13

 目的のお店は自販機からはほんの数分で到着。


「ここだ」


 外観はシンプルで小洒落た北欧をイメージさせる雰囲気。僕にとっては1人じゃ入るのに少し勇気がいる雰囲気だった。

 そんなお店の看板には細めのフォントで『eschcase(エシュケース)』と店名が書かれている。これがまたお洒落に感じるのは、僕がそういうのに慣れてないからなのかそれともみんなそう思うのかどっちだろうか。


「へー。写真で見るより良い感じじゃん」


 横に並んで外観を眺める鬼塚さんは潜むように感動の混じった声でぼそりと呟いた。

 もう少し眺めてたいと思わせる程にはその外観は素敵なものだったが、あまり店前で立ち止まってても迷惑だと思い(もしかしたら不審者と思われるかも)、僕らは止まっていた足を動かして店内へ。

 綺麗に整列した商品と軽やかな色合いの店内は半々でアクセサリー類と雑貨に分けられていた。目立った仕切りはなく中央辺りの棚から変ってるという感じだ。


「おぉー」


 お店の中に入ると後ろで自動ドアが閉まるより先に鬼塚さんの零すような小声が聞こえた。


「いらっしゃいませー(いらっしゃいませ)」


 2人の女性店員さんの声が重なり合いながら僕らを歓迎してくれた。

 そんな店内では僕ら以外にも老夫婦と若い男女のお客さんが商品を楽しそうに見ていたが全体的に静かで、心地好いBGMが僕らを包み込む。

 僕と鬼塚さんは1度互いの顔を見合うと店内の静けさに紛れるように歩き出しまずはアクセサリー類の置いてあるコーナーへ足を進めた。

 シンプルな物から派手な物、小さな物から大きな物まで種類は様々。沢山あったから見て回るだけでも楽しかった。


「えっ! これハンドメイドらしいよ」


 一角に並んでいたアクセサリーの前にはポップがあり商品がハンドメイドであることが書かれていた。あまりの出来に僕は驚きを隠せず、鬼塚さんの肩を叩き抱えきれなくなった興奮を分けずにはいられなかった。


「えー。すごっ」


 僕よりは落ち着いていたものの感嘆符を付けてしまう程の感動は伝わったようだ。

 それからもピアスにネックレスにブレスレットなど様々なアクセサリーを見て回り、その後は流れるように雑貨コーナーへ。見慣れた物から個性的な物、中には一体全体何に使うのか見当も付かない思わず手に取ってしまいたくなる物もいくつか置いてあり見事に興味を鷲掴みにされた。

 アクセサリーも良かったがこっちもこっちで十分過ぎる程に楽しい(元々僕が雑貨などを見るのが好きというのもあるかもしれないが)。

 そしてこれも良いあれも良いなんて話をしながら店内を隅々まで楽しんだ僕らはどれぐらい居たのかさえ分からないまま、それぞれロゴが入った袋を片手にお店を出た。


「思ってたより楽しかったなぁ。そういえば鬼塚さん何買ったの?」

「ピアスとブレスレット」


 鬼塚さんは袋を少し持ち上げながら中身を教えてくれた。


「もしかしてあのハンドメイドのやつ?」

「そう。そっちは?」

「僕は――」


 質問を返され自分の持っていた袋を持ち上げ視線をやるが言葉が出てこなかった。


「なんか...よく分からない雑貨」

「何それ?」


 眉間に皺を寄せて笑みを浮かべ吹き出すような反応をした彼女の気持ちも分かるが僕も用途は本当に分からないから答えようがない。


「雑貨ってそういうのあるじゃん。何に使うか分からないけど良い感じのやつ。それだよ」

「あるけどさぁ...」


 その言葉の後に(遅刻してきたやつがいたのだろう)彼女はふふっともう一度鼻で笑った。


「ちょっと見せてよ」

「いいよ」


 包装はしてないから僕は袋からその商品を取り出して手渡した。それを片手に色々な角度から見始めた彼女は小さく何度も頷く。


「なるほどね。確かに何に使うかは分からないけど見た目は良い感じかも」

「でしょ」


 言いたいことが伝わった気がして喜色を浮かべた僕は若干食い気味になってしまった。

 その状態で彼女から商品を受け取ると少し高ぶった気持ちは出しっぱなしのままそれを袋に仕舞う。


「――それじゃあ行こうか」


 それから来た道を通り駅まで戻った僕らは電車に乗り込んだ。数駅分、電車に揺られ改札を通るとあっという間に馴染みある駅。


「思ってた以上に良かったね」

「うん。ありがとう。誘ってくれて」

「僕も行ってみたかったから」


 すると不意に訪れた沈黙が引き連れた気まずさと共に僕らを包み込んだ。2人の間に流れる駅の喧噪では搔き消せない静けさ。どうにかそれを破りたくて言葉を探してみたが上手く形には出来なくて結局黙ったまま。


「それじゃあ、アタシそろそろ行くね」


 そう切り出したのは鬼塚さんだった。


「また明日」

「うん。また明日」


 気まずさの残るどこかぎこちない別れ―もう何度目だろうか―の後、鬼塚さんは僕に背を向け人混みへ消えていった。彼女の後姿をあっという間に呑み込んだ人波の流れゆく様を少しだけ眺めていた僕は、我に返ったように動き始めると家へ向けて歩き出す。


 その日の晩。僕は部屋でだらだらとしていた。ちなみにあの雑貨は母さんが気に入って今ではリビングのインテリアと化している。

 若干の満腹感を感じるお腹に両手を乗せながら寝転がっていた僕は枕元にあったスマホを手に取った。ホーム画面が表示されると何気なしにツイッターを開き適当にタイムラインを流していく。

 その中にあった誰かがリツイートしたニュース。普段、あまりニュースとかは見ないけどこういうのって何が書いてあるのか気になるからつい手を止めてしまう。

 そして例の如くそのニュースも手を止めざっくり読んでいた。内容は今日見かけた2人組の女子高生が話していた会話の事。


「高校教師になりすました吸血鬼。人間の血を使って検査通過」


 詳細は書かれていなかったがどうやらこの人は昔から教師になるのが夢だったらしい。だから吸血鬼検査が厳しくてもどうにかして教師をしたかったんだとか。その人がどうなるかは書いてなかったけど大方、教員免許は剥奪されて然るべきとされている施設へ送られるんだろう。

 僕はそのままスマホを閉じると手ごとベッドに落とした。

 現代で吸血鬼であることが世間に知れ渡ってしまうのは不利益しかない。だからほとんどの吸血鬼は誰にも言わずひっそりと人間社会に溶け込んでるだと思う。実際、吸血鬼であるということはそれだけでニュースにされる事なんだから(このニュースは少し違って教育機関にいたということが注目されてるけど)。

 でもだとしたらやっぱり僕の中で腑に落ちないあの疑問が蘇る。


「やっぱり何で鬼塚さんは僕に吸血鬼って言ったんだろう?」


 僕の事を知らないのならそれを聞いた僕が他の人に言っちゃうかもしれないし、何だったら学校に言っちゃう可能性も考えられる訳だし(実際はしないけど。というかしてないけど。このことは誰にも言ってない)。リスクが高すぎるというか言わないに越したことはないと思う。言うとしてももっと知ってからとか。

 諦めてもらうにしてもシンプルに断ればいいだけだし......。


「うーん」


 あの時と同様に考えれば考える程に分からないし納得のいく答えは見つからない。むしろ何故か考える程に遠ざかっていくような気さえした。

 それにしても鬼塚さんが吸血鬼であることに対する実感は正直、未だちゃんとは湧かない。そう感じることはあるけど(腕相撲の時とか最初の傷の時とか)普段の彼女からは全く感じない。むしろ彼女と一緒に居れば居るほどそのことを忘れてしまう。それ程に―こういう風に言うのはあまり好きじゃないけど―彼女は人間らしい。こういのを頭では理解していても心が理解出来てないとでも言うのだろうか。


「吸血鬼」


 僕は確認するように呟いた。自分の声と言葉を聞きながら頭に鬼塚さんを思い浮かべてみる。だけどやっぱりその言葉と彼女は結びつかず――むしろ言葉だけが切り離されるように、気が付けば笑った顔や普段の無表情などを思い出していた。どんな表情をしていてもどんな格好を(と言ってもまだ制服と2パターンの私服姿しか見た事ないけど)していてもとても愛らしくて素敵で、心奪われてしまう。

 そんな鬼塚さんを思い出していると―キモイと思われるかもしれないが―つい口元が緩んでニヤけ胸が高鳴りだす。それはまるで目に見ているのに手の届かない星のようで、もどかしくも自分の想いが煌々としていることを改めて教えてくれた。僕は彼女の事が好きだと言うことを肌で――いや、この胸で感じていた。

 でも記憶の中には今日、2人組の女子高生の会話を聞いていたどこか心配になる、違和感のようなものを感じる鬼塚さんの姿も。あの時、彼女が何を思ってどんな気持ちだったか僕には知る由もない。

 だけど少なくとも僕はあの瞬間、彼女が吸血鬼であることを――吸血鬼と現代の人間社会とが相容れないのを感じていた。確かに僕自身、吸血鬼という種族に対してはあまり良い印象はないけどそこまで否定的に思ったこともない。

 でも世間一般はそうじゃないらしい。中には過激な思考を持つ人もいて吸血鬼を排除しようとする活動をしている団体もあるとか。逆に数十年前には複数人の吸血鬼が徒党を組み国会中の国会議事堂へ押し入ったという事件もあったらしい。彼らは吸血鬼の権利を求めてたらしいけど事件が収束する頃には(故意か事故かは分からないけど)議員2名の死者が出てしまってて、当然と言うべきか関心はそこに集中。結果、皮肉にも吸血鬼を思ったであろう行動が世間へ更に悪印象を与えた。

 大戦が終戦し立場が逆転しても依然と埋まらぬ隙間。恐らくこの状況はどちらかが――いや、人間側が歩み寄り手を差し伸べるか吸血鬼が絶滅するまで続くだろう。そう思うと鬼塚さんが少しだけ遠く感じた。人間である僕と吸血鬼である彼女の間にある1本の線。僕にとってあまり気にならないそれはただの細い1本の線でしかない。種族なんて気にしないし簡単に越えられる。だけど鬼塚さんにとってはもしかしたら線なんて生易しいものじゃなくて、峡谷のように深く険しいものなのかもしれない。彼女には人間がどう見えてるんだろうか?

 鬼塚さんが僕の事をどう思っているのかもそれがどう変わっていくのかも分からないけど、種族と言う言葉がいつか無視できない時が来るのかも。そうなったら僕は一体どうしたら、どうすべきなのだろうか。

 もしかしたら彼女を想い近づこうとするなら吸血鬼と人間という問題を僕はもっと深く考えないといけないのかもしれない。

 そんな風に難しことを考えてる内に僕はいつの間にか眠りに落ちていた。

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