第11話 体育の授業で、バスケがありまして

「はあい。じゃあ5人ずつチーム組んでね」

 四限目の体育の授業でバスケをすることとなって、体育教師の岡田先生から指示されると、クラスの女子たちはきゃっきゃと騒ぎながら、それぞれの親しい友達に呼びかけてチームを組んでいく。私はセンス抜群の折原とチームが組みたかったのだけれど、私が他の子に誘われている間にチームはそれぞれ決まってしまっていた。

「ごめんねえ。誘うつもりだったんだけど」

「いいよ。たまにはこういうのもありじゃないかな」

 私がそう言いつつも折原が済まなそうに手を合わせて謝っている。

 折原のチームには、普段〝G・B・H〟でも付き合いのある山田さんや普段からとけっこう親しくしているメンバーが集まっていたし、中には現役のバスケ部員もいて、クラスのなかで一番層が厚いチームになっている。

 なんだか私だけをハブされたようで、さびしい気持ちもほんのちょっぴりある。

「でも、やって大丈夫なの?」

 折原が心配そうに尋ねる。

「ドクターストップといっても軽い運動なら問題ないらしいし、体育の授業だから適当にやるよ」

 ただ、私が誘われたチームはいつも運動が苦手な子ばかりで、トイレに隠れているとか、コートの隅を目立たないようにぽつんとしている子ばかりだ。

 誰も誘ってくれないから余った人間で仕方なく集まったという雰囲気でとても勝てる感じがしない。

 いや、まあ、勝つ必要はないけれど、楽しくやるという感じからはほど遠いように思える。

 ひとりが私の方に近づいてきて、「ボール、私に回さないでね」とわざわざ申し出たくらいで、気の毒になってくる。

 たしかに、私だって授業中に「先生、その問題を私にあてないで」という気持ちがあるから、その子の気持ちはわからないでもないけれど。

 まあ、膝に影響しない程度にやれればいいでしょ。

 私がそんなことを考えながら暗い4人の顔を眺めていると、その向こうのネット近くに何人かの女子が集まっていて、体育館を仕切っているネット越しに隣のコートを眺めている。折原もチラチラとそちらに視線を向けている。

 隣では男子が同じく卓球をやっていて、その中に中村君と隼人の姿も見えた。

 ウチらの男子は外でサッカーをやっていて、B組の男子が体育館で卓球をすることになったらしい。

 B組の先生は、どういう理由か不在で自習のようだった。

 他の男子がふざけて遊んでいる中で、中村君は彫刻でも彫る職人のような真剣さで、顔だけは知っている藤波君というメガネが似合う男の子を相手に向き合い、隼人は何か騒々しく喚きながらドタバタと白球を追っている。

 ただ、表現の仕方は異なっていても、気合のわりに2人は恐ろしく下手で、エメリヤエンコ・ヒョ―ドルやヴァンダレイ・シウバもかくやの如しな勢いで、ぶんぶんと腕を振り回すのだが、白球のほとんどは空振りするかあさっての方向へ飛んでいってしまい、悔しそうにあるいは不思議そうな顔をしてラケットを眺めている。

 カッコわると、数人の女子がそんな隼人や中村君を見て、くすくすと嘲りを含んだ笑い声が聞こえた。

 彼女らと対象的に、折原が私の傍に寄って来て「隼人くん、相変わらずはつらつとしているねえ」とほれぼれとした口ぶりで私にのろけ始める。

 不思議なもので中村君も隼人も、見てくれはそんなに悪くない(隼人とは一応、双子なのでそう言っておく)し、運動神経も抜群だ。

 学力だって低くはないのに、それでも一部を除いてどこか周りからは軽く見られている。

 イケメンやリア充ならウチのクラスでも杉浦君や丸藤君といった男の子もいるけれど、彼らのように勝ち組という感じがしない。

 どこか浮いているというか、どこかずれている。

 他のみんなとは、なんだか違う場所にいる感じがする。

 よくわからないけれど、場違いな感じがある種の人たちからは違和感や反発を覚えて、それが嘲笑を招いているのだろうか。

「はあい。じゃあ、試合やるよお」

 岡田先生の呼びかけで女子を集めると、先生はじゃあ最初は折原と山田さん(チームの代表は私ではない)のチームねえと、適当な口調でいきなり指名してきた。

「ひと試合、15分のトーナメント形式でやるからね。その間に他のチームは準備体操しときな」

 15分一本勝負のワンデイトーナメントかあと、隣から折原の呟きが私の耳に届いたが、聞こえなかったふりをして、自分のコートでウォーミングアップを行うことにした。

 バスケか。

 球技大会ではあまり走らないで済むソフトボールに出ていたし、一年生の時には授業でバスケがなかった。そうなるとバスケをするのはだいたい二年ぶりになる。

 軽くジャンプから次第に高く素早く跳躍してみた。あれから2年近くになる。身体が軽く、膝に痛みも感じなかったし、横にステップも踏んだが違和感もない。

 ボールのざらついた革の感触も懐かしい。

 どんどんと床にボールをついて、フォームを確認しながらゴールを見上げた。

 今日はゴールが、何だか随分と近く感じる。

 最初にショートレンジからボールをふわっと放つ。

 ボールは綺麗な孤を描き、リングの中へあっさりとした感じで吸い込まれていった。

 ネットがシュッと心地のよい擦れた音を立てた感触に思わず嬉しくなって、私はチームの子に呼ばれるまで、何度も何度も角度を変えてシュートを打っていた。

 ターンアラウンドにスクープシュート、フェイドアウェイにステップバック……。

 誰も気がつかなかったみたいだけど、呼ばれるまで私も一投も外していなかった。

 選手がコートに集まり、私はセンターサークルの後方に立った。最初のチップオフは私より大きな子がやる。向かいに折原が小さく手を振ってきたので、私も軽く手を上げて返した。

「じゃあ、始めるよお」

 岡田先生が笛を鳴らして、ボールを頭上に放った。

 いくぶん背が高いとはいえ、やっぱり運動が苦手な女の子らしく、怯えながらちょこんと跳んだ手はボールにかすりもしない。

 あっさりとボールを相手に獲られてしまっていた。

「いくよお、折原!」

 ボールを拾った相手チームの金原さんが折原にパスしようと、えいとボールを投げたが、金原さんの意図や仕草は見え見えで、パスに私が間に入ってボールを奪うことができた。

「もう、なんで獲るんだよお」

 金原さんの不満げな声が後ろから聞こえたが、構わず私はそのまま走り込んでレイアップでシュートを決めた。

 誰も私の動きについて来られず、小さなどよめき起きた。続いて、再開直後に不用意なパスを奪ってゴール下からジャンプシュートを決めた。

 折原が傍によってきて、ナイショと声を掛けて来た。

「久しぶりなのに動き良いねえ」

「何か、凄い調子が良いんだ」

 私は折原に手首をぷらぷら振って好調さをアピールしたが、といっても実質一対五みたいな試合である。チームの子が強引に押し込まれてシュートを決められてしまい、あっさりと同点とされてしまった。

 ボールを受け取ってパスする相手を探すために周りを見ると、他のチームメイトはこの2ゴールですっかり委縮してしまい、前を向いているのは私を誘ってくれた鈴木さんだけで、自信なさげ走っているだけで受け取るのを拒否するかのように目をそらしてしまっている。

 体育の授業なんだから、ベン・シモンズみたいにノーマークなのにパスしちゃうとか好きにやればいいにと思うけれども、基礎も知らないままやらされて何をやったらいいかわかんないわけだし、やりたくないと示すのも好きにやることのひとつと言えなくもない。

 しかたないなと思い、私は自分でボールを運んで3ポイントラインよりも少し遠目の位置までリングを来た時だった。

 普段は遠いリングに手が届きそうなほど近くに見える。

 リングを見ていたら不意にそう思えてきて、気がついたらシュートを放っていた。

 え? 

 驚き混じりの誰かの声が、私の耳に届いた。

 私の突拍子のない行動に静寂の間が生まれ、他のみんなは呆然とボールの軌跡を追っていたけれど、私は自分のシュートに確信を持ってボールを眺めていた。

 シュッとボールがさっきのシュート練習で決めたシュートよりも小さな音を立ててリングのなかに落ちた。

 オオとさっきのどよめきなんか目じゃ無いくらいに歓声が沸き起こり、響きやすい体育館の空間を激しく揺らした。

 もっといける。

もっと走れるかも。

 身体も羽根のように軽く、ボールもまるで身体の一部となったようで、ビハインドバックやロールなどの複雑な動きにもついてきてくれた。現役の頃だってこれほど巧みに操れた記憶がないのに。

 目の色を変えて本気モードになった現役バスケ部の子もクロスオーバーからのペネトレイトで一気に抜き去ることができたし、身長の大きな子を相手にしてもポストプレイからのターンアラウンドショットで得点を決めた。折原が正面にマークがついてもかまわずジャンプシュートを打ってあっさりとネットを揺らした。

 多勢に無勢で点は取られる。

 身体は正直で、日ごろの運動不足に加えていきなり走りまわっているせいで、自分でもわかるくらいに息も乱れている。

 でも、もっと走りたい。

 この気持ちの良い感覚をもっと味わいたい。

 その想いが私の足を進めさせ、ジャンプし、ドライブし、シュートを放っていた。

気がつけば私は一投も外さずに、得点では折原たちのチームを数点リードしていた。

 外野はお祭りムードだし、騒ぎを聞いて男子もネット越しに私を眺めていた。

 男子の中に中村君と隼人の姿が見える。

 私の膝の状態を知っている隼人だけが、渋い顔をして私に視線を送っている。

 ともあれ、体育館の視線が私ひとりに集まっていた。

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