第5話
箱の中身――
それは眼鏡だ。この国に眼鏡という物がない。
まだ薬術師を駆け出しの頃に、遥か東の大陸から海を渡って来たという行商人から、手に入れるまでは俺も見たことも聞いたこともなかった。
『目の力が衰えた者が、コレを装着すると力が蘇る。この〈眼鏡〉を我ら皆つかっている。安心しろ素晴らしい物だ』
と言う言葉に半信半疑の気持ちで装着してみると、確かに今まで遠くの物がボヤけて見えていたのが嘘のように見えるようになっていた。
『個人差はあるが、お客さんアンタには合うようだ。どうだ買うかね?』
たまらず言い値で買取り、眼鏡を使い始めたのが切っ掛けである。
だが、その眼鏡も数ヶ月前に壊してしまう。
依頼の薬を作るのに必要な素材を切らしていたため、魔草や鉱物を取りにダンジョンに出向いた。
久しぶりであった事と、比較的浅い階層で安全だという慢心が重なり、魔物との戦闘中に落とし壊してしまったのだ。
スライムを踏みつけ滑り転げる俺。
留め具が外れ落ちていく眼鏡。
勢い余ってそれを、蹴り上げる自身の足。
片方の硝子は抜け落ち無数に割れ、外枠のべっ甲で造られていたという部分は三つに折れた。
東方から来たという行商人は、あれ以来一度も見かけない。〈行商ギルド〉に問い合わせても取り扱ってる行商人も店も無いと首を振る。
仕方なく最後の頼みの綱である鍛冶屋の親方に相談をした。
初めて見る品に最初は首を捻った親方も、遥か東方の大陸の職人が作り上げたものだと一言添えたら、職人魂に火がついたようで制作に取り掛かって貰えた。
透明な硝子の部分が特に手を焼いたようで、透明度や独特な彎曲部の形状に何度も調整を入れ、俺も出向き眼鏡をかけ、見え具合を調整した。
さらに、制作過程で俺も親方も段々と面白くなり、独自の改良も加えた。
骨組はより細く、だが耐久もあり靱やかに形状が曲がっても元に戻るよう複数の金属組み合わせ、硝子部分には色々な魔鉱石から抽出した結晶を混ぜ合わせるなど手を加えた。
そして、完成予定日の今日の昼過ぎに取りに行った訳だが、予想以上に値が張るものになっていたという訳だ。
*
「大丈夫ニャ」
マオは唐突にそう言うと、目を輝かせ立ち上がった。
先程まで涙を浮べて萎れてたのが嘘のように、勢いよく店奥に駆けて行きバタン、ガチャンと何やら探す音が聞こえる。
こう言ったら悪いが、マオが大丈夫と言った時、今まで大丈夫であったことは一度も無い。
そして目的の物を見つけて来たのだろう、両手で抱えこちらへ戻ってきた。丸机にある物を尻尾で横に退ける。
大鋏と乳鉢が落ちる既のところでメオが掴み取り、俺も灯火器が倒れる前に持ち上げた。
マオが両手で抱えている物を丸机にドカッと置く。
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