誕生日と記念日
『誕生日、おめでとう!』
パンッ
「わ〜!ありがとう!」
キラキラと目を輝かせながらえへへ、と笑う君
『はい、ケーキ
小さいけどごめんね』
トン、とテーブルの上に置いたのは小さめの手作りのホールケーキ
「わぁ〜!あ、今年の苺がいっぱいのってる!かわいい…!
今回のも手作り?」
『うん、もちろん
毎年楽しみにしてくれてるからね』
「さすが〜!
こんな美味しそうなケーキ作れるなんてやっぱりすごいなぁ…」
尊敬の目で僕を見てくる君の頭を、微笑みながら撫でる
『ほら、食べて?』
「うん、いただきまーっす!」
ハムスターのようにほっぺを膨らませてケーキをほおばる君は…
「うっ……」
と、口元を抑えて下を向いた
『え、あ、大丈夫!?な、なんか入って…お、美味しくなかった!?』
「お…」
『お……?お腹痛い!?』
「おいしーい!!!!!」
……
『えぇ!?』
びっくりした
うん、止まるかと思った心臓
『ほ、ほんとに…?大丈夫…?』
「うん!すっごく美味しい!作ってくれてありがとう!」
彼女の花のような笑顔をみて、僕は息を吐く
『もう…びっくりしたよ、でも喜んでくれてよかった』
「えへへー」
そんなこんなで2人だけの誕生日会は続いた
「あー、美味しかったぁ
ありがとう、お祝いしてくれて」
2人で使ったものを全て片付けて、掃除しながら君が言った
「最高の誕生日だったよ」
『ん…良かった』
掃除も片付けも終わって、僕は君とリビングで向き合って座る
少し寂しそうな顔でこちらを見つめてくる君の顔を、手のひらで包む
目を瞑り、懐くように僕の手のひらに頬をこする君
『ありがとう、僕も、最高の記念日になったよ
こんな僕を、好きになってくれてありがとう
…出会って、一緒にいてくれてありがとう
ずっとずっと、愛してる』
目を開いた君の瞳から涙が1粒、僕の手へ落ちる
泣き笑いのような表情の君が手を伸ばし、僕の頬を伝っていく涙を拭う
「私も、愛してる。君をずっとずっと想い続ける」
そう言いながら抱きついてくる君
2人で抱き合い、長い長いキスを交わす
どちらからともなく、口を離す
「…じゃあ、私帰るね
また、あとで」
『うん、またあとで』
玄関で一度、君の頭を撫でる
嬉しそうに、でも寂しそうに目を細める君を見て僕は少し笑う
扉を開いた君は、手のひらをこちらへ向ける
2人で少しだけ手を繋ぎ、お互いの体温を確かめて
ガチャンと閉まった扉の前で僕はしばらく、誰にも気づかれない涙を流し続けた
泣き止んで少しして、浴槽に水が溜まっている風呂場へ向かう
君が昔プレゼントしてくれたうさぎのぬいぐるみと、ラッピングされた箱を持って
箱は、少しのお祝いの文が書いてあるメッセージカードと、僕の君への気持ちが書いてある長文の手紙を添えて、風呂場の入口に
そっと風呂場の扉を閉めて、置いてあるカッターの刃をカチカチ、と長めに出す
浴槽のそばに座って、ぬいぐるみを膝の上に置いて
もたれかかるようにして左腕を突き出して、右手を動かす
水が紅く染まっていく
彼女との思い出を、頭の中でたくさんたくさん再生して
不意に右手で、ぬいぐるみを抱きしめる
眠くなってきた
『愛してるよ、ずっと…』
僕はそう、呟いて
意識は紅い海へと沈んでいった
ガチャッ
さっきぶりに戻ってきた、彼の部屋
合鍵を使って入っても、静かなまま
でも、約束だから
することはもう、決まってる
靴を脱いでお風呂場へ
彼の部屋の景色が滲んでいく
お風呂場の入口に、ラッピングされた箱と、メッセージカード、手紙が置いてある
それらを優しく手に取り、箱を開ける
中には彼が使っていた万年筆と、開けられていない、真新しい赤のインク
涙があふれる
箱を1度閉め、ラッピングを戻してお風呂場の扉を開ける
紅く染った浴槽と、それに寄り添うように眠っている彼
その腕に抱かれている、私があげたぬいぐるみ
濡れていないお風呂場に、涙がぽたぽたと落ちていく
そっと、ぬいぐるみをとって君を後ろから抱きしめる
「愛しているよ、私も
ずっと、君を忘れない」
さぁ、そろそろお別れの時間だ
覚悟を決め、彼の背中にキスをして
ぬいぐるみや、彼からの誕生日プレゼントを持って
「ばいばい、またね」
スマホを取りだし、第1発見者として通報をする
先程まで誰もいなかったかのような綺麗なリビングには、思い出だけが漂っていた
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