18
その日の放課後、僕は1人帰路に就いていたけどふといつもと違う道から帰ってみようと思い適当に道を曲がってみた。たまに子どもの好奇心というか冒険心というかそういうのが顔を見せる時がある。知らない駅に降りてみたり、知らない道を歩いてみたり。発見があったらもちろん楽しいけど、別になくてもそれはそれで楽しい。
そんな思い付きのように神出鬼没な子ども心に手を引かれ、僕は知らない道へ入って行った。歩を進めるにつれ段々と消えていく人けと環境音。気が付けば少し細くなった閑静な通りを歩いていた。本当に何もなくてただ民家が両側に並んでいるだけの道。
でもその静けさがどこか別の世界へ誘ってくれそうな雰囲気を漂わせていた。このくねりながら伸びている道を進めばいつの間にか猫の住む世界や不思議な湯屋へと辿り着いてしまいそうな雰囲気が。
だけど残念ながら映画と違ってそんな幻想的な事が起こるはずもなくただ雰囲気だけを味わうばかり。現実は時折、人とすれ違いながらひたすら歩くだけだった。でもそれが――その雰囲気が僕の心を満たし何もない道を楽しませてくれていた。
それからも曲がったり曲がらなかったり気の赴くまま歩き続けていると、あるモノが目に止まり釣られて足も止まる。
それは時代に忘れられたような古びた鳥居。あまり高くは無いけど石段が伸びてて、その上では鳥居が今も内と外を区画していた。人のいない静けさも相俟ってかその古さは神秘的でどこか魅了されるものがあった。
「おぉ......」
称賛するように零れた声。
何の神様が祀られているのか分からないけど、折角だからと僕は石段へと足を伸ばした。1段1段リズムよく足音を響かせながら上がっていく。そこまで段数は無くすぐに境内が見え始めた。敷地は狭く石畳の先に小さな社殿がポツリ。思ったり手入れはされていたがやはり歴史を感じさせる古さがそこにはあった。
「何かよく分からないけどすごいなぁ」
そんな境内を一見した後、鳥居前で止めていた足を動かし始めると不思議な力に引き寄せられるように社殿へと向かった。
何も入っていなさそうなお賽銭箱と垂れ下がった鈴の緒の前で立ち止まり今一度、社殿を見回してみるが一体何の神様が祀られているのは分からない。
「まぁ別にいいか」
1人そう呟くと財布から5円玉を取り出し賽銭箱へそっと入れた。鈴の緒を揺らし両手を合わせる。お願いじゃなくて単なる挨拶だからちゃんとした参拝方法じゃなくてもいいかと思いながら会釈し心の中で一言だけ挨拶をした。1拍だけ空けてゆっくりと目を開き手も下げる。
「今時こんな神社に参拝とは感心だねぇ」
もう踵を返そうかと思っていると横から女性の声が聞こえた。その方向を見遣るといつからそこに居たのか巫女装束を着た(多分この神社の巫女なんだろう)女性が竹箒を片手に立っていた。口には何か棒を咥えている(多分、棒付きキャンディーだと思うけど)。でもこんなとこに巫女が居るということよりも僕にはその人がピンク色のウェーブボブをしていることの方が衝撃的だった。
「見たとこ学生みたいだけど、願いは勉強か? それとも恋愛か?」
巫女装束という点以外この場所に不釣り合いなその巫女の女性は口から出した棒で僕を指した(それはやっぱり棒付きキャンディーだった。髪と同じピンク色の)。
「いや。何の神様かも分かんなかったんでお願い事はしてないです」
「まぁ......ここの神様は気の向くまま適当だからとりあえずなんでも願い事してみな。参拝は願い事するとこじゃなくて決意表明するなんてのも気にせずにな」
男勝りな口調でそう言うと巫女の女性はキャンディーを口へ戻した。
「んー。でもやっぱり特に思いつかないですね」
「ホントかぁ? 好きなヤツもいないのか? それとも順調にいってるとか?」
「いや、まぁ......」
その言葉で頭に思い浮かんだのは鬼塚さん。順調かと訊かれればどうなんだろう。
「もしかしたら神様が叶えてくれるかもしんねーぞ。それか手でも貸してくれるかもしんねーし」
「でも神様って本当にいるんですかね? ――ってこんな質問失礼ですよね」
彼女の雰囲気がそうさせたのか思わずそんな疑問を口にしてしまった。巫女である彼女からすれば当然いるんだろう。
「さぁーな。居るかもしんないし、居ないかもしんねーし。もしかしたらお前のすぐ傍にいるかもしんねーぞ」
そんなはずは、と思いつつも僕は軽く辺りを見回してしまった。
「短い人生、意外な出会いってーのは唐突に来るもんだからな。意外と神様とすれ違ってたり話してる可能性だってゼロじゃない」
でももし本当に神様がいて人間に紛れてても多分、気が付かないだろう。もしかしたら本当にこれまでの人生の中で本物の神様と言葉を交わしてたかもしれない。そう思うと何だか不思議な気持ちに包まれた。
「まぁ神様がいるかどうかよりも考える事は沢山あるだろ。――そういや。前に来てたヤツはこんな悩みを抱えてたな。えーっと確か......長年付き合ってたプロポーズと同時に吸血鬼だと打ち明けられた。ってな」
「えっ!」
それは思わず反応してしまうような話だった。吸血鬼と人間。まるで僕と鬼塚さん(もっとも僕はプロポーズどころか告白すら成功してないんだけど)。
親近感の湧くその人がどうなったのか、読みかけの物語みたいに気になってしまう。
「それで、その人達って一体どうなったんですか?」
「さぁ? 今は幸せに暮らしてんじゃないか?」
「なら良かったですけど」
本当にそうならこれからも先も幸せでいて欲しい。そんな事を考えていると巫女の女性が手に持っていた竹箒を投げ捨て僕の方へ近づいて来た。
そして、そんなことをしていいのか腕組みをしながら社殿の柱に体を
「お前ならどうする?」
「えっ?」
唐突な質問の所為か何を訊かれているのか全くと言っていい程分からなかった。
「お前ならもし結婚相手が吸血鬼だったとしたらどうするってきーてんの」
僕ならどうするだろう。彼女の質問に実際そうなったらどうなるか考えてみた。
だけどそんな状況を考えていると告白して鬼塚さんから吸血鬼であることを打ち明けられた時の事をいつの間にか思い出していた。多分、あの時と気持ちは変わらないんだと思う。
「――でもやっぱり結婚しようと思う程、好きならするんじゃないですかね」
「いいのか? この世界じゃ吸血鬼と一緒に居るだけでリスクだぞ?」
そんなこと分かっているけど、鬼塚さんの顔が思い浮かぶと自然に結論の天秤は傾き始める。
「それでもすると思います」
僕の答えを聞くと巫女の女性は不敵な笑みを浮かべリップ音に似た音を出しながらキャンディーを口から出した。
「へぇー。いいじゃん。――でも実際問題、結婚なんてモンは社会が作り出したもんで、本質的な部分は結局、一緒に居たいかと全てを愛せるかってとこだしな。それがお前には出来そうだな。相手が吸血鬼だろうと」
「ありがとうございます」
何て返事をしたらいいか分からず(多分、聞こえるであろうぐらいの声で)一応褒められた分のお礼を口にした。
「そんなお前に、特別に手を貸してやろう」
巫女の女性は突然そんな事を言うと柱から僕の目の前まで足を進めた。
「過去より今とこれからがどうあるか。確かにそれも大事だが、過去には割とそいつが詰まってるもんだぜ。過去を知れば何かが見えてくるかもな。それに何事においても相手を知るってのは大事な事だ」
思わず首を傾げてしまいそうな言葉の後、彼女はどこから出したのかまだ封のされている棒付きキャンディーを差し出してきた。その言葉がそうなのかこのキャンディーがそうなのか分からないがとりあえず差し出されたそれを手に取った。
「ありがとうございます」
「ちゃんと味わって食えよ。多分、二度と食えないかもしれないしな」
確かにパッケージに見覚えは無いけどそんな貴重なキャンディー何だろうか。期間限定の味とか?
僕が言葉の意味を考えていると巫女の女性は肩に手を伸ばしくるりと石段の方へ体を向けさせた。
「さっ! 神様ももう帰る時間だ。お前も気ぃー付けて帰れよ」
「はぁ」
神様が帰るってどこに帰るんだろうか? 新たな疑問の所為で気の抜けた返事が口から零れ落ちた。だけどそんな事は全く気にしてなさそうな巫女の女性に見送られながら僕は(一度頭を下げてから)石段を降りていった。石段を下りきるともう一度鳥居を見上げる。来た時と変わらない鳥居とその足元に立つ巫女の女性。さっきと同じ様に不敵な笑みを浮かべながら手を振る彼女に会釈を返しまだ続いている道を歩き始める。
そして少し歩いたところで巫女の女性に貰ったキャンディーの封を切り口に咥えた。口いっぱいに広がる桃の味は馴染みのあるもので普通に美味しい。
「何でもう食べれないんだろう? もう生産中止になったとか?」
この棒付きキャンディーのどこが特別かを考えながら僕は家へ帰る為にどうにか知ってる道に出ようと足を進めた。
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