10

「吸血鬼ねー」


 復唱するように言葉を口にすると食べている手を止め割と真剣に考え始めた。

 そう言えば母さんって子どもの頃から僕の何気ない疑問とか質問とかに対してちゃんと考えてくれてたっけ。あの頃は何も思わなかったけど今改めて考えてみれば尊敬できるとこの1つというか、僕が親になる日が来たら真似しようと思ってるとこなんだよね。


「そうねー。確かに歴史を見れば良い印象を持ちにくいっていうのも分かるけど......」


 そこで言葉が少し止まった。


「けど?」

「だけどね。人だって一言で人間って言っても色々でしょ? 誰に対しても態度が悪い人もいれば優しい人だっている。相手によって変える人もね。人を殺す人もいれば生かす人もいる。相手を想える人もいれば自分の事だけしか考えられない人もいる。吸血鬼もそれと同じで、種族で一括りにして考えるのはどうかと思うわね。それに戦争を起こしたのは昔の――今生きてる人達の祖先であって彼らや彼女らが同じことを思ってるかは分からないでしょ。だからもっとこう......。人間どうこう吸血鬼どうこうじゃなくて1人の個人としてみんなが自分以外と接することができたらもっと共存し易くなると思うわよ」

「なるほど」


 思ってた以上の答えが返ってきたことにちょっと驚いたけど、少なくとも母さんが吸血鬼を嫌ってなくて良かった。


「まぁ、実際はそう上手くいかないだろうしもっと色々と複雑なんだろうけどね。でも、あんたが大人になる頃には少しぐらい良い方向に進んでるといいわね」

「うん。そうだね」


                * * * * *


 翌日。日曜日。昼過ぎ。

 僕はバックを提げたまま家を出る前に冷蔵庫の前で麦茶を飲んでいた。


「出掛けるの?」


 1口2口と飲んだところで後ろから掛けられた母さんの声に振り返った。


「うん。出掛けてくる」


 すると母さんは突然、僕の方へ手を伸ばしてきた。手はそのまま真っすぐ耳に向かった。


「色気付いちゃって。昨日の子と遊びに行くの?」

「いや、そういうんじゃ...」


 口ごもり言葉は途切れた。


「それにしてもいつの間に穴なんて開けたのよ?」

「開けてないよ」

「あぁ、そっちなのね」


 母さんは納得したように1人頷いた。


「とにかく僕はもう行くから」


 僕はコップの残りを一気に飲み干し流し台に置くと玄関へと歩き出した。


「気を付けるのよー」


 キッチンから聞こえてきた声に返事をし家を出る。

 今日は本当に鬼塚さんと約束がある訳じゃない。ただ幽霊ビルに行くだけだ。あそこなら会えるかもしれないという期待を込めて。


 そして幽霊ビル2階。

 もう何度か来て慣れたのかはたまた昼過ぎという明るい時間帯だからか(恐らく後者だろう)今日の幽霊ビルはさほど怖くは無かった。

 そんな余裕綽々とした僕は階段を上がりすっかり見慣れた通路を通って209へ。

 入り口から顔を出すように中を覗くと定位置とも言うべきデスク上に鬼塚さんの姿があった。本当にいた、そう心の中で思いながら中へ入る。

 デスクに寝転がる彼女の耳にはイヤホンが伸びていたから近づくまで気が付かないかなと思ってた。だけど意外にも少し離れた距離の所で顔がこっちを向く。何故か僕は目が合うとだるまさんでもしているように足を止めた。


「――アンタか」


 鬼塚さんは無感情で言葉を口にすると顔を天井に戻した。

『こんには』 『やぁ、偶然だね』 何か言おうと思ったがしっくりくる言葉は見つからない。結局、黙ったままデスクまで足を進めた。僕がデスクに腰を下ろす際に気を使ってくれたのか鬼塚さんは起き上がり胡坐をかいた。

 流れる衣擦れでさえ主音になれる静けさ。まるでそれが決まりであるかのように毎日僕らの間に訪れる沈黙。それを今日はどう追い払おうか思考を巡らせた。特に今日は約束も無しに僕が勝手に来たのだから。


「それ――」


 だけど沈黙を破ったのは鬼塚さんの声。その声に彼女の方を見遣ると指は僕の顔を指していた。


「昨日のイヤリング付けてるんだ」

「あぁ、うん。折角だからね。どうかな?」


 僕がイヤリングの付いている左耳を見せると鬼塚さんは覗き込むように顔を傾けた。


「――思った通り良い感じだと思うけど」

「なら良かった。こういうの慣れてないから違和感感じちゃってて」


 不慣れさに導かれた手は僕の意志とは関係なく気が付けば左耳に伸びイヤリングを弄っていた。


「まぁ慣れなきゃ外してもいいし、付けたい時に付ければいいんじゃない。自分で楽しむものだから自分の好きなようにすればいいと思うけどね」


 別に鬼塚さんを深く知っている訳じゃないけど、そこからはどこか彼女らしさを感じた。周りの目を気にせず自分の決めた道を進む――そんな強さを彼女は持っているのかもしれない。

 そんな尊敬の混じった視線で彼女の横顔を見ていると耳に羽を広げた蝙蝠が1匹いることに気が付いた。


「鬼塚さんのそれって昨日のだよね?」

「そう」


 返事を返しながら羽ばたかせるように耳を2~3度叩く。

 そう言えば今日は全体的に黒っぽい格好をしているような。――にしても今日も可愛い。


「何? とうとうピアスだけじゃなくてファッションもチェックするようになったの?」

「えっ? いや、そう言う訳じゃないけど...。あっ、そうだ。良かったらこれやらない?」


 僕は若干の焦りが塗られた声で話題を逸らそうとバッグを探った。


「あった」


 そう言って取り出し見せたのはトランプ(プラスチック製だ)。


「――いいけど、アンタってトランプ持ち歩いてんの? それともわざわざ持ってきたってこと?」

「正解はどっちも違くて、ただ中に入れっぱなしだっただけ」


 もう前に何で入れたかも覚えてない(なのに入ってるのを知ってるのはここへ来る前に買った飲み物を中に入れる時にたまたま発見したから)。

 僕はトランプをケースから出すと鬼塚さんとの間に少し間を空けて向き合った。そして何をするか分からなかったが癖のようにシャッフルをし始める。


「何する?」

「なんでも」


 僕は頭にある数少ないトランプゲームの中から鬼塚さんと2人で出来そうなものを探した。


「じゃああれやろうよ」


 そう言って始めたのは大富豪。でも大富豪は2人では出来ない(出来ない事も無いけど相手の持ち札は分かるから別のゲームが始まりそうだ)。だから僕は3人分配って1つは使わずにゲームを開始した。

 最初は2人だからどうだろうとは思ってたけど、これが案外楽しい。


「パス」

「はい。上がりー!」

「えぇ! また? というか手札強すぎ」

「別にアタシが配ってるわけじゃないし」

「確かに......」

「もっかいやってもいいけど?」

「やる」


 やっぱり大富豪というのは間違いないゲームらしい。

 それからも神経衰弱や29K(一休さんの2・9・13ver)やドボンなど色々なゲームを楽しんだ。勝敗は正確に記録してた訳じゃないから分からないけど勝ったり負けたり。

 それとただ楽しいだけじゃなくて色んなゲームをいして1つ鬼塚さんのことで分かったことがある。

 それは彼女が結構、負けず嫌いだってこと。


「6,5!はい、終わりー」

「――もっかい」

「いいよ。僕スピードは得意なんだよね」

「反射はアタシの方が絶対速いんだし――運勝負に負けただけだから」

「運も実力の内ってね」

「・・・」


 負ければ悔しそうに眉間へ皺を寄せ口数が減り、勝てば表情は明るくなって負けた時よりは言葉数が多くなる。

 少し不機嫌そうな表情をしてても鬼塚さんは素敵で僕の胸をざわつかせるけど、やっぱり勝って喜色満面な彼女の方が愛らしい。それにより一層胸が締め付けられる。だからそんな彼女見たさに何度かわざと負けたのは秘密にしておこう(自分の為とは言えわざと負けたと知ったら怒られそうだから)。

 トランプを始めて色々なゲームをやったけど特にスピードは一番盛り上がった。というか僕の方が多く勝ってたから鬼塚さんが勝とうとして自然と回数が重なっていった。後半はほとんどスピードをしてたと言っても過言ではないほどに。

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