第20話 日常の怖さ。−3

「あ…うん。」

「ねね、加藤くんって会長と付き合ってるの?」


 この人は俺から何が聞きたいのか…すごく期待している顔だ。こうやって自分が聞きたい答えを求める人たち。

 醜い…

 そしてどんな答えをしても結局、噂は噂のまま残るだろう…


「普通の…知り合い…かな。」

「えー?本当?彼女じゃない?」

「うん。」


 答えを聞いて満足したそうな笑顔をした女子は友達のそばに戻る。


「聞いた?加藤くん彼女ないって!」

「髪縛ったら顔小さい…前はオタクだと思ったし…」

「イケメン…」

「私…加藤くんに話しかけてもいいかな…」


 にぎやかだ…にぎやか過ぎる。

 授業が終わってもクラスメイトたちは俺と先輩の話をしていた。話の6割は先輩の話だった。

 先輩って普通は大人しくてクールな人だったのか…学校で。彼氏がよく変わることは分かっているけど性格の話まで言い放って、一体お前たちは何をしたい。

 人の話をそこまでするのか、聞いていると機嫌が悪くて教室から出た。もう部活に行くところだったから早く離れたい。


「あっ!」

「先輩?」


 教室の扉に監視カメラでも付けているのか…


「ここで何していますか?」

「うん…部活行こう!」

「先輩…は生徒会ですよ…ね…」

「ええー今日は私も春木と部活したーい。」

「はいはいはいはいはい。」


 ここで話を続けたらまた変な誤解をされるかもしれない、この一瞬で教室の空気が変わっていた。


「じゃ、行きましょう。」

「うん!」


 先輩と一緒に歩いてる階段…

 先、先輩も教室の話を聞いたはずだけと…それでも平気にいられるのか…気になる。


「先輩、一ついいですか?」

「うん?何?」

「先輩は噂なんか気にしないですか?」

「何の噂…?」

「最近、1年の中で先輩の話をしています。」

「私の噂…気にしたことがない…」


 やはり周りの視線に気にしないのか…


「そうですか…」

「何…?春木…なんか変。」

「いや、何でもないです。」

「春木のけち…」


 4階に上がった先輩が足を軽く蹴った。


「俺…今、知ったけど…。先輩、俺のこと下の名前で呼んでますよね。」

「うん!」

「加藤でいいです。」

「うん?殴られたい?」


 先輩…笑顔でそんな話するんじゃない…


「俺、実は春木で呼ばれるのが好きです。」

「だよねー?」

「はい…」


 部室に入ると鍵がかかっていた。

 いつも武藤が扉を開けるはずなんだけど、今日は用事があったそうだ。


「先輩、鍵を持って来ますからここで待ってください。」

「分かった。早く行ってくること。」

「はい。」


 教務室、俺たちの鍵は今井先生が座ってる場所の後ろにいる。ちょうど先生が席についてた。


「今井先生〜!」

「うるさい!この弱虫。」

「はい…」

「足はもう大丈夫か、春木。」

「…もう大丈夫です。」


 先生に嘘をついてしまった。


「まだ、やり気あるのか?」

「…」

「答えは。」


 やり気…

 俺にまだできるのか、今でも痺れる足を掴んで我慢するだけが精一杯なのに。先生の顔を見ていたら何を話せばいいか言葉で出なかった。

 先生との長い付き合い、中学の頃から連絡をしているほど、俺にとって大事な人だったから何かいい答えを出さないと…

 ためらう俺の姿を見た先生が肩を軽く叩いて言った。


「いいよー」


 先生が仕事の書類を出して確認した。


「はい?」

「いいって言ってる。鍵持って部室に帰れ!」

「感動した…香ちゃん…」


 静寂…

 俺は笑顔で先生を見つめた。


「おい、その呼び方…殺すぞ。」

「す、すみません。久しぶりで…」

「さっさと行け!仕事に邪魔だ!」

「はいー」


 先生と雑談してしまった。武藤先輩…待っているかな…

 2階の階段を上がった時、外でどこかに向かう先輩の姿が見えた。


「先輩、どこに行きます…?」


 今日は確かに予定はもうないと言ったはずでは…

 こんなのはちょっと気まずいけど先輩の後ろを踏もうとした。先輩は学校の後ろ側にあるゴミ捨て場に行く道だった。

 

「先輩…なぜこんなところで…」


「武藤先輩!…」

 

 この声は…


「なぜ呼び出した?」


 そして先輩の声も聞こえた。


「僕、先輩のことが…ことが…」


 康二の声だ。震えるその声から先輩に伝えたい言葉は…やはり。


「うん?」

「好きです!先輩!付き合ってください。」


 俺は学校の壁に身を隠して二人の話を聞いていた。


 先輩、告られた。康二に…。

 なんか変な気分がする。別に先輩のことがすごく好きでもないし、いつかなくなる康二との友人関係に拘ってないから…


 だから…

 いけない…知らない感情が溢れている。


 …

 いや、どうでもいいっか…。

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