第6話 せっかくお話しするのなら、おしゃれな場所がいい
「ごめんねえ。待たせたかなあ?」
小原駅の改札口前で私が真琴と戯れていると、折原が駆け足気味にやってきた。
「ちょっと前に来たばかりだから、そんなに急がなくても良かったのに」
こうやって会うのは久しぶりだからと言うと、折原は私の後ろに隠れた真琴を見た。
「その子が真琴ちゃん?」
「うん。ほら、真琴。このお姉ちゃんに挨拶しな」
私の影に隠れるようにして折原を見上げている真琴を促すと、ぎこちない足取りで前に出てイソザキマコトですと、自分の膝まで届くくらいに頭を下げた。
「こんにちは。私は愛美ちゃんの、友達の折原朱音です」
折原は真琴の前にしゃがみ込み、にっこりとほほ笑んだ。折原の笑顔には人に安心感を与えるらしい。ちょっと人見知りしがちな真琴もにっこりと笑って、たちまち警戒を解いたようだった。
「ゴメンね。この子がぐずっちゃったから、どうしても連れてこなくちゃならなくなって」
「ううん。私もこんな可愛い子に会えて嬉しいし」
私が折原から思わぬ告白を受けたその週の土曜日。私と折原は街に出かけることにした。無論、メインは折原の恋愛相談なわけだが、私自身も色々と買い物をしたかったし、折原と遊びに行くのも久しぶりのことだった。
昨日の晩、スマホでも少しは話をしたのだが、隣の部屋に話題の相手がいると落着かなかったし、直接会ってじっくり話がしたかった。それで十一時に小原駅で待ち合わせをすることにしたのだけれど、いざ、出掛ける際になって、普段は大人しい真琴が駄々をこね始め、折原に断りのメールを送ってから連れて行くことにしたのだ。
折原は既読だの未読だのといった機能が嫌いで、私とはメールでのやり取りを好む。
小原駅周辺はデパートやショッピングモール、映画館など商業施設が多数建ち並んでいて、県内では最も発展している街だった。今日の天気は快晴だったが、うだるような暑さは相変わらずで、高層ビルから反射する陽の光がまぶしすぎて、通りを歩く人々の誰もが顔をしかめている。
「姉たん。お空がまどろいであかんわ」
「まどろい?」
「うん。なんかピカピカして、よう目を開けられん」
ああ、よくわからないけれど、〝まぶしい〟て意味か。
まだろっこしいかと思っていたけれど、岐阜だとそういう言い方する地域があるんんだ。まぎらわしいな。
「真琴、お目目に悪いから、空見ないようにね。あと、ちょっと歩いたりもするから、お茶がなくなったらお姉ちゃんに言うんだよ」
私が真琴に言うと、肩からかけた水筒のヒモをいじりながら真琴はうんと頷いた。この水筒は母が真琴に持たせたもので、迷子になってもわかるように、住所と氏名、連絡先が記してある。
「どこ行こうか?」
と、折原が聞いてきたので、私は〝レイナ″というブティックを提案した。
いいよと折原が同意してくれたので、私は真琴の手を引きながら〝レイナ″へと向かって歩き出した。真琴は生まれも田舎町であまり人が多い場所に行った経験に乏しいからか、目を丸くして周囲を見渡しながら歩いていく。
ただ、気をつけていないと興味を持った方向へ突然向かって行こうとするので、しっかりと手を繋いでおかなければならない。熱心な時の子供の力て、意外と強い。自然、私達は肩を並べてゆっくりとした足取りで歩道を歩いていた。
「……今日、同好会のみんなはどこ行ってんの?」
少しして私が口を開いた。折原はあれと不思議そうな顔をして私を見た。
「聞いてない? 今日、部費を稼ぐのにバイト行くんだって」
「そうなん? 朝早く出て行ったから、今日も『小鳩プロレス』かと思ってたんだけど」
「今日、休みなんだ。巡業で九州に出かけているから」
と折原が言った。
いつもなら日曜日は『小鳩プロレス』へ出稽古する日なのだけれど、地方巡業で九州に出かけているため、一部の事務員を除いて選手練習生共に不在となる。学校も土日祝日での同好会の活動を認めていないため、学校内での練習ができない。そういう時はどこかの体育館で練習したりもするけれど、ほとんどは各メンバーの家に集まってプロレスDVD鑑賞会や議論が通例となっていた。
大概はDVDや本が豊富な村上先輩宅が多い。行ったことはないが、隼人の話だとかなりブルジョワなお家らしい。
「それにしても、うちの学校、バイトOKだっけ?」
「収入を部費に入れる目的で、保護者と先生の許可が下りたものならOKで、個人では駄目なんだって。あと正式な部活動じゃないからサークルも本来は対象外なんだけど、その辺は村上先輩が先生に上手く交渉したみたいだよ」
保護者か。
いつ、そんな話してたんだろ。
「それで、何のバイト?」
「マルエイで着ぐるみのバイトらしいよ」
マルエイとは小原駅ほどではないが、比較的賑やかな駅前にあるデパート名である。
このクソ暑いなかでよくやるな。
「……それで、決心はまだつかないの?」
ファッションブランド〝レイナ″が入っているビルに入り、エスカレーターに乗ったところで私が折原に訊ねた。
結局、折原は井上という男子生徒の告白を断った。
かといって、隼人に告白する勇気も無く、グズグズと時間だけが過ぎている。
好きならちゃんと伝えないと後悔するよと、昨晩の電話のやりとりで言ったのだ。折原には言えなかったけれど、私の念頭には洋平さんの件がある。心残りだけはよくないと思っていた。
私達が二階にあがり〝レイナ″の店内に入ると、落着いた雰囲気の女性店員がいらっしゃいませと丁寧に頭を下げて出迎える。私が連れた真琴の姿を見て、一瞬、怪訝な表情が浮かんだがすぐに営業の顔を思い出し、自分の仕事に戻っていった。
「そうだねえ。もし断られたらと考えちゃうから……」
「隼人も変わり者だけどさ、全校生徒の内、四〇〇人くらいが女子生徒なんだから、あんたみたいに隼人を好きな子がいるかもしれないよ?もし遅れたら後悔しないかな?」
「……そう……だねえ」
口ごもる折原に、これはどうかなと私が肩を露出するような白のワンピースを折原に見せると、折原はもうちょっと大人っぽいのでいいんじゃないかなと答えた。
「愛美ちゃんはどうなの? 好きとは言わないまでも、気になる男の子はそろそろいるんじゃないの?」
覚悟はしていたが、やはりその話題になるか。
奥歯に僅かな力が籠る。
「気になる男子はいないよ。この学校じゃ」
「『この学校は』ということは、よその生徒にはいるの?」
「いや、生徒じゃなくてね」
棚に置かれてある〝NO FEAR″と白字でプリントされた黒Tシャツが気になって、折原に見せると凄いカッコイイね、ワイルドだねと目を輝かせて誉めてくれたので、サイズを確認してから私はそのTシャツを購入することに決めた。
折原もTシャツやショートパンツなどを数点購入してから私達は店を出た。
暗く涼しい店内から急に明るく暑い場所にでたので、その急激な変化に思わず目が眩みそうになる。
私達はできるだけ陽の光を避けるようにしてぶらぶらと街中を歩き続けた。
途中で、派手な格好をした兄ちゃんらに声を掛けられたりもしたけれど、真琴の姿を見るなり気まずそうに立ち去っていく。
真琴の存在はナンパ防止にも効果があるようだった。時折、すれ違いのカップルや女の子に手を振られ、にこやかに手を振り返している。
CDショップや他のブティックなどを冷やかしにまわっている内に、真琴がお腹すいたと空腹を訴えたので、私達は休憩できる場所を探すと近くに小さな喫茶店が目に入り、そこでご飯を食べることにした。
店の名前はすぐに忘れたけれど、綺麗なお店でテラスもある。
店内にはクラシックが掛かっていて私達が席に座ると、ちょうど私達で席が埋まってしまうほど繁盛していたのだが、みんな店の雰囲気にふさわしく誰もが控えめで静かな会話を楽しんでいた。
「……私の場合は、告白する以前に、向こうがわかっていると思い込んでいたんだ」
食事を終えて、私はそこまで言ってからコーヒーに口をつけた。
タラコパスタがおすすめで、ランチではサラダとコーヒーもついてきて、さらに値段もお手頃。
真琴のだけは半分にお願いして、三人ともタラコパスタを注文した。私と折原が食事を済ましても、身体の小さな真琴は食べるのが遅く、私と折原の間でぺちゃぺちゃと一心不乱に格闘している。
「でも、私が知らない間に、向こうは向こうで付きあっている人がいて、結局、自分だけ空回り。あの人にしてみたら『友達』て感覚だったんだろうなあ」
「その時には、告白しても手遅れだったの?」
それまで、頬杖をついたまま黙って私の話に耳を傾けていた折原が、静かに口を開いた。
うんと頷いて再びコーヒーをすすった。
「ちょっと無理かなあ。向こうは大人だし、告白しても断られたと思う。でも、どこかでちゃんと言っていれば、傷つきはしても今日まで引きずらなかったと思うんだよねえ」
「引きずっているの?」
「うん。失恋そのものよりも、自分の情けなさに……かな?ちょっと上手く言えないけど」
「……」
「私が言えるのはそんなとこかなあ」
言ってから、自分の中で何かが軽くなった感覚になったきがした。やっぱり、私もこの失恋話をどこかで誰かに話しておきたかったのだろう。
「愛美ちゃん。今まで話したことなかったよね」
「うん。アンタが初めて」
「……」
折原は考え込むようにしてコーヒーカップを手に取る。
「ごちそうさまあ」
深刻な表情でコップを見つめる折原の横で、ようやくパスタを食べ終えた真琴が満足げに大きな溜息をついた。折原との恋愛相談はそれっきりで、昼食が終わると腹ごなしに付近を散策することにした。折原は私の失恋相手が誰かとは訊ねなかった。歳の差があるのはわかっただろうが、それが折原も良く知っている洋平さんとまでは気がつかないだろう。出来る限りのことまで打ち明けるつもりだったが、やはり洋平さんの名は口にしづらい。
折原が訊ねなかったことにほっとしていた。
「……今日、来て良かったな」
横で折原がボソリと呟いた。
「私も。アンタに話せて気持ちが軽くなったし。少しは役に立ったかな?」
「うん。とっても。後悔しないようにするね」
「頑張りなよ。私もできるだけのサポートはするからさ。あのバカたれからフォールとりな。私が一気に高速カウントとっちゃうから」
私がレフリーの真似をしてマットを叩く仕草をすると、折原はフフと笑った。その時、真琴があっと声を上げて私のスカートの裾を強く引っ張ったので、私は思わずつんのめりそうになった。
「ちょ……。真琴、何よ?」
「姉たん。これ観に行きたいわあ」
ずれたスカートを直しながら、真琴が指した先に立てかけられている看板へと目を向けた。
デパートの前に大きな看板か立て掛けられていて〝僕らのシャイニングマンが小原にやってくる!″と書かれてある。特撮ヒーローのワンシーンと思しき切り抜きの写真が貼り付けられているのだが、いかにも即席で作ったような安物の造りだった。どうやらこのデパートの屋上でヒーローショーをやっているらしい。
「これ、男の子向けでしょ? 真琴、こういうの好きだっけ」
「うん。シャイニングマン好きやあ。めちゃかっこええで。サイトー君なんてジャアークのルボルンバのフィギュアをもっとるんよ」
「……ふうん。折原、知ってる?」
サイトー君やジャアークのルボルンバが何者かはさておいて、シャイニングマンという名前はどこかで聞いた記憶があるがはっきりしない。折原に訊ねると私もあまりと苦笑いして手を振った。
「でも、ご当地ヒーローで話題になったと思うよ。一週間前にもニュースでやってたし」
おぼろげだった淡い記憶が、はっきりとした形となっていった。
人気俳優の日高隼人を起用して、話題となったとか、夕方の地方ニュースでやってたな。
その時も、真琴が騒いでいたっけ。
「姉たん。いいやろ?」
「う、ううん……」
私は腕組みをして考え込んだ。幼児は無料とはいえ大人は500円と有料だし、これでも大人に分類される私には、あまり興味が無い。
いつの頃からか、こういう子ども向けのショーを観ていると何故か背中がむずかゆく気恥ずかしくなってしまう。本心としては折原ともうちょっと店をまわって買い物がしたかった。
「私は構わないよ」
空気を察してくれたのか、折原は私と目が合うと穏やかに笑って言った。
ありがとねと片手を上げて折原に感謝の意を示すと、私達はデパートの屋上に向かった。
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