第12話 第三者。−2

 ぼとぼと…

 先輩の髪の毛を伝って落ちる雨粒、俺は先輩の頭から顔そして腕をタオルで拭いてあげた。

 どれくらい俺を待っていたのか、少し触れた体はすごく冷えていた。玄関から濡れた部分は大体拭いたけど先輩の下半身には手を出せなかった。

 スカートと靴下も…男がするのは嫌がるかも。

 立っている先輩の顔を見たら潤みを帯びた目で俺を見つめていた。


「あの…先輩、足はちょっと困りますから自分で…」


 渡したタオルを掴む先輩が言った。


「なぜ答えないの…」

「はい?」

「私を避けた理由、それ以外に何がある。」

 

 タオルで殴られた。

 びっくりした俺はそのまま床に座り込んでしまった。


「答えてよ…私が3階に上がる振りをした時に春木がすぐ出た。2度もそうだった。」


 …気づいたのか、先輩は。

 そう今、言えばいいだろう。俺は事実を言えばいいんだ、正直に伝えばいいんだ。


「…」


 でも心から言葉を防ぐ感じがした。

 友達と俺に関わった人に苦しい思いをさせたくなかった。


「なんで何も言わないの…」

「…」

「もういいよ、帰る。」


 俺はため息をついて扉を開けようとした先輩の腕を掴んで話した。


「話しますから…すみません。」

「全部よ。」

「はい。」

「でもその前に服を着替えてください。余分のものをあげますから。」

「うん。」


 部屋から取った寝衣を渡した。


「先輩にはちょっとサイズが大きいかも知れませんね。」

「大丈夫よ。」


 そう言って立ったまま制服のスカートを脱ぐ先輩。


「部屋に入って着替えてください!先輩!」

「え…でも床が濡れるからいいよ。」

「俺がよくないから…」

「一緒に寝たくせに…今更照れるの?」

「…それは、先輩が勝手にしたことですよ。」

「寝たのは事実よ、この変態…」

 

 床に落ちる先輩のスカート、頭を回して先輩から目を逸らした。

 後ろで後頭部を軽く叩いた先輩が言った。


「春木のせいで下着まで雨に濡れたじゃん!」

「いや、なぜ俺のせいですか!それが!」

「変態…着替えたよ。」


 先輩が大きい寝衣を着て俺の前に立つ。


「じゃ言ってみて。」

「…本当に言っていいですか。はぁー。」


 ソファーに座る二人。

 

 俺は一息ついて話を始めた。


「先輩に質問するのが怖かったんです。その質問で周りの人が変わってしまうから…」

「なぜそこまで他人のことを考えるの?」

「元々こんな性格だからそれは仕方がありません。」

「それで?私にするその質問って何?」

「…」


 少し打ち明けるのをためらった、そう正直言おう。


「先輩って好きな人いますか?」

「うん。いるよ?」

「誰…ですか…?」

「春木。」

「へー学校に春木が俺以外にもいましたか?」

「違う、私の前にいる春木のことよ。」

「あ〜そうで…ん?」


 ...?


「うん?」


 なんだあの純粋の「うん」は、またそうやってごまかす。首をかしげる先輩は俺の前に近づいた。


「それが何?」

「いや、本当のことを言ってください。」

「だから春木なんだよ。」

「…」

「本気で言ってるの、私がそんなに軽々しい人だと思うの?」

「そう言ってくれますとさらに困ります…先輩。」

「なぜ?」


 先輩が好きな人って俺、本当だとは思わないけどこの答えじゃ康二に言えないな…

 康二ガッカリする顔が思い浮かぶ、友達に好きな人を調べてもらったら実際その友達が好きだったと言われたら、どうなるのか想像したくない。

 それほど康二の立場を考えた俺だった。


「春木〜?」


 ぼーっとしているの前で手を振る先輩。


「答えてよ、ちゃんと!」

「あ、はい。実は佐々木先輩のことで…康二に電話をかけました。」

「あの康二が好きって言った2年のことね?」

「はい、でも実際の通話で康二から頼まれました。」

「何を?」

「武藤先輩の好きな人。」

「そうなの…?」


 この静寂の空気を変えるためにテレビをつけて話を続けた。


「聞くのが怖かったから…康二も佐々木先輩も…この話ができるわけありません。」

「それは春木があの人たちを気にし過ぎだと思うよ。」

「知ってます。」

「どうせ、言ってもできないものはできないよ、春木。」

「それも知ってます…」

「だから私を避けたの?聞くのが怖いから?」

「はい…」


 先輩が俺の答えを聞いて笑い出した。


「…なんですか。」

「なんでもないよ、春木って本当に純粋ね?」

「…からかうのはやめてください。こう見えても真剣なんです。」

「はいはい〜真剣なんです〜」


 その小さい手で俺の頭を撫でてくれる先輩、心地よい…


「はぁー疲れた。」

「上原は私を、佐々木は上原を。こんな状況よね?」

「はい。」

「確かに複雑よね。でもこれは悩むくらいの問題にはならないよ?春木。」

「先輩に聞いて…おかげで心が少しは楽になりました。」

「かわいいよ、春木。」


 頭を撫でなから俺の上に乗る先輩が耳打ちをした。


「本当に好きよ…毎日言ってあげよっか…春木?」

「…」


 からかうのが上手い先輩。

 なぜ先輩は他の人ではなく俺を選んだのかそれも不思議だ。先輩を見ていると記憶の中でかすかに残っている初恋が思い浮かんでいた。

 そしてソファーで俺を抱きしめた先輩はしばらくそのまま何も言わなかった。

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