第12話 僥倖4

 月曜日、僕はいつも通り起床し簡単に朝食を済ませ掃除、洗濯を行い、必要は無いと思うけど一応布団をベランダに干した。普段から寝る為だけに帰って来ている様な部屋なのでそれ程掃除が大変という訳でもない。狭い部屋で良かった。


 散乱しているアダルトDVDを適当な段ボール箱にぶち込みその箱を台として雑誌などを上に積み上げ簡単に蓋が開かない様にした。


 そうこうしているとお昼になったので昼食がてら近所のスーパーへ食材を買いに行った。


 節約のためなるべく自炊しているけれど、僕が作る物なんてたかが知れている。適当な食材を買って来いと彼女に言われたけど、野菜とかどんな物を買っておけばよいのだろう。


 スーパーに入り買い物かごに適当に食材を放り込んで行く。肉類は豚と鳥を適当に選び、野菜はピーマンやニンジン等の日持ちするものにした。あとはソーセージやハムなどの加工されたものやレトルト食品、それに簡単に済ませられる様に冷凍食品も適当にカゴに入れた。


 ふと脳裏に彼女の顔が浮かび、喜んで貰いたくてアイスクリームやチョコ等も買った。総菜コーナーで昼食用の助六を1パック買い店を出て家までの道すがらスマホを開くと彼女からLINEが来ていた。


 『午後の講義が17:50までだからね! 6時半までには着くよ! ('ω')』


 『ちゃんと起きてる?』


 『土日、フルで働いたから筋肉痛 (-_-;) 』


 『おーい!』


 『真也くーん ♡』


 どこまで本気にしていいのか判らないけれど聞き流せないメッセージもあり、スマホ片手に一人でニヤニヤして歩いているのもキモいだろうなと思いながらもニヤ付きが止まらなかった。


 「今、スーパーで食材を買いこんできたよ」とメールしておいた。


 一旦帰宅し、買ってきた助六をお茶で流し込んで床にゴロンと横になった。何故か鼓動が早くなっている事に気付き戸惑う。自宅に女性を招くのは勿論初めてじゃない。僕にだって働き出してからの3年間に何も無かった訳でもない。だけれど、こんなにときめいてドキドキする事は今までに無かった。彼女と今夜何かするわけでもないのに息苦しくなる程に胸が苦しいのは何故なんだろう。


 時計を見るとまだ2時を回った所だ。勉強中眠くなるのも困るのでひと眠りしようかと座布団を枕代わりにして目を閉じた。



 夕方になり、意味もなくシャワーを浴びて入念に身体を洗った。髪を乾かし、いつもよりしっかりセットして、普段は付けないポーチュガルのコロンを軽く胸に吹いた。楽天で買った物で僕はこれの香りが好きだ。値段も安い。朝干した洗濯ものを取り込み、洗い立てのTシャツにジーンズを穿き、Tシャツの上からチェック柄のウエスタンシャツを羽織った。


 時計を見ると6時になっていたので、少し早いかなと思いつつも家を出た。陽は西に傾き、朱色に染まるビルを見て無意味に心が弾んだ。


 スマホを見ると大学を出た彼女がすでにこちらに向かっている旨のメッセージが届いていた。返信しようかとスマホを操作するけれど、いつもより指に汗をかいていて画面をスライドさせにくい。少し手も震えている。それでも何とか、

「駅前で待っています」と送信した。


 10分程でLINEの着信音が鳴る。慌ててスライドし通話にした。


「もしもし」

『ついたよー』

 僕は改札口を見るのだけれど、元々背の低い彼女の姿をすぐに見つけられないでいた。それでもスマホを耳に当てながらキョロキョロしている彼女を見つけ、「みつけた」と言って彼女の方へ向かった。彼女も僕に気付き手を振ってくれた。


 彼女はジーンズに薄いグリーンの長袖のポロシャツを着ていた。それを見て少しほっとした。ミニスカートなんか穿かれていたら勉強にならないところだ。


「ごめんね、待った?」

「全然、大丈夫」

「すっごい急いで来たんだよ?」だから褒めてって顔に書いてある気がした。

「ありがとう。何か飲む?」

「ううん、大崎さんの家で何か貰う」

 その言葉にまた心臓が跳ねる。


「とりあえず本屋に行こうよ」

「そうだね」

 僕は駅の近くにある書店に向かって歩き出すと彼女も付いてくる。


 書店に入り、参考書のあるコーナーへ向かうも、正直どれを買ったら良いのかさっぱり判らない。

 彼女が色々手に取っては中身を確認してくれている。もう彼女に任せた方が良いかも知れない。


「参考書と問題集も買いたいけど、お金大丈夫?」

「うん、今はケチっていられないから」

 僕の言葉を聞くと彼女は、

「じゃあ、これと、これと、ちょっと持ってて、あとこれも」と言ってどんどん僕に手渡してくる。


「問題集はこれでいいか」

 僕はひたすら荷物持ちに徹する。


「あと、これも。とりあえず今日はこのくらいにしておいて、不十分ならまた買いに来よう」

「うん、ありがとう」


 僕は彼女に手渡された参考書や問題集の束を抱えてレジに向かい会計した。1万円を超える大出費だけれど、背に腹は替えられない。重いので紙袋は断り、持参したリュックに詰め込んで店を出た。


 僕のマンションへ向かい2人で並んで歩いていると、徐に彼女が僕の胸に顔を近付けてきた。


「スンスン。なんか良い匂いする。なんか付けた?」

 あ、わかるんだ。誤魔化すのも嘘吐くのも変だし、


「うん、わかる?」と訊くと、

「うん、良い匂いだね」と言ってから、

「でも、なんで?」と訊く。

 何かを期待してっていう下心が全くない訳じゃない。でも正直に言う事も出来ないし、普段付けてないのに急に付けた適当な理由も思いつかない。


「そ、掃除して、汗かいたから」

 彼女はジトっと僕を見て、

「ふうん」と言ってから怪しく口元を上げた。


 玄関と部屋の境界線がどこだか判らないような部屋へ彼女を招き入れる。部屋は狭いけれど、築年数は古くないし、狭いけれどユニットバスも付いていて僕はここが気に入っている。


「結構片付いてるね」

 彼女の第一印象はそれだった。へえと言いながら室内を観察している。


「朝から掃除したから」

「変な物はどこへ隠したの?」と厭らしくニヤっとして僕を見つめる。

「え!? まあ、適当に、そのへんに……」と曖昧に返事した。


「あ! ギターがある」

「ああ、うん」

 以前ネットのオークションサイトで買ったYAMAHAの中古のアコースティックギターだ。暇なときに練習していたらそれなりに弾けるようになった。


「弾けるの?」

「多少は」

「聴きたーい」

「えぇ……」

「いいじゃん、少しだけ、ね?」と言って小首を傾げる。ずるい。

「弾くのはいいけど、歌うのは嫌だよ」

「いいよ、ちょっとだけ、ね?」

「うん」

 仕方なく僕はギターを抱えるとありきたりなコード進行をアルペジオを交えながらそれっぽく弾いた。


「すごいすごい。生ギター初めて聴いた。カッコいいね」

 ギターが? 僕が? どっち?


「なんて曲?」

「え? 曲名なんて無いよ」

「ないの?」

「うん、即興だもん」

「ええ! すごい」

 コード進行のパターンなんて大体決まっている。それ程驚く事じゃ無い。


「それより何か飲む?」

「うん、何がある?」

「コーラとアイスティー買ってきた」

「じゃあアイスティーで」


 ちゃぶ台に僕のコーラと彼女のアイスティーを持って行き、どうぞと差し出す。ありがとうと言って彼女は床にぺたんと座った。

 変な沈黙が気まずくなりコーラを飲みながら視線を漂わせた。僕はまず彼女にお詫びをしなければならない事を思い出した。


「あの、ごめんね」

「ん?」

「東京案内」出来なくては省略した。きっと伝わると思ったから。


「ううん、気にしないの。その代わり受かったら連れて行ってね」とまた首を傾げる。この仕草は絶対確信犯だ。僕をキュン死させる作戦なんだろうか。


「まずは試験に受かろう」

「うん」


「よし、じゃあ何からする?」

「え?」

 少し固まってしまった。


「変な事想像しないの! どの教科から勉強する・・?」

「あ、ああ……どれからすればいいかな?」

 彼女はジト目で僕を見つめていた。だけれど、その視線は柔らかかった。


「まずは数学だね。数学は応用だからとにかく練習問題を解きまくるしかない。政経はもう最後の追い込みで頭に詰め込む。バイト先にも参考書を持って行って休憩中なんかも読んで。国語、英語は随時やっていこう」

「はい」

 もう彼女に任せるしかない。

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