第3話

「帰ったぞ」


 ギーィィと扉がきしむ音とともにカラン、コロンと来店を知らせる扉に付けた銅製ベルが鳴る。


「おーい、いないのか?」


 俺の問いかけに返答はなく、聞こえるのは壁に掛けた機械のカチリ、コチリという音だけだった。

 魔鉱石を応用して作られた魔石灯、通り沿いに建ち並ぶその街灯の光が窓際から差し込み、店内の暗闇を薄ら照らす。


「マオ、メオ返事しろ」

 

 まったく、店の灯りも付けずにアイツら何処に行った。


 「ん? なんだ……」


 窓辺の丸机に大鋏と乳鉢が置かれている。よく見ると乳鉢の中で魔草の切れ端が、くるりと仰け反り萎れていた。

 なんだコレは、指で弾いたが動く様子はない。


 「アイツら何してたんだよ――」


 入口の壁に掛けた灯火器とうかきに、初級魔法で火を灯す。さすがに旧式の灯火器では照らす力も弱く心許ないな。

 嗚呼、金に余裕があれば魔石灯を買いたいと思う今日この頃である。

 そう胸の中で思いながら嘆息たんそくをもらし、灯りを手に取り店奥に進んだ。


 魔石灯は値が張る代物だ。

 外装はさほど高値ではなく、着せ替える物が露店でも数多く出回っている。肝心の内部の魔灯部分が高価なんだ。

 

 ダンジョン内にある魔鉱石の中には、発光する魔輝石まきせきという種類を含有する岩壁や鉱脈がある。

 その、含有量で光量が大きく変わり、ダンジョンでは珍しくないものだ。

 だが、これらは砕き放置すると、含有量の少ないものであれば、ものの数秒でただの石コロになる。

 

 これを〈学術ギルド〉の学者らは古くから研究していた。その末に、鉱物の光源である魔光物質があると突き止めた。俺は専門的知識がないから詳しくは知らないが。


 で、〈職人ギルド〉のドワーフ達が、その物質を抽出し集め結晶化させることに成功する。

 だが、これだけでは発光しないただの宝石となんら変わらなかった。

 魔光物質の抽出結晶ということで魔光結晶体と呼び研究が進む。


 その後、〈魔術ギルド〉の術者が協力し、発光源を刺激し光りを維持させる術式を作り上げ、銀盤に刻み入れた。


 三つのギルドが協力し作り上げた結果、魔光結晶体を銀盤に組み込むと……あら不思議、なんということでしょう、七色の眩い光が発せられたではありませんか。


 まぁそれから、なんやかんや工夫したらしく、発光を止める装置と光色を整える装置を取り入れ、完成したのが今の魔石灯である。

 魔光結晶体は魔力が衰えると光力も弱まるが、魔力を補充することで再利用出来ができたため、この発明はたちまち話題となり普及していくこととなった。

 

 で、それら研究には時間と労力と金がかかったわけだ。当然、各ギルドは費用の回収にまわる。代償の権利として独占的価格を上乗せした。

 法外な値段ではなく、市民でも少し背伸びすれば届くほどの絶妙的な価格。

 

 憎らしい、あぁ憎らしい――


 そんなことを頭の中で思いながら歩みを進めていると……

 店奥のカウンターテーブルに差し掛かったまさにその瞬間――ガタガタとテーブル奥で物音がした。

 

 まっまさか、夜盗か?

 先程、薬木の鉢植えも数本倒れていた。まさかあれも、そいつらの仕業か……


 俺はローブの内側へ手を滑らせ、腰に備えた短剣に添えた。

 そして、ゆっくり音を立てないように腰を落とし灯火器を床に置く。

 一呼吸置いたあと、物音の正体の確認をすべく身をかがめながらソロリ、ソロリと静かに近づいた。

 ゴクリと口内にたまった唾を飲み込む。

 そして、短剣を握る手に力が入りジトリと汗が滲んだ。


「ヴォヴーヴヴー」

「シャーッ」


「ヴャーォ」

「ャヤーォ」


 獣の鳴き声の後に、突然ゴロっと椅子が転げ出てきた。


 かと思った次の瞬間、姿を消していたマオとメオが絡み合い、バタバタと音を立て転がり俺の前に姿を表した。


「何やってるんだ、お前ら」


 互いの頬をつまみ引張りあった状態の二人が俺の顔を見て

「おあぇ誰ニャ?」

「あんや誰ネ?」


 二人揃って俺を見て、お前誰だと口にした。

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