第16話 第三者。−6

「うん…」

「先輩、ちゃんと消化させないとお腹痛くなります。」

「うん…わかった…」


 はいはい…先輩ベッドで寝ましょう。

 先輩は寝ている時とか眠い時は必ず隣の人に甘えてくる、これは悪い癖だ。他人の前でこんな振る舞いをしたらすぐ錯覚しますよ…

 お姫様抱っこをして俺の部屋に連れて行くと、先輩の動きで上衣のボタンが外れた。


「あ…ちょっと…これは酷すぎですよ…」


 お姫様抱っこしたまま先輩の肌が目に焼きついた。上の中には桜色のブラとパンツを着た先輩の半裸が見えて来た。乱れた髪をして自分の上衣が脱がれたことも気付いてない先輩はまるで酔っ払った人のようだ。

 先輩…エロい、初めて見たけど女性の体ってこんなにエロいものだったのか、俺は…俺は…。

 俺…今なにを考えているのか、半裸の女性を抱きしめて…情けないな。


「行かないで…」


 寝言か、すやすや寝ている先輩は可愛いな…早くベッドに運んでコーヒーでも飲もうか。

 部屋のベッドに置いて先輩に肌布団をかけてあげた。


 まだ時間は10時20分、月明かりが照らすこの居間でドリップコーヒーを作る。

 用意したコーヒー豆を挽きながら一息をした。

 今日の一日はものすごく忙しかったな、先輩を泣かせて…REONに行って康二と会って…スキヤキを食べて先輩の肌も見て…色々。

 忠実な一日だな。


「あ…先輩のせいでお風呂に入ることを忘れた。」


 コーヒーにお湯を入れてから待つこの時間、夜空を眺めていると後ろから俺の携帯が鳴いていた。


「こんな時間に…?誰だ…」


 画面、

 康二。


「なんだ、康二こんな時間で…」


 応答ボタンを押して電話に出た。


「康二か?」

「…」


 少しの静寂、康二は何も言ってなかった。


「康二?」

「春木、今電話いいかい?」

「ん。」

「武藤先輩のことだけど…」


 何をためらってる康二。


「それがどうしたのか。」

「春木はいいな…」

「何がだ。」


 電話の向こうから聞こえる康二の声に力がなかった。


「武藤先輩…は春木が好きだったのか。」

「その冗談をマジで信じていたのか、康二。」

「冗談?冗談だったのか!」

「大体、武藤先輩ぐらいの人が俺を好きになれると思うのか。」

「じゃ!」


 なぜテンションが上がる…


「俺が確かに先輩と親しいけど、ただそれだけだ。」


 確信もない話をしていた。

 康二を励ますのか、俺は。何も知らないくせにヌケヌケと話した、でもこれからは確信がなくても確実なことを言うべきだった。


「まだ、いけるってことか…」

「お前…どんだけ好きなんだ…」

「今でもすぐ会いたいくらいだ。」


 あ…そうか。

 俺は毎日見ているけど…これが「好き」っていう感情なのか、確かに俺もあの頃の記憶を持っているから否定はできないな…

 かすかに残っていたあの頃の記憶が浮かぶ、俺もあの子と会いたいと思った時があったから…

 口をつけた部分の染みがなくなるまで人差し指で擦る。


「告白でもする気なのか、これは本気で聞いている。」

「諦めない…先輩のことが好きだから…」

「言っていることは分かった、じゃどうして電話したのか説明してもらえるか?」

「春木にまた取られるのか不安になったからね。」

「俺に…?」

「中学の時もそうだったな、僕の好きな子が春木に告ったから。」

「それは昔の話だ。」

「今度は負けたくないから…」

「話をまとめると俺に武藤先輩を取られるのが怖かった、お前は不安になって俺に電話をしたわけか。」


 競争心理なのか、康二。何が言いたいのか全然分からない。


「正直言え。頭の中が複雑だろう?今。」

「…」

「休んだ方がいい。明日があるから寝ろ。」


 不安になったのは多分、あの言葉だったろうな…「春木が好き。」って気になる先輩の発言。

 康二はずっとそれを考えていたはずだ。


「じゃ明日ね。ごめん、こんな時間に電話して。」

「まぁーな、俺も寝てないから気にするな。」

「うん。ありがとう。」


 これが確実なのかは分からない、けどはっきり伝えかった。


「待って、康二。」

「うん。」

「武藤先輩は俺のことを好きじゃない、ただからかってるだけだ。でも先輩は…お前が知っているよりもっとモテる人だからほどほどにしておけよ。」

「なぜ、ほどほどかい。」

「お前のその生き生きする人生が傷つくからだ。どうせ人生は思うようにならない。」

「そうか。」


 これが真実だ。

 今まで見てきた先輩のことは…そうだったからだ。俺もからかう先輩に慣れていたのだ。


「俺は寝る。」

「うん、お休み。」


 電話を切って残っているコーヒーを飲んだ後、時間はもう11時40分示していた。


「何か言った…?」


 先輩の声…?


「電話が来て…もしかして声が大きかったんですか?」

「うん…いいよ。」


 寝衣の上衣は部屋に落としたのか、眠そうな顔で俺を見つめた。肩から少し外れたブラの紐、先輩は下着姿で部屋から出た。


「先輩、風邪ひきますよ…」

「春木…私を抱きしめて…」

「はいはい。」


 静かに先輩を抱きしめた。


「春木…いないから寂しいよ…寝ようか?」

「さっきコーヒー飲んだからまだ眠気はないです…」

「じゃ寝よう…」

「え…まだ眠くないですってこと。」

「分かった…じゃ寝よう…」


 手先から感じられる先輩の肌触り、暖かくて柔らかい…しばらく先輩を抱きしめたまま様子を見ていた。

 そう言った先輩は立ったまま寝てしまった。疲れたよな先輩…それでも一緒に寝るのはだめです先輩、それは…

 

「もっと好きな人ができた時にやってください。」


 と、先輩をベッドに戻した。


 康二がこの状況を見たらどう思うかな…もう先輩と寝たから抜き差しならない。

 けれど先輩はいい人だ。康二が好きになるのも無理ではない、俺には何もやってあげられることがないから心の中で応援しよ。


 それが第三者だから…

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