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それからバーガーもポテトも食べ終えた僕らは映画館へと向かった。中に入り『なないろのカナリヤが鳴く頃に』と『玖月の宇宙飛行士は夢現』の上映時間を確認する。2人共どっちも見たかったから上映時間が近い方にしようということをバーガーを食べながら決めていた。
「あっ、両方とも次は同じ時間だ。どうする?」
僕は鬼塚さんの方を見て尋ねた。
「正直どっちでもいいけど――」
彼女もどうしたものかと顔を傾げる。
「じゃあ、じゃんけんしようよ。僕が勝ったら『玖月の宇宙飛行士は夢現』で鬼塚さんが勝ったら『なないろのカナリヤが鳴く頃に』にしようよ」
「分かった」
向かい合った僕らは僕の掛け声で思い思いの形にした手を出した。
「じゃあ、『なないろのカナリヤが鳴く頃に』にしようか。僕、チケット買ってくるよ」
「ならアタシは飲み物とか買ってくる。何がいい?」
「えーっと。アイスティーにしようかな。砂糖は無くて良いよ」
「他には?」
「映画と言ったらポップコーンだけどどうしよう...」
そこまでお腹が一杯という訳ではなかったがポップコーンを1つ食べるのはキツそうだと胃袋が言っていた。
「なら一緒にハーフ&ハーフ食べない?」
それは願ってもない名案。
「いいねそれ。うん。そうする」
「それじゃあ、砂糖無しアイスティーとハーフ&ハーフね」
確認を終えると僕らは背を向け反対側にある券売機と販売所へと向かった。
僕はチケットを買と邪魔にならない所で彼女を待とうと思っていたが以外にも僕らは同時に買い終えた。そのことに少し驚きつつも僕は彼女の持っていたトレイを受け取り一緒に中へと向かう。
その途中、通路にあったポスターを見ながら歩いていると知っている映画につい足が止まった。
「あっ。これ友達が言ってたけど楽しいらしいよ。確かスパイ映画とかって言ってた気がする」
指を指す僕の隣に鬼塚さんも並びそのポスターを眺めた。
「よく予告とか見るかも」
「僕も予告見た事あるけど結構派手だよね」
言葉の後、鬼塚さんは横のポスターへ目をやった。そして視線を向けたままポスターの前へ。僕はそんな彼女を不思議に思いながら見つめ隣まで足を進めた。ポスターを見つめる彼女の顔をみてからその視線を追うように僕もポスターを見る。『吸血鬼狩り』。それがその映画のタイトル。
僕はもう一度鬼塚さんに顔を向ける。特に表情に変化は無かったがどこか哀愁を帯びているように感じたのは単なる気のせいなのかもしれない。でもそう感じてしまった表情を見ていると何と声を掛けていいのか分からず上手く口を開けないでいた。そんな僕の目は更に横にある(今から見る映画の)ポスターを見つけた。それはさながら分厚い雨雲から差し込む一筋の光。僕はすぐにそのポスターに飛びついた。
「あっ、ほら! あれ」
露骨にアピールするように、わざと鬼塚さんの視界に入るように指差した。その思惑通り鬼塚さんの顔は僕の指差す方へ。
「なないろのカナリヤが鳴く頃に」
僕が誘導するように動き始めると彼女も歩き出しそのポスターの前に並んだ。
「この映画のポスター綺麗だよね」
「うん。確かグッズでこのポスター売ってたよね」
「あったね。買うの?」
「分かんないけどちょっと欲しいかな」
それからシアター内に入ると指定した座背に並んで腰かけポップコーンをつまみながら映画予告を見ていた。
「あっ、これって続編やってたんだ」
「アタシ1も見てないな」
「勿体ない。結構楽しいのに」
次から次へと流れる予告は知らないモノも知ってるモノもあってそれだけで楽しかった。というより予告を見ながら色々と話を出来たのが楽しかったのかも。
「これ楽しそう」
「確かにアクション映画もいいよね」
僕は口を動かしスクリーンに顔は向けたまま手をポップコーンへと伸ばした。だけど僕の手はポップコーンを求めて大きく開いた口へ侵入する直前で柔らかな感触とぶつかった。見ずともそれが何かは分かったが僕は反射的にスクリーンからそこへ目をやる。同時に手を引いた。
「ごめん」
謝りながらポップコーンの入り口にある彼女の手を見た後に顔へ視線を向けた。既にこっちを見ていた彼女と合う目。
「先にどうぞ」
まだ若干動揺が残りながらも僕が譲ると彼女は止めていた手を動かし始めた。
それから黙る僕に釣られてか鬼塚さんも何も話さぬまま上映が始まった。
『なないろのカナリヤが鳴く頃に』は感動するタイプの恋愛映画らしいけどそれ以上はどんな内容なのか知らない。でもその分楽しみだったから僕はすぐにのめり込んだ。ポップコーンも飲み物も忘れ集中してしまう程に。
だけどそれは映画が半分に差し掛かったというぐらい。先の展開が気になりながらすっかり映画を楽しんでいた僕の肩に重みがポンと乗った。鬼塚さんに肩でも叩かれたのかと思った僕は顔を横へ向ける。にしてはずっと重みが続いているが。
でもそれは勘違いで僕の肩には鬼塚さんの顔が
周りが映画に集中している中、僕は1人当惑しスクリーンすら見れずにいた。少しして何とか平静を取り戻しスクリーンに視線を戻してみても意識は未だ肩。目と耳は映画鑑賞していたが肝心の心は全然集中できていなかった。
結局、鬼塚さんはエンドロールまで起きず僕も見てはいたものの後半の内容は全くと言っていい程に頭に入ってない。
そしてスタッフロールが流れる中、まばらに立ち上がった人達は静かに退出していった。僕は彼女を起こした方がいいかなと思い手を伸ばす。だけど指先が肩に触れるより先に鬼塚さんはゆっくりと目を覚ました。
「あれ? 寝ちゃってた?」
目を擦りながらまだ眠そうなその表情はいつも学校の朝に見るものだった。
「もうエンドロールだけどそろそろ終わるかも」
「うわぁー。やっちゃったなぁ」
大きく欠伸をしながら残念そうに言うと彼女はスクリーンへ顔を向けた。
「この曲...いいね」
エンドロールと共に流れていたのはこの映画の主題歌。それは淡くも様々な感情で燃え上がる恋心のような曲だった。
「確かシングルでCDも出てたっけ」
残りは少なかったが僕と鬼塚さんは静かに心へ響く曲へ耳を傾けた。
そして曲の終りと共にエンドロールも終わると目を覚ますように明かりが僕らを照らす。暗闇に慣れた僕らの目に優しい光の中、鬼塚さんの方へ顔を向けた。
「折角観に来たのにごめん」
「ううん。全然大丈夫だよ」
上映中の薄暗い中、僕だけが見た彼女の寝顔を思い出すとむしろ得をしたのではないかとさえ思える。
「それでどうだった?」
「何が?」
「何って映画だけど」
「あぁ。――まぁ、結構楽しかったよ。うん」
さすがに肩に凭れる鬼塚さんが気になって映画に集中出来なかったとは言えない。
「ホントに?」
鬼塚さんはそんな僕を見透かすように疑うような視線を向けた。
「本当に」
周りの退出する音だけが聞こえる中、僕はちょっと前に見た映画の主人公が嘘をつく場面を―これは主人公がマフィアに潜入して警察かと疑われたことに対する返答だ―思い出しそれに似た緊張に包まれていた。
そして数秒の間の後、鬼塚さんが残念そうに視線を外して溜息をつくと僕の緊張の糸もプツリと切れた。
「いやぁー、アタシ何で寝ちゃったんだろう」
実際はどっちも映画は見れてない訳だけどそれは置いておいて今は出ないと。
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