第18話 僥倖10

 木曜日、バイトは休みだけれどいつも通り起床し軽い朝食を取ってから部屋の掃除をした。

 今日、アオイは午後の講義が無い為昼過ぎには僕の家にやってくる。


 掃除後洗顔をし、髪を整え街へ出た。アオイに言いつけられている彼女の食器類を買うためだ。

 駅の近くの雑貨店に入り彼女に似合いそうな茶碗や湯飲み、箸などを見繕いそれらを購入すると、次にスーパーへ向かい昼食と夕食の食材を買った。ふと、甘い物が食べたくなると思いシュークリームとエクレアを買った。エクレアのクリームが彼女の口許に付く光景が脳裏を過った。


 帰宅し、念の為シャワーを浴びた。髪を乾かし再び髪をセットしお気に入りのポーチュガルを胸に吹き付ける。洗い立てのシャツを着て時計を見るとそろそろ正午になる。すぐに昼食が食べられるようにご飯だけでも炊いておこうと思い、お米を洗って炊飯器にセットした。あとは彼女からのメールを待つだけだ。


 そわそわしながら待つ事数分後LINEの通知が鳴り、彼女がこちらに向かっている旨のメッセージが届く。


『気を付けて』と返信し、彼女を迎えに行くため家を出た。


 駅前で佇んでいると人混みから彼女がリュックを左右に揺らしながら小走りで近付いてくるのが見える。僕は彼女に見える様に手を振った。

 

 今日の彼女は白い襟付きの薄いピンクのトレーナーにベージュのキュロットを穿いていた。トレーナーにはなんだか良く判らない花の刺繍がしてある。何度か会って薄々気が付いていたけれど、どうやら彼女は垢抜けない人であるようだ。中学生でもこんな恰好しないんじゃないかと思える程幼く見える。化粧もしていないようだし髪も染めていない。いくら山形とは言っても、普通にお店もあっただろうし、田舎だからという理由だけじゃないこのダサさ。彼女なりの精一杯のお洒落なのか、僕に会うくらいコレで良いと思っているのか判らないけれど、無駄に服に気を使わない彼女が微笑ましく思える。

 これは彼女の個性なのだ。勉強ばかりしてお洒落に気が回らなかったのだろうか。でもそんな彼女が心底愛おしく思えた。


 僕は正直女性のファッションなどに興味はないし、着ている服にアレコレ注文を付ける事もしない。どんな服を着ていようがそれで人を好きになったり嫌いになったりしないし、着ている服で目が行ったりすることも無い。ダサい女の子を連れていても恥ずかしいと思うことも無いし、逆にお洒落な女の子を連れて優越感を感じることも無い。結局は着ている本人が大事なのであってまとっている物などなんでもいいのだ。むしろダサい子の方が遊んでなさそうで安心する。


 以前、バイト先の野田さんが言っていたけれど、女子のお洒落は男子に見せるための物ではなくて女子に見せる為の物だと言っていた事がある。そう言われてみれば全く色気の無い服が流行る事がある。女性には可愛いと思える服が男性からみると全然可愛くないし色気も無いのだ。それは明らかに同性である女性の目を意識して服を選んでいるのだろう。野田さんの言う通りなのかも知れない。ダボダボのロングキュロットが流行った時期があった。確かに流行でお洒落だったのかも知れないけれど、男の僕から見たら色気もクソもあったもんじゃない。


「はあ……はあ……ごめんね、まった?」

 息を切らしてアオイが走ってきた。到着する時間は判っているのに待ったも何もないと思うのだけれど。


「そんなに走って来なくてもいいのに」

「だって待たせたら悪いかと思って」

「全然待ってないよ」

「ほんと?」と言って小首を傾げる。

「ほんと」

「じゃあ行こ?」

「うん」

 僕たちは並んで歩き出した。


「お米だけ炊いておいたよ」

「お! やるねえ」

「お腹空いてるでしょ?」

「そだね。何作ろうかな」

「野菜もいっぱい買っておいたから」

 普段は買わない日持ちしそうにない野菜も結構買っておいた。



「じゃあ、お昼作るからまた問題集やっててね」

「うん」

 自宅に着くと彼女は早速昼食を作り出すので僕はいつもの様に問題集にとりかかった。


「あ! シュークリームとエクレアがある!」

 早速見つけおったか。


「うん、頭が疲れたら食べようと思って」

「うーん……どっちにしようかなあ」

 どちらを選ぶか悩んでいる様だ。うーん……うーん……と料理を作るのも忘れて悩んでいる。


「ね、半分こしよ?」

 そうきおったか。


「うん、いいよ」と言ってふふっと笑った。


「そうだ! わたしの茶碗とか買ってきてくれた?」

「うん」

「あ、ほんとだ、ありがと。選んでくれたんだ。嬉しい」

 ふんふんと鼻歌を歌いながら料理を始めているようだ。随分とご機嫌なご様子。



 しばらく問題を解いていると、

「出来たよー、テーブル片付けて」と彼女が言うので言われた通り問題集とノートをどかす。僕も料理を運ぶため立ち上がりキッチンへ向かった。


「おいしそう」

 お昼は豚肉と野菜の炒め物とお味噌汁だ。

「でしょ?」

「うん」


 テーブルへ料理を運び、「頂きます」と言って両手を合わせる。お味噌汁を一口すすった。美味しい。野菜炒めもシャキシャキしていて非常に美味しい。お昼にこんなマトモな食事をするのは久しぶりかも知れない。


「実は助かってるんだよ?」

「何が?」

「だって一人だとこんな風に野菜炒めとかなかなか作れないもん」

「そうだね、もやしなんかすぐ悪くなっちゃうし、全部を一回で食べるには多いしね」

「でしょ?」

 彼女は満足そうに言って小さい口にご飯を詰め込む。


「だから家庭教師代なんて貰わなくても良いんだよ、この有難みに比べれば」

「それなら良いんだけど」

 彼女にも多少なりともメリットがあるなら良かった。



 食後も相変わらず問題集を繰り返す。時折彼女は部屋に置いてあるキャビネットへ近付いては本やCDなどを見ている様だ。


「あんまり音楽聴かないんだね?」

「そうだね、CDはもう殆ど買わないかな。YouTubeで観れちゃうからね」

「このDVDはなに?」

 え!? 隠し忘れた物があっただろうか。驚いて彼女を見ると『Once』という映画のDVDを持っていた。僕はほっと息を吐き、

「ああ、映画だよ」

「面白いの?」

「うーん……人によるかな」

「ふうん……エッチなのじゃないの?」

「違うよ」

「ふうん……」

 彼女はDVDのケースの裏面を熱心に見ていた。


 以前、YouTubeでたまたまグレン・ハンサードという人の歌を聞いて心を動かされてしまい、それが『Once』と言う映画の挿入曲だと言う事を知りDVDを購入してしまったのだ。映画の内容は、街で偶然出会った男と女が恋に落ちるのかと思いきや女の方に旦那がいたというモヤモヤした内容だった。非常にもどかしい映画だった。ただ、作中で流れる曲が非常に良くて、それだけでも買った価値はあった。


「後で休憩しながら観よ?」

「え? 2時間近くあるよ?」

「ずっと集中して勉強も出来ないよ。息抜きも大事」

「そっか、じゃあ後でね」


 僕が随分と問題を解けるようになってしまったからか彼女は手持無沙汰になって部屋をウロウロしている様だ。あまり細かい所まで物色しないで欲しいんだけど。しばらくそうしていたけれど結局何も収穫が無かったのか再び僕の元へ戻ってきて右隣にペタンと座わった。

 今日彼女はキュロットを穿いているため座ると彼女の白い脚が目に入りどうにも落ち着かない。僕はかぶりを振り邪念を振り払って問題を解く事に集中した。

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