春木に負けないほど、毎日夢中にやって来た。僕に残っている積極的な性格を生かして人たちにいい印象を与えるように頑張った。


「最近、頑張ってるなー康二。」


 とか、春木に言われて少しは効果があったかもしれない。


「そうかい…」

「なんだ。」

「なんでもない〜」


 ふと春木に言われた時は強いて平気のふりをした。

 

 そうして3年になる前まで僕は頑張った。春木との意味ない競争に一人だけ盛り上がって自分の人生を生きていた。

 気づいたら一緒に頑張っていた隣の女の子が好きになって、2年の時は生徒会に入った。二人で生徒会長を手伝ったり、勉強をしたり空っぽの心を満たしてくれる人をやっと見つかったと思った。


 彼女が春木を見る前まで…

 当たり前のように連絡先を聞いてくる彼女、僕は今まで頑張ったことが台無しになった気がして堪らなかった。

 彼女の顔を見ていると完全に春木に惚れていて目がキラキラしていた。いくら頑張っても僕が春木に勝てるのは無理だった。別に春木は僕のことを意識していないけど勝手に競争して、そして負けた。


 その頃は本当に毎日が憂鬱だった。

 学校に出られなかった日もあったし授業もサボってたけど、それでも春木は僕のことをちゃんと見つけて連れ出して学校に行かせた。

 いつも春木は見つかってくれた…

 僕は春木に嫉妬してこうなったのに…今考えたら反抗期ってやつだったかもしれない。


 そして中学の3年、春木はある事故でもう学校に出て来なかった。


 ——————部室


「まぁー幸せの時だよな〜会長と春木…」

「何、このお爺さん…」


 春木たちを見て一言呟いたら隣のさやかに一言を言われた。

 

「何よ〜羨ましいってだけさ。」

「カップル…?」

「そうね〜」

「そ…う…?」

「何、照れてる…」

「う、うるさい!!なんでもない!」

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