第18話 日常の怖さ。

 朝から先輩が甘えすぎて体が熱々だ。

 起きた先輩が先に朝ご飯を用意するから俺は居間の片付けをした。俺の布団と先輩の布団が床に並んでいてさっきのことが浮かび上がる。

 …先輩がまたうちに泊まったら何が起こるか心配になった。


「全く…先輩は大人気ない…」


 さっき、そんなことをやらかしたのにしれっとした顔でパンとサラダを食べる先輩がちょっと憎たらしい。

 昨日乾燥した先輩の制服をソファーの置いてから食卓に座る。パンを噛んだまま、先輩がフォークで刺したミニートマトを俺に押し付けた。


「あーん。」

「あ…ん…」

「よしよし〜」

「先輩の制服、ソファーに置いておきました。」

「ありがとー!」


 やっと寝衣を着た先輩。


「先輩…次は…」

「次はうちに来ない?」


 話を聞いてください…


「先輩の家ですか…」

「うん。」

「まぁー機会があれば…」

「そうね〜」


 学校に行く準備を済ませて俺たちは家を出た。

 昨日、そんなに雨が降ったけど今日は晴れていた。


「今日は天気がいいね!」

「そうですね。」


 涼しく吹いてくるこの風はとても気持ちいいものだ。学校まで歩く道、先輩はカバンから取ったヘアゴムで後ろ髪を揺らしながら髪を束ねていた。


「ね、春木これどー?可愛いでしょ?」


 後ろ姿を見せる先輩は麗しいミドルポニーテールをしていた。


「先輩に似合います。」

「私、綺麗からねー」

「それ自分の口で言うんですか…」

「こんなに美人の先輩が一緒にいてくれることに感謝しなさい!」

「いつも…ありがとうございます。」

「よろしいー!」


 なんの流れだ…これは。

 お互い変な話をしていることを気づいたか、なぜか笑いが出てしまった。俺の笑いが移ったのか先輩もその場で笑顔を見せくれた。

 

 学校に着いて下駄箱から上履きを出す時に中から一つの手紙が落ちた。


「これはなんだろう…」

「なになに?」


 先に上履きを履いた先輩が俺のそばに来た。


「先輩、近いですよ。ここは学校だから…」

「それ…もしかして…」


 独り合点をした…俺の人生でこんなものをもらえる日が来るとは思わなかった。上履きを落として手紙を見つめたらそばから先輩が俺を睨む。

 手紙の内容を確認しようとする先輩が手を伸ばした。俺はもっと手を高くあげて先輩の手が届かないように防ぐ。

 …160センチの先輩にはつらい高さだった。


「…なんなのよ!私に見せて!」


 手紙を取るためにくっついてねだる先輩。


「生徒会長と…1年…?」


 登校している生徒たちが下駄箱の前で立ち止まって俺たちを見ていた。


「先輩…周りを見てください。」


 生徒たちが入り口から先輩と俺を見つめてざわざわしていた。


「あ…もう。春木なんか知らない!このけち!」

「…」


 先輩が怒ってから先に行ってしまった。

 そして下駄箱の前、一人で残っているこの状況…嫌だ。人々の騒めきがすごく感じられる。


「そこに立ってる人は加藤春木だよね…?」

「生徒会長と何かあったかな…」

「付き合ってるのか…」

「本当?!」

「生徒会長とあの1年が…?」

「そんなはずないな〜」


 学校はこんなもんだ…男女二人でいるとすぐ誤解される。

 俺は周りの視線を避けてクラスまで歩いた。


「おはよ〜」


 委員長が扉の前であいさつをした。


「おはよう。」


 気にせず席にカバンを置いて外を眺めた。

 友達もいないし話しかけてくるクラスメイトなんか作ってないから、ただぼーっとしていた。

 チャイムが鳴る前に俺はさっきもらった手紙のことを気づいてカバンから出して読んだ。


 「放課後、誰もいなかったら1年D組に来て。」


 まさかの展開だな…俺に告白でもするつもりですか。

 わけないな…

 もちろん、行かない。


 人と関わるのを嫌がる俺に…女は特に苦手だ。中学の時に女と関わって酷い目に遭ったから、これは無視して机の中に手紙を入れた。先輩一人でも背一杯、頑張っているからこの手紙は見なかったことにしよう。


 タイミングよくチャイムが鳴いた。


 授業が始まっていつもの時間を過ごす。

 そういえば、康二のやつはどうなったかな…先輩のことめちゃ好きとか言ったし、まさかまた告白とかしないよな。

 いくら冗談だとしても、先輩が康二の告白を受けてくれる可能性がない…ある意味では生き生きしているね。

 好きになることは悪くはないけど、なぜ相手の気持ちなんか分かってくれないかな…

 今日もらった手紙、そして康二と佐々木先輩…心から応援します。俺はずっと前に失恋したからその気持ちなんか知りたくない。


 そうやって俺は今まで心の壁を築いていた。


 またチャイムが鳴いた。

 授業に集中したわけでもないのにもう昼時間になってしまった。昼ご飯食べるか…弁当作ることを忘れてカバンから財布を取った。


「あ、パンでも買おう…」


 教室から出る直前、ちょっと開けている扉から先輩の視線が感じられた。そして扉を開けたら先輩の姿が現れた。


「…」

「先輩、なぜここに…?」

「一緒に弁当食べよう…と」


 この短い会話でクラスの生徒たちが騒めく。


「わかりました。行きましょう先輩。」

「うん。」


 教室の中は俺たちの話をしていた。マジで聞こえないと思ったのか、他人のことをそこまで気にしなくてもいいじゃないか…

 誤解だと言いたかったけど先輩もいるし、今更言っても変な雰囲気になるからやめた。俺はともかくも、先輩に迷惑をかけてしまうからだ。

 ほほ笑む先輩の後ろには弁当があった。多分、今日運転手さんからいただいたかも…


「やっぱり…生徒会長と加藤は…」

「最近会長うちのクラスよく来る…」

「えええー本当?」

「なんで加藤だ。」

「あいつオタクみたいなんだから…本ばっかり読んでるし。」

「加藤ってけっこ陰気くさいよね。いつも一人だし、髪長いし。」


 二人には聞こえない言葉がクラスの中を埋め尽くす。

 クラスの生徒たちが窓から二人の後ろ姿を見つめていた。

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