第4話

「どうしたお前ら。最近、喧嘩なんかしてなかったのに」


 俺は転がった脚高の椅子を元に戻しながら、彼女達に声掛けた。

 奥から別の低めの椅子を持ち出し、さきほど床に置いた灯火器を手に取ると、互いに背を向けた二人にこちらに付いて来るよううながす。


 途中、いくつか倒れた薬木の鉢からこぼれ落ちた土を掬い入れ、鉢植えを立て直し終えると、ハァと溜め息が漏れてしまった。


「怒ったニャ?」

「怒ったネ?」


 溜め息を聞き、叱られるのかと不安にさせてしまったのだろうか、小さな声で俺の顔色を伺う二人。


「いや、怒ってないよ」


 パンパンと手についた土を払い、彼女らの頭を撫でた。


 溜め息は憤りを感じてではなく。安堵の溜め息である。

 以前は、彼女ら二人が喧嘩すると、店中を引っ掻き回して物がぐちゃぐちゃに散乱し、とんでもない事になるのが当たり前。

 おかげで店内の陶器製の鉢植は全て割られ、仕方なく木製の物に買い換えた。

 それに比べればなんてことない、少し大人になったなと関心した。

 彼女らも自分も。



 窓際の丸机に手持ちの灯りを置き、不足分の椅子を足して、二人を座らせると共に自分も腰掛けた。


「怒らないから理由を教えてくれ」


 そう言って二人が並ぶ対面側に視線を置く。


「メオがいけないニャ」

「マオが五月蝿いのがいけないネ」


「違うもん。メオが無視したからいけないニャ」

「違うネ、マオが読書の邪魔したネ」


「マオ、お腹ペコペコだったんだニャ」

「私だってペコペコなのネ」


「それなのに、マオが嫌いなウネウネを食べさせようとメオが、メオが――」

「でも、マオも私の顔を叩いたネ。叩いたのネ……」


 目に涙を溜めて黙り込む少女達。

 下を向けばこぼれ落ちるからなのか、必死に天井を見上げている。

 どうやら話を聞くに、理由は大したものではないようだ。まぁ、彼女らにしたら喧嘩の種になることなのだろうが……

 俺も幼い時はそうだった。些細なことが喧嘩に発展して姉や近所のガキと衝突して騒いで暴れた。


 カチリ、コチリ。ガッコ『パッポー、パッポー』

 機械仕掛けの音と重なるように、グゥーと三人の腹も夕飯時を告げた。


「マオ、夕ご飯食べたいニャ」

「私もネ」


 涙がこぼれ落ちる既の所で、袖を使いゴシゴシと拭き取りながらマオとメオは食事の催促をしてきた。


 そうだな時間も頃合いだ、飯を食いに行こう。

 そうしよう――

 いや、まてまて俺はここで重大な問題を思い出す。

 

 そして、二人に対し俺は残酷な言葉で返す。

「――すまん、今晩の夕食は無しだ……金がない」


 先程までの夜盗の疑いから、二人の喧嘩にその後の涙目姿とドタバタ劇が一件落着したと思った矢先、忘れていた重大な問題が浮上した。


「今なんて言ったニャ?」


 俺は鞄から財布を取りだし、二人が見えるよう机の上で振って見せた。

 チャリンと銅貨三枚が転がる。


「うっ嘘なのネ、ご主人が店を出る時に確認したネ。いっぱいあったネ」

「マオも一緒に見たニャ。確かにキラキラがいっぱいあったニャ」


 再び鞄に手を入れ木箱を取り出す。

 そして、その留め具を外し中身を二人に見せた。


「スマン、これを買って来たのだが……その、思った以上に値が張ってな」

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