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それから映画館を後にした僕らは近くのショッピングセンターへ向かった。特にやる事があった訳ではないから鬼塚さんが好きだという(それなりにとは言ってたっけ)アクセサリーとかを見ていた。
「前から思ってたんだけどこういうのって重くないの?」
疑問と共に僕が手に取ったのは大きいサイズのピアス。
「さぁ? アタシ小さいやつしか付けたことないから」
確かに小さいのしか見た事ない。こういうのはたまに小鳥遊さんがしてるのを見るかな。
「ねぇ、これどう?」
その声のする方を見遣ると小さな蝙蝠のピアスを耳の前に持ってきていた彼女の姿があった。
「うん。似合ってる」
「じゃあ、これは?」
蝙蝠と入れ替わったのは十字架のピアス。たまに創作物で吸血鬼は十字架が苦手って設定があるけどあれはどこから思い付いたんだろう? まぁでもそれはどうでもいいか。
僕は彼女の姿をもう一度見る。でも何度見ても...。
「似合ってる」
「本当にそう思ってる?」
両方ともそう答えたからか適当に言ってるんじゃないかって疑われたのかも(表情からして冗談で言ってるとは思うけど、多分)。
「思ってるよ。さすがに似合ってなかったらハッキリとは言わなくても嘘はつかないよ」
「だよね。ありがとう。――アンタって嘘下手そうだしね」
残念だけど僕はもう嘘をついてしまったんだ。君は気づいてないかもしれないけど。
「それは分からないよ。もしかしたらこれまでの会話で沢山嘘をついてたかもしれないし」
「だとしたらもうアンタの事は何も信じない」
「いや、まぁ。沢山はないから大丈夫だよ」
「ということは嘘はついたことあるんだ」
ふーん、という彼女の表情が僕を見た。きっと浮気とかで追い詰められてる人ってこういう気持ちなんだろう。まぁ僕は浮気なんてしない自信があるから本物を味わうことはないだろうけど。
「――あるかもしれないし、ないかもしれないし...。どっちだろう」
「まぁ別にいいけど。嘘なんて誰でもつくでしょ」
「ということは鬼塚さんも?」
「さぁ?」
そう言いながら鬼塚さんは意味ありげな表情をし肩をすくめた。もしかしてこれまでの僕との会話の中に嘘があるってこと? それともこれまでの人生の中でって話?
考えても答えが出るはずのない事に首を傾げる僕とは違いもうそれは終わりと言うように並んだ商品に視線を落とした鬼塚さん。
「そう言えばアンタってアクセサリーとかしてないよね」
そんな彼女から別の話題が渡された。
「そういうのは付けたことないかな。興味ないって訳じゃないけど、あんまり似合うって思えないから。それに耳も開いてないし」
「ふーん」
鬼塚さんは何とも興味なさげな返事をした。そっちから出してきた話題なんだからもう少し興味をもってくれてもいいんじゃ? そんなことを思っていると彼女は何かを手に取り僕の耳へ伸ばす。
「うーん。違うなぁ。こういう垂れてるやつじゃないいのか」
独り言のように呟くとそれを元の場所へ戻す。
「えっと。何してるの?」
「アンタに似合うやつ探してんの。――あっ、これとか良さそう」
手に取ったリングのピアスを僕の耳へ。
「あぁー、うん。悪くない。でもこっちに付けた方が良いっぽいかなぁ」
何をしているのかは分からないけど色々と試行錯誤をしてるらしい。でも彼女は僕の聞いてないのだろうか? いや、多分聞いてない。
「あの。鬼塚さん? 見ても分かるとは思うけど僕、耳開いてないんからピアスは付けられないよ?」
「それさっきも聞いた。それにこれ、ピアスじゃなくてイヤリングだから」
そう言うとこれ見よがしに僕の目の前に耳へやっていた商品をもってきた。だけど正直こういうのは馴染みが無さ過ぎてよく分からない。
「えーっと。つまり?」
「つまり、挟むタイプだから穴が開いてなくても大丈夫ってこと。まぁピアスは和製英語らしいけど――それはどうでもいいか。とりあえずこれは誰でも付けられるやつってこと。それともアタシが開けてあげよっか?」
「いやぁ。それはいいかな。痛そうだし」
「そう。でもとにかくアンタにはこういうシンプルなのが似合うと思うよ」
鬼塚さんはそう言いながら持っていたイヤリングを軽く振って見せた。
それからも色んな物を見て回った僕らが店を出る時には、それぞれの手に1つずつ袋が提がっていた。本当は買うつもりは無かったのだけど鬼塚さんに似合うと言われつい。今の僕は怪しい石だろうが変な壺だろうが相手が彼女なら買ってしまいそうだ。
その後は本屋とか靴屋とか色んなお店を回り十分すぎる程に楽しい時間を過ごした。
そしてショッピングモールを後にした僕らは足並みを揃え駅まで。鬼塚さんとはそこで別れ、僕はそのまま家へと帰った。
電車の中で今日の事を思い出すと全てが楽しくて、デートみたいでちょっと恥ずかしくて。でも鬼塚さんとはやっぱりまだ友達でガッカリしたり。だけど関係がどうであれ私服の彼女を見れて良かったし、何よりとても――可愛かった。僕は改めて自分が鬼塚さんのことを好きなんだと実感した。
* * * * *
「それで? 今日は誰と遊びに行ったの?
晩御飯を食べながら母さんは不意にそう訊いてきた。
「えっ? ――蒼空じゃないけど。まぁ、友達かな」
返事をしたのにそれ以上、何も返ってこないから母さんへ視線をやるとあまり良い予感はしないニヤついた表情でこっちを見ていた。
「彼女?」
「えっ! ち、違うよ」
我ながら動揺のどの字も隠せてない。こんなに違わない違うを言う人が果たしてこの世界に何人くらいいるんだろうか(実際、僕の場合は本当に違うわけだけど)。
「それじゃあ、好きな子ってことね」
「えっ? 何でそう...」
図星を突かれた僕は言葉を最後まで言い切れなかった。
「あんたもそういう歳になったのね。何か感慨深いものがあるわ」
「止めてよ。そういうんじゃないから」
「はいはい。そういうことにしといてあげる」
どうあら母さんは全部お見通しらしいけど思春期のしかも男子が母親とそういう類の話をしたいはずがない(母親どころか家族とそういう話は少なくとも僕はしたくない。今のところは)。
「あんたは父さんに似て顔に出やすいから簡単に分かっちゃうわね」
「え? 父さん?」
僕の頭には眼鏡を掛けた不愛想な父の顔が思い浮かぶ。とても顔に気持ちが出るタイプとは思えないけど。
「ああ見えて父さんは分かり易いのよ」
「それって母さんがスゴイだけじゃないの?」
「昔はもっと分かり易かったんだけど今は少し難しいかもね。母さんからしたら変わらないけど」
昔がどうだったかは分からないけど多分、母さんが凄いだけな気がする。
でもそう考えたら今後、母さんに対して嘘をつける気がしない。別に嘘をつく予定がある訳じゃないけど大小関わらず全て見透かされてそう。考えすぎだとしても僕は嘘をついたらその後、バレてるんじゃないかって気が気でいられなくなると思う。
「まぁ、どんな子を好きになってもいけど悪い女に引っかかるのは今だけにしなさいよ。大人になってからだと色々と厄介な事になるかもしれないし」
「それは大丈夫だよ」
鬼塚さんがそんな人だなんて想像すらでき――。悪い女性がどういう感じかはまだよく分からないけど、つい勝ち誇り声高らかに悪い笑いをする鬼塚さんを想像してしまった。というより出来てしまった。何かごめん。
でも鬼塚さんの事を思い浮かべていると1つ気になる事が頭に割り込んできた。
「母さんはさ。吸血鬼の事どう思ってるの?」
「何よ急に」
「いや、ただ最近授業でやったから」
大丈夫、嘘はついてない。そういう問題かは分からないけど。
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