第3話:恋愛感情と性欲
それから数日後の放課後。
「リリ、今日この後暇ー?」
「ごめんなさい。今日はゆめとマシュマロ買いに行く約束してるの」
「マシュマロ?」
「ええ。マシュマロの専門店があってね」
「あんたほんと甘いもの好きだよね」
「ほんと、マジでなんで太らんの?ムカつくわ」
「あなたたちはもう少し肉つけた方がいいと思う」
「無駄な肉ついてない人に言われるとマジで嫌味なんですけどー」
「そのくせ出るところは出てるから余計ムカつくんだよなぁ……良いなぁ。あたしもハーフが良かったー……」
ため息を吐くリリのクラスメイト達。今にも折れそうなほど細い腕や脚。改めて見ると、ロゼの言う通り美味しそうには見えないが、マシュマロとは程遠そうな彼女達もマシュマロのような柔らかな味わいなのだろうか。そうは思えない。夢鈴の方がよっぽど美味しそうだ。
「あ、リリちゃん居た。もー。玄関で待ってたんだよ」
「ごめんなさい。クラスメイトと話してた。みんな、またね」
夢鈴が迎えにきたところで、リリはクラスメイトと別れて教室を出て行く。
「……マジムカつく。何が『もうちょっと肉つけた方が良い』だよ。自分だって細いくせに」
「嫌味だよなぁ。つか、自分の細さ引き立てるために連れられてるって気づいてないのかなあのデブ」
キャハハと、教室から下品な笑い声が響く。リリは振り返って「なんだか楽しそうね」と呟いた。夢鈴は彼女達がリリの悪口で盛り上がっていることも、自分が彼女達にどう言われているかもなんとなく察していた。
「……行こう。リリちゃん」
聞こえてくる笑い声から逃げるように、夢鈴はリリの手を引いて歩き始める。流石のリリも、彼女の異変に気づいた。腕を引かれながら「どうしたの」と問うが、夢鈴はリリの方を見ずに「なんでもないよ」と震える声で答えた。
「……ゆめ?」
「……っ……ごめん……なんでもなくない……」
下駄箱の前でぴたりと足を止めて、嗚咽を漏らしながらしゃがみ込んでしまう夢鈴。
「……どうしたの。話、聞くわよ」
「リリちゃんは……なんで、あんな子達と友達やってるの?」
「あんな子達って、あの子達?別に友達じゃないわよ?」
「えっ」
サラッというリリに驚き、夢鈴の涙はスッと引っ込んだ。
「ついて行けば甘いもの食べられるからついて行ってるだけ。太るから食べてって、くれるの」
リリも、彼女達が自分や夢鈴の悪口を言っていることは知っていた。しかし、リリにとってはそんなことは別にどうでも良かった。目当ては彼女達が食べずに残すスイーツだったから。
「はぁ!?なにそれ!!クソじゃん!」
後ろで隠れて話を聞いていたクラスメイト達は思わず陰から顔を出した。
「あら。あなた達だって私のこと友達だと思ってなかったでしょう?お互い様じゃない」
隠れて様子を見ていた彼女達に、リリは気付いていた。気付いていてわざと本音を聞かせたのだ。
「別に、嫌なら次から誘ってくれなくて構わないわ。さ、行きましょう。ゆめ」
「あっ……」
今度はリリが夢鈴の手を引いて歩き出す。
(リリちゃんにとっては、彼女達よりも私の方が大切なんだ)
そんな優越感を噛み締めながら、夢鈴は考える。彼女は自分のことをどれくらい大切に思ってくれているのだろうかと。もしかしたら、同じ気持ちなのではないかと。
早まる鼓動を抑えるように、胸の前で拳を作り、駅に向かって歩きながら問いかける。
「リリちゃんにとって、私はなに?」
リリは足を止めて、少し考えるように「うーん」と唸ってから、振り返り「あなたは友達だと思う」と夢鈴の目を見て答えた。
「友達……」
「……あら。あなたにとっては違うのかしら」
微妙な反応をされ、リリは少し恥ずかしくなる。友人だと思っていたのは自分だけかもしれないと。
「……私にとってのリリちゃんは……」
「……あなたにとっての私は?」
(私にとってのリリちゃんは……)
夢鈴は答えず、リリから目を逸らした。尋常ではないほどの汗が噴き出し、繋いだ手から、夢鈴の熱と汗がリリに伝わる。
「……ゆめ?」
「わ、私にとって……リリちゃんは……特別な人だよ……ただの友達とは……言いたくないくらい……友達以上に、大切な人だよ……」
リリの目を見ずに、夢鈴は独り言のようにこぼす。
友達以上に大切な人。その意味がわからず、リリは首をかしげた。
しばらく考えて、一つの答えに辿り着く。
「……親友ってこと?」
「あ……えっと……そうじゃなくて……」
「違うの?じゃあなに?」
「う……あの……す……」
「す?」
「好き……なんだ……リリちゃんのこと……」
「……好き」
「……うん。……好き。……その……恋愛的な……意味で」
「……恋愛的な意味で」
夢鈴の言葉をリリはオウム返しするように繰り返す。
恋愛的な意味の好き。つまり恋ということだろうか。
リリが問うと、夢鈴はこくりと頷いた。
「私と恋人になりたいってこと?」
「う、うん……」
「……つまりゆめは、私と性行為をしたいってこと?」
「せ——えぇ!?なんでそうなるの!?」
恋している。つまり恋人になりたい気持ちがある。そこまでは理解できたが、淫魔であるリリには恋愛感情と性欲の違いはわからなかった。
「……?恋人になりたいってことはそういうことではないの?」
「リ、リリちゃんってもしかして……恋したことない……?」
「ええ。無いわ」
淫魔は恋をしない。一人の人間の精気に固執することはない。淫魔同士で性行為を行うこともない。では、どうやって生殖をするのかというと、生殖はしない。淫魔は元々人間だった。性欲が強すぎるが故に、死してもなお性を求める。そういう人間の魂が淫魔となる。つまり、死んだ誰かの性欲が具現化した存在が淫魔というわけだ。
「あの……ね……恋っていうのはその……せ、性欲も含まれるかもしれないけど……えっと……一緒に居るとドキドキするとか……もっと一緒に居たいとか……この人を独占したいなぁとか……抱きしめたいなぁとか……そういう……気持ちのこと……です」
「あなたは私と一緒に居るとドキドキするの?」
「す、するよ。ほら……分かる?」
夢鈴はリリの手を自分の胸に押し当てる。リリの手のひらに柔らかな感触と、ドキドキと少し早い夢鈴の鼓動が伝わる。
「確かに、心拍数が上昇しているわね」
リリが冷静に呟くと、夢鈴の心拍数はさらに上昇した。大胆なことをしていると、夢鈴は気づき、リリの手を払い除ける。
リリはまだ、今日一日、人間の精気を吸っていない。故に、飢えていた。
夢鈴の動揺するような表情が、真っ赤に染まった顔が、潤んだ瞳が、未だ手のひらに残るマシュマロのような夢鈴の胸の柔らかさが、リリの情欲を掻き立ててしまった。しかし、夢鈴に催眠術は効かない。精気を吸ってから、捕食時の記憶を催眠術で消すことは出来ない。捕食された記憶は、夢鈴の中に残ってしまう。捕食中は捕食に集中してしまうため、人間の姿を保つのが難しくなる。隠していた角と尻尾が生え、人間でないことがバレてしまう。
リリは咄嗟に拳を握り、手のひらに爪を立て、痛みで欲を誤魔化した。
「ゆめ。少し待っていてもらえる?ちょっと、お手洗い行ってくる」
「あ、うん……待ってるね」
街中に一人残され、夢鈴は考える。
(いつも通りに見えたけど、やっぱりびっくりしてるよね……引かれちゃったかな……やだな……言わなきゃよかったかな……)
ちくりと痛む胸を抑え、リリと初めて出会った日に想いを馳せた。
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