11

 そんなもはや何試合目かも覚えてないスピード勝負、出せるのが無くなった僕は鬼塚さんがカードを重ねていくのを眺めていた(もちろん自分が出せないかを窺いながら)。

 だけど僕の目はいつしか引き寄せられるようにカードを出す彼女の手へ余所見をし始めた。黒いマニキュアでおめかしをした指。昨日と違う色なのは今日のファッションに合わせてるからなのだろう(そこら辺についてはよく分からないけど)。昨日も良かったけど、でも僕は今日の方が好きかも。

 そんな風に手を見てたらそれで最後だったのか台札の上で動きが止まった。動かなくなった彼女の手を改めて観察するように眺めているとふと思った事があった(今更ながら勝手に人様の手を見るのはどうなんだろうかとは思うが)。


「鬼塚さんって指長いよね」


 僕の言葉に鬼塚さんは手を少し上げ甲を自分に向けた。


「そう?」

「僕もそんな色んな人の指を見てる訳じゃないからあれだけど。何となく長い気がする」


 ふーん、と鼻を鳴らしながら彼女は自分の手を見ていた。


「それにその色もカッコいいというか可愛いというか――すごく似合うと思う」


 言い始めたはいいものの途中から恥ずかしくなって段々と声が小さくなってしまった。どうせ褒めるならちゃんと最後まで自信たっぷりに言い切りたいのに。全くいつになったら慣れるんだ僕。


「ありがと」


 鬼塚さんはそう言うと手を下げ僕の手に視線を向けた。僕の手なんて見てもしょうがないと思うけど。


「アンタの手は結構大きいよね」


 言葉を並べながら鬼塚さんは山札を置き僕の手首を掴んで上へ上げた。

 そして手首から手は離れ、まずは掌底を合わせながら僕の手にもう片方の手を合わせていく。柔らかで少し冷たい感覚が下から込み上げてくるように僕の手へ広がっていった。僕の方からは隠れてるけど確かにそこには手があることを感じる。

 こんなことで、僕自身そう思ったがそんな思考なんてお構いなしに胸の中では心臓が狼狽えていた。触れ合った手からそれが伝わらないか心配になる程に。


「あっ、でも思ったよりは変わんないんだ」


 だけどそんな僕を他所に彼女は背を比べる手を見てた。


「少しだけそっちがおっきいね」

「そう――なんだ」


 こっちからはよく見えなかったし、何より今の僕にとっては大したことじゃなかったからとりあえずでした返事はどこか適当。

 このまま手をずらして鬼塚さんの手を握り締めたら彼女はどう思うだろうか? 触れ合う手を見ながらそんな事が頭を過る。別にそれを口にした訳じゃないが僕は反応を見るように彼女の顔へ視線を向けた。

 するといつからそうだったのか見つめ合うように彼女の双眸と目が合った。

 特に何かを言う訳でもなく互いの目を見たまま片手を合わせてる。止まったような――まるでこの世界が僕らの為だけに回っているよなそんな時間の中で不思議とさっきまで高鳴っていた胸は静まりただ鬼塚さんに集中していた。彼女だけにピントが合い他は無くなってしまったかのように僕には鬼塚さんしか見えてなかった。それは彼女に対する純粋な感情だけに包み込まれたような、とても不思議な感覚。

 だけどそれは一瞬のスローモーションのようにあまり長くは続かず鬼塚さんの手は呆気なく離れていった。

 その直後、隙を突くように彼女は掛け声を口にしてスピードを再開した。僕が動くよりも先に流れるような手さばきで残りのカードを台札に置いていく。


「はい!あがり-!」


 気が付けば彼女はもう手札を使い切っていた。

 だけどあの不思議な感覚の余韻が残る今の僕にとって勝敗などどうでも良かった。


「あぁー、疲れた。アタシ的には勝って気分が良いこのタイミングで終わりたいんだけど、嫌ならラスト1回やってもいいよ」

「いや、大丈夫。――総合的には僕が勝ってるし」


 何とか取り繕うように返すと鬼塚さんは顔を顰めた。


「まぁ、終わりよければ全て良しってね」


 そう言って1人納得すると彼女はトランプをひとまとめにしケースに戻した。

 それからは振出しに戻るように並んでデスクから足を放り出し、他愛ない会話をしていた。彷徨するように変わっていく話題は気が付けば彼女自身である吸血鬼について。

 僕自身、吸血鬼である彼女から吸血鬼について訊きたいことはあったけどそれを訊いていいのかという疑問があったから躊躇してた。だけど、それに関しては別に大丈夫そうだったから話題は吸血鬼へ。


「でも吸血鬼って血を吸わないといけないんでしょ? それはどうしてるの? 自分のでもいいの?」


 僕は隣で寝転がる鬼塚さんについ質問攻めをしてしまった。でも彼女は文句ひとつ言わずに天井を眺めながら答えてくれた。


「さすがに自分はダメだけど...あと血の繋がりある人も。何でかは分かんないけど効果が無いとか。で、まずそもそも吸血鬼が血を飲む頻度って結構少ないんだよね。だから毎日飲む必要はないってのと。それと授業とかでも教えてくれなかったけど、実は吸血鬼って人間でいう16~18までは血を飲まなくてもいんだよ。吸血鬼は大体、それぐらいの歳に初めて血を飲むと同時に成人になる――まぁこれはアタシも本を読んで得た知識だけど」

「ということは鬼塚さんってまだ血を飲んだことないの?」

「ない」

「ちなみに血っていうのは自分と血縁者以外なら吸血鬼でもいいの?」

「それはいいらしいよ。味は人間のと比べると落ちるらしいけど」

「動物でも?」

「やっぱり人間よりは劣るらしいけどね」


 ということは吸血鬼にとって人間は一番美味しいんだ。

 彼女の話を聞く限り吸血鬼と血が切っても切れない関係性だというのは知ってたけど思ってたより深いのかもしれない。それっぽく言うのなら深いというより濃いか。


「ちょっと戻るけどさ。16~18歳ぐらいまで血を飲まなくていいって言ってたけどもしそれ以上も飲まなかったどうなるの?」

「まぁ、死ぬね」


 僕は強制的に顔を動かされたように勢いよく鬼塚さんへ顔を向けた。


「細かい理由は知らないけど生まれてからは体内に貯えられた分が消費されていって、それが無くなりかけるのが最初の吸血衝動の時期らしいくて。だから飲まなかったらそのまま体内の血から得られるものが尽きて死ぬ。人間が何も食べないのと似てるんじゃない? 知らないけど」


 その説明を聞きながら僕は先程の会話を思い出していた。自分のも血縁者のもダメ、人間を襲う訳にもいかない現代の吸血鬼。


「それってさ。今の吸血鬼はどうしてるの?」

「さぁ? 吸血鬼同士で分け合ってんじゃない? それかそこら辺の動物のをとか。アタシはごめんだけど」

「じゃあ鬼塚さんは?」


 僕の質問に鬼塚さんの天井を見ていた顔がこっちを向いた。別に何かしらの感情がある訳でもなさそうな無表情が僕を見る。思考を隠すような無に遮断され何を考えてるかこれから何を言おうとしているのか、全く見当もつかずどこか不気味さが漂っていた(これを意図的にしているのなら彼女は女優になるべきだ)。


「――アンタのを飲もうかな」

「えっ?」


 ぼそりと呟くような声だったがそれはハッキリと聞こえた。聞こえた上で僕は漏らすような声で訊き返した。

 だけど鬼塚さんは二度は言わず僕から視線は外さず起き上がる。

 そして手を着けて体を前のめりにし僕へ顔を近づけた。普段なら決して近づくことない距離で彼女と目が合う。微かに呼吸を感じる距離。慌てだす心臓(それが好きな人が近づいて来たことによるものなのか突然のよく分からない出来事に対する不安のようなものなのかは僕にも分からないけど)。


「アンタなら今ここで押さえつけて無理矢理にでも飲めそうだし」


 言葉の後、鬼塚さんは視線を少し下げて僕の首筋を見つめ舌舐めずりをした。艶やかな唇が今は不気味に煌めく。

 嘘と本気の境界で蝋燭の燈のように揺れる彼女に僕は言葉を失った。鬼塚さんがそんな事をするはずがないという思いとまだよく知らない未知とも言うべき吸血鬼。その2つに惑わされただ彼女から視線を逸らせぬまま固まっていた。心なしか彼女の目つきは先程よりも真剣味を帯び獲物を狩るようなモノへと変わっている気がする。本当に噛みついてきそうな、そんな本気さをオーラのように纏っているようにも感じた。これが本当に彼女から感じているモノなのか僕の中にある単なる恐怖がそう感じさせているだけなのかは分からないが。

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