第62話 違和感。−6

「やはりガキは使えねぇなーでも本番を楽しみにしておけよ…」


 この状況を双眼鏡で見つめていた一人の男は楽しそうな笑顔で呟いた後、双眼鏡をゴミ箱に投げ捨ててすぐその場から姿を消した。


 痛い…

 後頭部から鈍器みたいなものに殴られた覚えがあるけど、その後はどうなったのか…目を覚めた時には保健室のベッドで起きていた。

 後頭部からの痛みが治らなくてベッドに横たわってることしかできなかった。動ける調子でもないし、ひとまず休むところだったけど保健室から漂う薬の匂いに囲まれてむしろ頭が痛くなる。


「はあ…昼時間とっくに過ぎてる…約束を守れなかったなー」


 天井を見て独り言を言っていると保健室の扉が開く音がした。


「確かにこっちだな。」

「合ってる?康二。」

「連れて来た後は僕も授業で…」


 康二と夕が保健室に来ていたのか、体は不便だけど声で俺がいる場所を教えるのはできる。

 

「こっちだ。」


 俺の声を聞いてカーテンを開けた康二と夕の姿が見られた。


「春木よ、大丈夫かい?びしょびしょだったぞ?」

「あ…なんとなく生きているけど…」

「一体何があったんだ。春木!」


 夕が前の椅子に座って話を聞こうとした。


「保健室に来る前に聞いたけど、焼却場の前で倒れてびしょ濡れになったって。」

「そっか…ごめん、そこまで知らない…多分倒れた時にはもう気絶していたかも。」

「なんの話をした?焼却場で。」

「くだらない話だった。武藤先輩が好きだったから俺に先輩と別れろってそう言うもんだ。」


「やはりそうだったか…はい、飲めよ。」


 康二から暖かい水をもらって一口飲む。


「うん。」

「春木を見つけた時にはもうあの先輩たちはその場にいなかった。追いたかったけど、地面に倒れている春木を見たら保健室に連れてくるのが先だと思ってさ。」

「あんなやつたち先輩もなんもねぇよ!」


 二人が一緒に怒ってくれる、俺のために…


「春木はどーする?」

「俺は…」

「見つけたら警察に連絡しよ!」

「そうしたらいいけど、証拠がない…」


 そうだ。人がいない時間みんな授業中で目撃者もないこの状況、被害者だけ残されたまま消えてしまうだろう。

 殴られた部位が未だにも痛い、なんで俺がそんな目に遭わないといけないのかよ。


「ハルー!!」

「先輩…?」

「心配したのよ…ハル…ハル…」


 先輩は保健室に入ってすぐ俺のことを抱きしめてくれた。震える声を出しながら顔を俺の胸をつけてじっとしていた。


「僕たちは邪魔になるから後でくる。」

「そうねーじゃいい時間を〜」


 康二と夕は俺たちのために席を外した。


「ハル…生きているよね?そうよね?」

「うん。生きてる、ごめんね。心配かけちゃって。」


 俺を抱きしめた先輩の頭を撫でてもう大丈夫だと言えるべきだったけど、言葉だけが口に出せなかった。あの連中の仕業は犯罪だったからこんな話を先輩に聞かせたらもっと心配になれるだろ。


「それにしても…昼ご飯一緒に食べたかったけどね。約束を守ってあげられなくてごめん…春日。」

「いいよ…そんなの…」

「ごめん…」

「うん…」


 顔を上げる先輩の目と俺の目が合った。何かを感じられた先輩は何も言えずその場で目を閉じた。顔と顔の距離は拳一つくらい、つまりすぐ前に目を閉じて自分の唇を許す先輩がいるってわけ、これは確定だよな…


「…春日。」


 だったらやるしかないだろう…


「加藤くん、もう大丈夫?」

「…!!」

「保健先生…!」


 と、思ったらなんでこんなタイミングで保健先生が戻ってくるんだ!!


「何してんの?二人。」

「せせせせせ…先輩が熱があるかどうか…」

「へーいい度胸じゃないか。」

「ち、違います!先生!」


 前に座っている先輩がびっくりして体が固まったまま動かなかった。精一杯、平気で自然の動きを見せようとしたら、どこか壊れたロボットのように見られた。

 なんか可愛くて笑いが出てしまう。


「先輩…何か言ってください!」

「…し、知らないよ。」


 どんな言い訳をしてもこの姿勢を見られたらしょうがないな…でも先生にバレたその瞬間にも見えないところで俺たちは手を繋いでいた。

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