第1話



 俺は馴染みの店で重大な問題に直面している。そう金が無いのだ。

 いや、厳密に言うとある。あるのだが、所持金が全て無くなるという危機的状況に陥っていた。


「頼む、親方。少しまけてくれ。コレを取られたら今晩の飯すら食えなくなってしまうんだ」


 机に積まれた金貨と銀貨の内の数枚を横に弾き、手を合わせ店の主人に頭を下げる。

 だが、その俺の言葉に耳を貸さず、店主は腕組みし首を横に振った。


 彼は親父の代から世話になっているこの店の主人。かつてはダンジョン冒険者としても名を残すほどの腕を持つドワーフだと聞く。

 その頃、俺はまだ産声すらあげてなかったので、実際に見たわけでもなく真偽の程は定かではない。

 だが、名を出せば皆が皆同じ答えを出すので、そうなのだろう。

 冒険者を引退したとはいえ、その短身に似つかわしくない筋肉量は、鍛治職としての仕事ぶりが伺えた。


「いつも言っているだろ。リーフ、これは商売だ。銅貨一枚足りともまけられん。お前も同じという肩書きがあるのなら分かるだろ? 金と品とは等価交換――」


『いいかリーフ、金と品とは等価交換だ。値段と物とが見合うものかどうか、見極めるのも術師として重要なことだ』

 そう、かつて俺の師匠であり、今は亡き親父も口癖のように言ってたのを思い出す。


 思い出すのだが……今は本当に金がない。

 手持ちの金貨と銀貨の全てを出したら、銅貨三枚しか残らない。これでは今晩の飯にありつくことも出来ない。


「それにコレは既製品じゃない。特注品だ。図面も鋳型いがたも全て一から作って、時間も労力もしっかりと掛けた自慢の品だ。諦めて満額支払え。でなければ、金が出来るまで渡さん」


 そう言い終え店の主人は、品の入った木箱の蓋を閉じ棚に閉まった。


 親方の言う通りだ。いや、むしろ値段以上の出来栄えに、本来であれば安いとまで思えるほどの代物だと思う。だが、それは手持ちに余裕があれば……の話である。

 今晩の飯か、それとも明日からの生活の糧となる、アノ木箱に入った品か。俺の頭の中では、それらを秤にかけ上下して揺れ動く。


 今晩の飯は我慢すれば何とか過ごせる。だか、商売道具を壊し手元にない今、アノ木箱の中身の方が重要だ。

 ひとしきり悩んだあと、机に並べた金をまとめあげ店主に渡した。


「時間を割いてもらって悪かったな親方」

「毎度どうも」


「…………」

「…………」


「オイ、いつまで手を離さないつもりだ。そんなにオレの油が染みついた手が好きなのか?」


「いや、そんな趣味はない」


 未練たらしく金から手を離さない俺を横目に、やれやれという感じで手を引き離し、先程しまった木箱を棚から取り出し手渡してくれた。


「あーそれと、これはオマケだ。お前にじゃないぞ。お前の代わりに店番してる彼女への品だ。持っていけ」


 ローブをまくりあげて、肩掛け鞄の留め具を外し、受け取った品を順に収めた。

 無償で物を貰えるのは、ありがたい。ありがたいが俺にではなく彼女等のみ、というのに不満が残る。


「くそぉ、すけべオヤジめ。俺には厳しいが、随分とあいつらには甘いんだな」

 と俺は悪態をついた。


 だが、我儘わがままを言う子供を親があしらうように『用が済んだのなら帰って寝ろ』と言って店奥の鍛治工場かじこうばへ行ってしまった。


「――さて、帰るとするかぁ」


 残された俺は店を出る前に、店主へ礼を言いそびれた事に気づき、鞄から手製の〈腰痛薬〉の入った油紙袋と用法を書いた紙とを取り出し、机に揃え置いて帰ることにした。


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