第7話 ええと、これってヒーローショーなんだっけ?

 会場は意外にも多くの人で賑わっていて、子ども連れの親はもちろん、けっこう良い歳をした、20か30歳以上とみられる観客の姿も見られた。

 会場に設営されたステージの上部には、〝シャイニングマンショー″と白地に荒々しく筆らしきもので汚く書かれた幕が張ってある。

“魂こめて”という横断幕をつい連想してしまうが、誰が書いたのかは知らないが、客を呼ぶつもりなら、もうちょっと工夫したらと思うんだけど。

 そうこうするうちに開演時間となり、ステージ上には赤い服にミニスカ姿のお姉さんがマイクを持って現れた。

『みんなあ、こ・ん・に・ち・は・あ!』

 声をつくっているのがありありと伝わってくるお姉さんの大きな声に、真琴を含めた子どもたちは一斉に「こ・ん・に・ち・は・あ!」と元気よく答える。

『今日は、シャイニングマンショーに来てくれてありがとう!これから、シャイニングマンが君たちに会いに来るから、みんなで呼ぼうね!……せえの、シャイニングマーン!』

 シャイニングマーンと客席の子どもたちも少し恥ずかしさを覚えたのか、声が小さくて客席から届く声は僅かだった。真琴もタイミングを逃してもじもじしている。

『あれれえ、さっきの元気はどうしたのかな? それじゃ、シャイニングマンは来てくれないぞ?』

 うう、こういうやりとりが苦手だなあ。

 やりきれないというか、身体のあちこちが自然とかゆくなる。

 傍らの真琴は「そやな、そやな」と強く頷いている。子どもは無邪気でいいなあ。折原は文化祭でも進行役を務めていたせいか、お姉さんの動きを上手いなあなどと感心しながら、真剣な表情で見つめている。

『もう一回だよ。せーの……!』

 そこで司会のお姉さんの声が途切れた。

 暗い音楽がステージに鳴り響き、お姉さんはうろたえるようにして周囲を見渡している。客席のどこかからか、怖いの来るのと訊ねる幼児の声が聞こえた。

 わっはっはっはと低く押し殺したような笑い声が会場内に響くと、場内はざわめきを見せ始めた。

『この会場は既にジャアークの手に落ちた。シャイニングマンは助けに来んぞ!』

『あ、あれは、ジャアーク!』

 お姉さんが会場の後方を指すと、いつのまに待機していたのかジャアークと呼ばれた怪人の着ぐるみと、黒いマスクをした戦闘員が六名ほど現れた。

 一名だけ残してあとは散らばってステージに駆け足で上がってお姉さんを捕まえた。そして、ジャアークは残った戦闘員と共に客席になだれ込んだために大騒ぎとなっていた。

 なだれ込んだと言っても、醜悪な着ぐるみが手を振り回して行ったり来たりしているだけなのだが、それでも幼児には充分な恐怖を与えるらしく、顔を歪めて泣き叫んでいた。

 親御さんたちは笑いながら子どもをあやしているが、私も例外では無く、顔を私の胸に埋めて怯えている真琴の頭をよしよしと笑いながら撫でていた。

 やがてジャアークと戦闘員が私達の方にも向かってきたのだが、正面近くまでくると。何故か慌ただしく踵を返して元来た方向へと歩いて行ってしまった。

『みんな……。私の代わりにシャイニングマンを呼んで……!』

 会場のあちこちからシャイニングマンと呼ぶ声が聞こえた。

 だが、か細く控えめで、弱弱しい。

『泣いちゃ駄目。シャイニングマンには届かないよ!』

 お姉さんのせえのという掛け声に、幼児たちは精一杯の声でシャイニングマンと叫び、隣の折原から「なるほどなあ」と感心したように呟く声が私の耳を捉えた。

 暗い音楽が止み、おそらく主題歌だろうが、アップテンポな音楽に切り変わると会場内は曲に合わせた手拍子に包まれた。

『そこまでだ。ジャアーク!』

 鋭い声が聞こえてシャイニングマンが現れたのは、意外にもジャアークと同じ会場の後方からだった。そしてまだ客席の通路上にいるジャアークに駆け寄って捕まえると、そこで戦闘を始めたのも意外だった。

 両腕を振り回すだけのジャアークに対して、シャイニングマンはなかなか見栄えの良いキックやパンチを放って応戦する。時折、戦闘員が介入しては後ろ廻し蹴りやサマーソルトキックで蹴散らし、狭い通路にも関わらず、間近で行われている派手な戦闘に、子どもはもちろん、大人達もいちいちどよめいて闘いを見守っていた。

 やがて、劣勢とみたのかジャアークがステージ上の戦闘員を呼びよせると、シャイニングマンを捕まえてステージの上まで連れて行ってしまった。多勢に無勢でなすすべも無く、シャイニングマンは戦闘員の攻勢にさらされている。客席からは再び悲痛な叫び声が起こり始めた。

『みんなの……、みんなの力が必要なんだ。みんなの力を分けてくれ……!』

 録音された感じでシャイニングマンが搾りだすような声を出すと、みんな、もう一回シャイニングマンの名前を呼んで、とお姉さんが戦闘員に腕を掴まれたままの状態でマイクに叫んだ。

 その言葉に扇動されるように、子どもだけでなく大人も一緒になってシャイニングマンの名を叫び始めた。

 そして再び主題歌が場内に響き渡ると、シャイニングマンが立ち上がり周りの戦闘員たちを弾き飛ばした。そんなシャイニングマンに観客も歓声と拍手を送る。

頑張れと真琴が叫んだ。

 それからのシャイニングマンの動きは、子ども向けのヒーローショーとは思えない動きだった。

 切れ味鋭い打撃で戦闘員を蹴散らしたのはともかくとして、床に倒れた戦闘員の一人に対して、その場式のシューティングスタープレスを敢行したのには驚かされた。

 これがプロレスの試合だったらそれほどでもなかったかもしれないけど、子ども向けショーという認識だったから、思わぬ展開に意表をつかれてしまって、他の観客と同様に繰り広げられるバトルを呆然と眺めているだけだった

 そうこうするうちに、シャイニングマンがドロップキックでジャアークと戦闘員の一人を観客席に落とすと、観客に手拍子を促し、手拍子に合わせて猛然と駆けだすと『どいて!どいて!』とお姉さんのマイクを背にステージ上から、ダイビングしてトぺ・コンヒーロを繰り出した。

 そして、地面に倒れたジャアークを立たせるとジャアークを観客席に上げ、再び観客席での戦闘が始まった。

 二対一の状況で、一旦はシャイニングマンも一度は不利な状況に追い込まれたものの、再度フランケンシュタイナーで戦闘員を使って、ジャアークごと場外に飛ばして形勢を逆転させる。

 ジャアーク達が倒れた近くに自動販売機が設置されていて、シャイニングマンは何を考えたのか、その上によじ昇った。

 販売機の上に立つとシャイニングマンはまた観客に煽って、手拍子を求めてくる。

 観客の手拍子に合わせて、高い弧を描きながら、ムーンサルトで追撃するのだった。

 一連のアクションに、会場は歓声と驚嘆の入り混じった声で溢れ返っていた。

「凄いね。今のヒーローショーて、こんなプロレスみたいなことするの?」

「そんなことないと思うけど……」

 折原は首を傾げながらも、どこかで見たことある動きだと呟きながらシャイニングマンにじっと目を注いでいる。

 床は硬いコンクリートや木製のベンチだし、一歩間違えば大怪我をする危険極まりない行為だが、良く見れば怪人のジャアークや戦闘員の一人がシャイニングマンの攻撃や身体を受け止めている。

 シャイニングマンが遠慮のない攻撃を加えるのも、その二人だけだ。

 他の戦闘員には他のショーで見られるような形ばかりの打撃でステージから掃けさせている。

 更に良く見れば、一番攻撃を受けている戦闘員だけには、両腕に赤いテープが巻かれていた。

 シャイニングマンはジャアークと戦闘員の首根っこをつかんでステージに上げ、ジャアークを床に横たわらせた状態にすると、シャイニングマンが『行くぞぉ!』と言わんばかりに拳を掲げるのに合わせて場内の歓声がひと際高くなる。

『みんなぁ!〝シャイニングクラッシュ″、行くよ!』

 お姉さんはいつの間にかステージの袖から大きな脚立を用意していて、ジャアークが倒れている近くにそれを設置し始めた。

 周りにはどこから持ってきたのかクッション代わりと思しきや座布団が床に幾つも置かれ、お姉さんや倒れた振りの戦闘員が脚立を支える中、それを昇っていくヒーローの姿は何ともシュールに思えたが、すっかり興奮しきっている観客はそんなことには気にせず大声援を送っていた。

『みんな!ジャアークを封印するには、シャイニングクラッシュのあと、みんなで三つ数えないと駄目なの。お姉さんに合わせて一緒に数えてね!いい?〝ワン・ツー・スリー″だよ!〝ワン・ツー・スリー″!』

 脚立を支えながらお姉さんが熱い口ぶりで観客に指示するが、まんまプロレスやん。

 私はショーのアクション性の高さに驚きこそしたものの、他の人よりはどこか冷ややかな目でこの光景を眺めていて、この盛り上がりに思わず苦笑してしまっていた。

 揶揄したい気分で隣を見ると、先ほどから黙ったままの折原は、私と違って真剣な表情で口を真一文字に結びステージ上のシャイニングマンにじっと目を注いでいるし、真琴は他の観客と一緒になってシャイニングマンに夢中になっていた。

 その観衆が見守る中、背を向けたシャイニングマンが『シャイニングクラッシュ!』という掛け声とともに脚立の上からジャンプすると、身体を捻りながら素早く前方に回転しながら宙をくるくると跳んでいった。

「フェニックス・スプラッシュ……」

 会場に生まれた一瞬の空白に、折原の呟く声が私の耳に届いた。

シャイニングマンの身体がジャアークの身体を鈍い衝撃音とともに抑え込み、お姉さんがカウントを始めると、観客も一緒になってカウントの大合唱となった。やがて三つ目のカウントが決まると、シャイニングマンもお姉さんも観客もみんな拳を空に掲げ、爆発したような歓声が会場を包み込み、シャイニングマンの主題歌も同時に隼人れ始めた。

 これで封印されたはずなのに、ジャアークはよろめきながら立ち上がり、おのれシャイニングマンとこの恨みはと、ジャアークは悪役らしい捨て台詞を吐いて戦闘員に抱えられながらステージから消えて行った。

 残ったシャイニングマンも、この暑さの中、あれだけ動いたから随分とつらそうで、肩で息をしているのがはっきりとわかるし、立っているのも大変そうだった。

 お姉さんがシャイニングマンの隣に立ち、これで平和が戻ったよねと訊ねてマイクを向けると、疲れを微塵も感じさせない爽やかな声がスピーカーから聞こえて来た。

『今日、ジャアークを倒せたのはみんなのおかげだ。でも、奴らはまたやってくる。ジャアークは君たちの弱い心をエネルギーに変えているんだ。怖いかもしれないが泣かないでほしい。俺も君たちと闘う!俺に力を分けてくれ!』

 明らかに録音した声で、清涼感のある声と疲れ切ったシャイニングマンの様子がまるであっていない。

 でも、観客にはそこはどうでもいいことらしく、マイクが終わると盛大な拍手がシャイニングマンに送られ、手を振りながらシャイニングマンは舞台裏へと去っていった。

 最後はファンサービスのつもりだったのだろう。舞台の袖でバク宙をすると、再び会場内にどよめきが起こった。

「シャイニングマンてさ、ホントにいるんだね!」

 ショーが終わり、ざわめきの中で客席のどこからか聞こえて来る子どもの興奮気味な声が印象的だった。

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