19
淡い夕焼け色の柔らかで神々しさを感じる光の中、僕は1人佇んでいた。ここがどこで何故こんな所に居るかは検討も付かなかったが不思議と不安はなく、朝目覚めた時と同じような感覚が抱き締めるように包み込んでいる。
すると、今まで僕が見えていなかっただけか目の前にはいつの間にか見慣れた教室。でも誰一人として生徒はいない。僕はそうするのが当然であるようにドアへ手を伸ばしてみるが鍵が掛かっていて開かなかった。
それを確認した直後、背後から規律の取れた足音と端的でハッキリとした声が耳に届いた。僕は思わず振り返りながら1歩2歩と後ずさり。僕の後ろからは武器らしき物を手にした数人の影が(何故、真っ黒な影なのかという疑問はあったけど別にどうでもよかった)隊列を組み前進してきていた。
だけどそんな僕など見えていないかのように―もしくはドアの前から退いたから無視しているだけか―、数人の武装影はドアを破壊し中へ突入し始める。その様子を僕は映画でも見るように窓越しに眺めていた。
武装影が教室に足を踏み入れた瞬間、机と椅子は消え代わりに頭の後ろで両手を組んだ少し様子の違う影が2人現れた。突入した武装影の1人が怒鳴りつけるように何かを言うと1人は女性にも見えるその2人は頭の後ろに手をやったまま膝を着く。僕はそれを見ながら開かれたドアへ。そして1歩足を踏み入れた。
その瞬間、最初同様に、だが今度は大きく光景が一変。先程までそこに居たはずの影は嘘のように消え中も教室からどこか他の場所へ。
周りを軽く見回してみると――僕はその構造に見覚えがあった。
「そうだ。――ここって音楽室だ」
口を開いた訳でも声帯を震わせた訳でもないのにまるでそうしたように耳には自分の声が聞こえてきた。いつの間にか一瞬にして教室から音楽室へ変わったのにも関わらず動揺は無い。そういうものだと1滴のインクが水に溶けるように心が受け入れていた。
そんな部屋の中央には背丈の違う影が並んで立っていて仲良く手を繋いでいる。1人は(背丈だけの判断になってしまうけど)青年か成人ぐらいでもう1人は小さな子ども。
すると2人の影の背後に大きなグランドピアノが姿を現した。何の前触れもなく蜃気楼のように。大影は小さな手を離すとそのピアノの前に腰を下ろした。鍵盤に触れた手はゆっくりと沈め始める。メロディーは聞こえないが何かを弾いているようだ。
1人はピアノを奏で、もう1人はその場で体育座り。しばらくその状態が続くと子影は急に立ち上がりピアノの傍まで早足で近づいた。それに反応し弾く手を止めた大影は顔を子影へ向けると立ち上がり席にその子を座らせた。そして自分はその横に立ち連弾でもしているのか子影と共にピアノで弾き始める。2人仲良くピアノを弾く姿はとても幸せそうだった。
だが大影は突然、弾き止めると子影の元を離れ歩き出しそのまま空気に紛れるように姿を消した。その事に気が付いているのかいないのか。どちらか分からないけど子影は1人ピアノを弾き続けた。誰も居ない中、独りぼっちでピアノの前に座り続けメロディーは聞こえないが手を動かし鍵盤を沈めていく。きっと誰の鼓膜も揺らすことのないメロディーがそこには溢れているんだろう。
すると、さっきまで小さな子どもだった影がひと回り大きくなり始め―しかも何の前触れもなく―、更に2~3度大きさを増していくと丁度、僕と同じぐらいにまでなった(正確に言うなら背丈は僕より少し小さいんだけど)。もはや子影ではなくなったその影はそこで弾く手を止めると、視線を何もない夕焼け色の光が
そこからは何の表情も読み取れなかったが(そもそも影だから読み取れるはずもない)その横顔がどこか懐かしく見えたのは何故だろう。そんな不思議な影の横顔に誘われるように気が付けば1歩。でも踏み出したのはその1歩だけ。足を前へ出すと音にでも反応したのか―なんせ僕は聞こえなかったから―横顔はゆっくりと僕の方へ方向を変え始めた。焦らすように時間を掛けて。ゆっくりと。
そしてついにその顔は僕と目を合わせ―――。
* * * * *
頭から響く加減されたが重い衝撃。僕は下手くそな叩いて被ってみたいに大きく遅れてから手を頭にやり顔を上げた。
「おはよう。良い夢見れたか?」
丸めた教科書を片手に怒ってはいるというより呆れた表情の先生がそこには立っていた。
「い、いや、その......。すみません」
その一言でどうやら許してくれたようで先生は授業を再開しながら教壇へと歩き出した。叩き起こされ先生と目が合った時点でほとんどの眠気は頭から逃げ出したが、僅かに残っていた分が欠伸として口から僕の元を去って行った。
その後、僕がほぼ無意識的に視線を向けた先は黒板じゃなくて斜前の席。この日は朝から空席だった。鬼塚さんは今日は休み。いつもならそこに座って何となくと言った表情で黒板を眺めている彼女の姿がないことに嘆息を零しそうになりながらも僕は曇天の外へ視線を変えた。
* * * * *
「行ってきまーす」
リビングからの母さんの返事は辛うじて聞こえたけどすぐにドアの開く音に掻き消された。外に出ると鍵は閉めずにラフな格好のまま歩き出す僕。
そんな僕を見下ろすのは街灯より明るさは劣るが生き生きとした光で煌めく星空。いつもなら家に居る時間帯の外は新鮮だった。その新鮮さで少しばかり弾んだ気持ちのまま夜道を歩いて行き、10分も経たないぐらいで目的地に到着。
それは暗い夜道で一際光を放つコンビニ。24時間365日、空がどんな気分の時でも快く迎え入れてくれる頼もしい存在。
僕は心の中でそんなコンビニを拝みながら(外から見る限り)お客さんの少ない店内へと入ろうとした。だけど自動ドアが反応するより手前で横手の方から聞き覚えのある声が聞こえ足が止まる。何を言っているのかは分からないが男性と女性の声が聞こえた。
でも今日は休みだったはず。そんな事を考えながら足は自然と自動ドアではなくその横手へ向かって歩を進め始めた。といってもほんの数歩歩いただけすぐに角。僕はまず様子を伺う為に―もしかしたら全く知らない人かもしれないし―軽く顔を覗かせた。店内と比べると裏路地のように薄暗いコンビニの横手。そこには3人のガラの悪そうな男と1人の女性が向かい合って立っていた。そしてその女性は思ってた通り見覚えのある―――どころか確実に知っている人(薄暗くてハッキリと見えなくともそう言い切れるほどだった)。
「鬼塚さん?」
聞こえていた声でまさかとは思っていたが実際に目の当たりにすると、心構えが足りてなかった所為か一驚し、心がビクッと跳ねるその勢いで思考が口から零れた。そんな僕の声に彼女のみならず男達の視線もこっちの方へ。
「だれだ?」
男の1人が当然とも言うべき質問を投げかけてきたが、何故か僕は聞こえてないと見向きもせず鬼塚さんに近づいた。彼女は今日、学校は休んでいたはずなのにどういう訳か制服姿。その事を訊きたい気持ちは十二分にあったけど、僕が口にしたのは―――。
「こんな所で何してるの?」
「ただコンビニ来ただけだけど。コイツらが絡んできて――」
「おいおい、俺達はただ優しく遊びに誘っただけじゃねーか」
「だからやだつってんでしょ!」
鬼塚さんの声からは若干の苛立ちを感じた。この様子だとしつこくされたっぽいな。ここは好きだとかを置いておいても助けてあげたい。でもこういう状況は初めてだしどうしようか。
「まぁそう言うなって。いいじゃねーか。金は全部出してやるからよ」
僕が1人考えていると中央に立っていた男が数歩近づき鬼塚さんへ手を伸ばし始めた。それを視界端で捉えていた僕は、手が鬼塚さんに近づくと反射的に半身を割り込ませ行く手を阻んだ。少し上げた手を伸ばしながら庇うように。正直、やろうと思ってやった行動じゃなかったから内心では「あっ!」と零してしまっていた(口に出さなかったのは褒めてもいいのかも)。
「あれ? もしかしてこいつ女の前だからってカッコつけてねぇ?」
そんな僕を見た別の男が嘲笑しながらそう言ってきたが、実際のところその通りだ。
「何だ? そいつお前の女だったのか?」
「――そういう訳じゃないですけど....」
さすがに好きで告白までしたけどまだ返事は貰ってませんとは言えない。
「どのみち関係ねーけどな。ほら、さっさとどけ」
男は横へ退けようと手を僕の肩へ伸ばすが、脚に力を入れてそれを拒んだ。それが気に障ったのか男の目つきが鋭さを帯びると肩から手が離れ胸を一突き。反動で1歩下がる片足。でも視線は依然と男を見て手は伸ばしたまま。
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