第4話:きっかけ
リリと夢鈴が出会ったのは、今から一年前。高校の入学式の日。
「綺麗な人……」
「ね。新入生?」
ブロンドの長い髪を靡かせて、周りの視線など気に留めることなく、クラス表をじっと眺めるその横顔に、夢鈴は見惚れた。
「あ、あの……」
気付けば夢鈴は彼女に話しかけていた。声に反応して彼女は振り返る。琥珀色の瞳で夢鈴を見つめ、何?と小首を傾げた。
正面から見ても整っている。まるで人形みたいだと、夢鈴は思った。目が離せなくなってしまう。
「……あ、もしかして、クラス表が見えなかったのかしら」
「えっ、あっ……」
「混んでるものね。代わりに見てあげる。名前教えて」
「円谷……夢鈴です……」
「つぶらや……ゆめり……」
「円、谷、夢、鈴で円谷夢鈴」
「あぁ、見つけた。一年三組。私と同じクラスね」
「……よく見えるね」
二人がいる場所からクラス表までは数メートル。夢鈴も視力が悪いわけでは無いが、書いてある文字はほとんど見えない。サキュバスであるリリは、人間よりも身体能力に優れている。視力の良さもサキュバスであるが故のことだった。
「私、目がいいから。それより、行きましょう。いつまでもここに溜まっていては邪魔になってしまうわ」
夢鈴の手を取り、リリは教室へ向かって歩き出す。
「あ、あの……」
「何?」
「あなたの、名前は?」
「あぁ、まだ名乗ってなかったわね。私はリリ。南條リリよ」
「南條……さん」
「リリで良い」
「……じゃあ、リリちゃん。私のことはゆめって呼んでほしいな」
「……ゆめ」
「うん。……よろしくね。リリちゃん」
「ええ。よろしく」
それから二人は、教室で会うたびに話すようになった。
ある日。二人は中庭のベンチで昼食をとっていた。
「リリちゃんって、甘いものたくさん食べるわりに細いよね。どうやって体型をキープしてるの?」
「特に何もしてないわ」
「ええ!?嘘だ!絶対なんかやってるよ!本当に何もしてないとしたら羨ましすぎるよ……はぁ……私も痩せたい……」
「……えっ。ゆめは今のままでいいんじゃない?」
「えー……でも……顔丸いし……身体も丸っこいし……うぅ……」
「自分の体型がコンプレックスなの?」
「……うん」
夢鈴の体型は昔から変わらない。小学生の頃からそのぽっちゃり体型をいじられ、笑って誤魔化しながら生きてきたが、本当は体型にコンプレックスを抱えていた。
「健康を害するほど太っているなら別だけど、あなたはそれほどでもないように見えるわダイエットなんて必要無いと思う」
「でも……太ってると可愛くないし……」
「そう?可愛いと思うけど。私は好きよ。今のあなたが。あなたを見てると、不思議と癒される。それに……」
リリは彼女の膝を枕にしてベンチに寝転がった。
「わっ、ちょ……くすぐったいよ……」
「ふふ。今のあなたは膝枕にするのにちょうどいいわね」
「ええ……酷い……」
「ほんと……ちょうどいい枕……」
そのまま、リリは微睡む。
「……寝ようとしてる?」
「……休み時間終わったら起こして」
「……もー」
膝の上で眠る彼女を見て「猫みたい」と夢鈴はため息をつく。
「……綺麗な顔だな。ほんと……」
整った顔に、そっと手を触れる。刺激に反応して、リリは「ん……」と小さく声を漏らした。その妙に艶めかしい声が、夢鈴の心臓を加速させた。
思わず、安らかなその寝顔に吸い込まれそうになるが、予鈴の音が夢鈴を正気にさせた。
(わ、私……今何を……)
『私は好きよ。今のあなたが』
『可愛いと思うけど』
『あなたを見ていると不思議と癒される』
リリの優しい声が、言葉が、表情が、少し遅れて夢鈴の心に熱を灯した。その熱は全身へ広がり、夢鈴の顔を真っ赤に染め上げる。
その瞬間、夢鈴は自覚した。
自分は彼女に恋をしてしまったのだと。
夢鈴にとってそれは二度目の恋だった。
一度目は中学生の頃。相手は同級生の女の子。女が女に恋をするのはおかしいだろうか、本当に恋なのだろうかと悩んでいるうちに、彼女は別の女の子と付き合った。皮肉にも、そのおかげで、夢鈴は自分の彼女に対する気持ちが恋だったことを確信し、同性愛者であるかもしれないことを素直に認めることが出来た。初恋が、リリへの想いを恋だと主張する。
(私はもう、あんな後悔はしたくない)
ちくりと痛む胸を抑え、夢鈴は決意した。
リリが誰かと付き合ってしまう前に、必ずこの気持ちを告白すると。もう二度と自分の恋心を否定したりしないと。
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