第28話 初めて行く先輩の家。−6

「先輩、さっきの人は?」

「そんな人は忘れて。」

「そうですか…」

「うん?」


 前で歩いている先輩が戻って来た。

 シークな雰囲気の中で浮かんでいる笑み、首を触りながら満足したその表情が憎い。


「やっぱり綺麗…」

「外で変なことはやめてください…」

「ベッドに寝かせて丸一日眺めたいくらいだよ…?」

「それ…やばいです。先輩、犯罪ですそれ。それ…」

「へへー」


 先輩が笑った。

 普段にもよく笑う人だったと思ったら先みたいに冷たいところもあるよな…

 俺は先輩の笑顔しか見たことがない。たまには泣かせる時もあったけど、先輩はいつも俺にとってかわいい人だった。


 もし…先輩があの時の女の子だったら…。いけない、何変なことを考えているのかよ、俺。


「せっかくだしね!今日はステーキにしよう!」

「ステーキ…は好きです。」

「うん!それじゃ全部買ったから帰ろっか?」

「はい。」


 帰る道。

 先に俺の家によって制服を取った後、先輩と側から歩いていた。

 なんだろう。この気持ちは…人とこんなことができるなんて…俺は日が沈む空を眺めて息を吐いた。


「春木、何考えているの?」

「いや、なんでも…」

「さっきの人が気になる?」

「え…別に…恋人でもないし。」


 側から歩いている先輩が俺に腕を組んで言い出した。


「彼氏だったよ、あの人。」

「やはりそうですね。そうだと思ってました。」

「それだけ?」

「それだけ…」

「つまんないな…」

「え…どんな答えが欲しかったのですか…」


 真剣な顔で振り向いた先輩が俺に言った。


「お前に春日はあげない!って、ワクワクするよね!!」

「いくら俺だとしてもそんな話はできません…」

「あ!そう…」

「はい?」


 家の前について扉を開けようとしたら先輩が袖を掴んで何かをねだるような顔をした。

 キラキラする大きな目がそれを証明している。

 

「先輩…」

「春木!頼みがあるの!」


 目の前に先輩の顔が入ってくる。


「な、なんですか…」

「春日って言って見て!」

「え…?ため口…?ってことですか?」

「うん!」

「しかも、下の名前で先輩を呼ぶって…」

「聞きたいよ…」

「知りません…!ご飯を作るのを手伝いますから。」

「春木のケチ…」


 食卓に荷物を置いたまま冷蔵庫に肉と野菜を入れた。

 服を着替えた二人は台所で夕飯を作り始める。野菜を切ることとか肉の焼き方とか、俺から手伝うって言ったけど一方的に料理を教えてもらった。


「先輩はいいお嫁さんになるかも…」

「ん?なに言った?」

「ステーキ美味しそうですね。」

「でしょー!」


 いい匂いがする…

 食卓に置いているステーキに目を取られた。焼き立てのステーキは堪らない匂いがするんだ。

 一人ではあんまり食べないから知らなかった。


「春木、あーん!」

「自分で食べます。」

「春木、あーん!!」

「一人でいいですって…」

「春木、あーん!!!」


 どんどん上がる「あーん」の声が怖い…


「春木、あーん!!!!」

「あ…あーん。」

「よしよし〜」


 先輩が頭を撫でてくれた。

 俺…本当に勘違いするかもしれない、なぜか先輩に気遣われているようだ。最近はその頻度が高くて、スキンシップを普通にやっちゃったりするから俺の心がいつの間にかどんどん先輩にハマっていく気がする。

 この時間は平凡な俺にとってとても幸せな時間だ。でも俺がそう思ってもいいのか…

 

「牛肉好き…美味しい!」

「先輩はなんでもできますね。」

「別にそうでもないよ…」

 

 時間は夜。

 ステーキを食べた後、洗い物を片付けて先輩に声をかけた。


「先輩、俺やはり家に帰ります…他人の家で寝るのは…」

「え…?うちに春木の出口はないよ?」

「ひどいですね…」

「部屋、涼しくなってるから風呂に入った後に映画の続きを見よう!春木!」


 泊まる前提か…


「先…入って来ますから。」

「うん!」


 と、言っても他人の浴室を借りて俺は何をしている…服を脱いで鏡を見つめると相当に疲れた顔をしていた。


「これ…ってなんの状況かな。」


 先に風呂から上がった俺は体をタオルで拭いてすぐ浴室を出ようとした。

 その前には半裸の先輩が長いタオルを体に巻いたまま、立ち止まっていた。


「私も入ってくる!」

「じゃ…俺。先輩の部屋で…待ちます…」

「うん!覗いちゃダメだよ〜?」

「変態でもあるまいし、しませんよ。」


 つい照れてしまった。

 女の部屋で女の風呂が終わるのを待ってるこの状況、しかもまた恐怖映画を見るのだろう。

 怖がりでまた先輩に嫌われそうだな…ダサい、本当に。

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