第23話 初めて行く先輩の家。

 日曜日の朝。

 ぐっすり眠るつもりだったけど、携帯からの電話着信音が30分ぐらい鳴いていた。

 枕に顔を埋めたまま、鳴いている携帯に手を伸ばした。


「ま…じか。なんの電話だ…てか今何時…?」


 AM6:21。

 不在着信「春日ちゃん」22件。


「せ、先輩…勘弁してください…」


 約束…そう、今日は先輩の家に行く日だな…というか先輩、まだ6時なんですけど…

 そのままぼーっとして携帯を見つめるとまた先輩からの電話が来た。


「うん…寝かせてください。」


 電話の向こうから聞こえる先輩の声、スピーカーモードにして電話を床に置いた。


「なんで電話に出ないの…?今日は約束でしょう?」

「いや…先輩…家に時計とかないですか?」


 体に力が全然入らない、朝はこんなもんだから出掛ける時に電話をする予定だったのに。

 

「5時から準備しないといけないよ!」

「先輩…あの…」

「うん。」

「昨日、深夜3時まで電話したこと覚えてますか…?12時から…電話がかかって来て…」

「うん。覚えてるよ?」

「今、6時ですよ…寝かせてください…先輩…」


 眠くて話がうまく伝えない…


「えー眠い春木は甘えてくるんだ!」

「うるさい、バカ…」

「えー口も悪くなった。」

「…」

「ね、春木?」

「…はい」


 俺を呼ぶ先輩の声が聞いて寝てしまった。


「うん…」

「寝ちゃったね。春木?」


 …

 夢の中で俺はあの子の姿を見た。とても幸せそうに歩いているあの子がどんどん目の前から行き去る夢。

 縮まらないあの子との距離感、お守りでも持っていた方がよかったかも…やばいただの夢で波だが出てしまう。

 俺は消えていくあの子に向いて言った。


 行かないで…

 行かないで……


 そう呟いて一人の空間に残された俺は掴めない幻を想像していた。


「行かないで…」

「うん。どこにも行かないよ。」


 先輩の声…?

 目を開けたら携帯を握ったまま、寝た俺がいる。


「時間…」

「朝の8時だよー」

「先輩…もしかして…電話切ってなかったんですか?」

「そうよ?」


 何、純粋に「そうよ」って言ってますか先輩。まさか、寝言まで聞いたのか…すごく恥ずかしい…答えがなかったら切ってもいいのに。

 少し静かにしていた先輩が俺に聞いてくる。


「ねー寝ている時に探した子は誰…?」

「え?」

「探してたよ。」

「…え。」

「言わないの?」

「そう言われても…知らないんですよ。顔も名前も…」

「そう?じゃ今準備して!」

「8時ですよ…?もうちょっと寝ても…」

「春木、殴られたい?」

「今、準備完了です。住所はメールで送ってください。」

「うん!」


 とはいえ、女の家に行く時は何を着たらいいかな。

 朝8時から…鏡に映った俺の姿がひどい。ぼーっとしていたら、緊張をした。


「いけない…どうすれば…」


 家を出かけて先輩から来たメールを確認した。メールに書いている住所はそんなに遠くないところにいた。

 先輩って何好きだったけ、訪れる時はケーキでも買ってあげようか。


「いらっしゃいませー!」


 日向ベーカリーに寄って行こう、こっちのパンとケーキは人気だから先輩に買ってあげればいいと思った。

 あのおチビ先輩が好きそうなものは…ふとチーズケーキが目に入った。


 チーズ…チーズか…

 チーズケーキを見つめながらこれを食べる先輩の顔を想像した。


 なんか似合う…これにしよう。


「ありがとうございますー」


 今日の天気はいいな、こんな日は家でゴロゴロしたい…と言っても準備時間がすごくかかっちゃった。

 俺なりに気にしていた。

 先輩が送ったメールの団地に入って整えた並木を見ながら歩くと、どっかから人の声が聞こえた。


「加藤さん?」

「武藤?」


 こんなところで武藤と会えるなんて思わなかった。あ、でもあれか姉妹だから一緒に住んでいるかもな。


「はい。どこに出掛けるんですか?」

「ある人に呼び出されてさ…」

「そうですか…もしかして彼女ですか?」

「えー?なぜそう思う…」


 それっぽく見えたのか…

 一応、髪型も服もちょっと力入れたけど…だって他人の家に行くのに普通の格好はダメだろう。


「今日は…格好いいって言うか…学校と違って…」

「まぁー学校はどうでもいいから普通に行くけど…人の家に訪れる時はさ。」

「はい…」

「なんか元気なさそうだな。」

「いいえ!私は用事があって!行きます!」

「ん、学校で。」

「はい。」


 しかし高級マンションだな、このお金持ち。

 

「春木ー!」


 ど、どこから聞こえるんだ。この声は…

 隣に誰もいないってことはマンションから声をかけたのか、そして見上げたマンションの7階ベランダから腕を振っている先輩の姿が見えた。

 この人…なんで今、着いたのを分かった…


「入って!」


 俺も先輩にあいさつをしてからマンションに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る