7
いつもなら目覚ましすらセットしない土曜日。僕は折角セットしたのにも関わらず彼に頼ることなく目を覚ました。
まだ眠いものの瞼はそこまで重くない。だけどぼやけた視界で時計を確認してみるとセットした時間より15分前だった。2度寝するには短く、かといって今すぐ起きるかと訊かれればもう少しベッドに居たい。
僕は傍に置いてあったスマホとイヤホンを手に取ると両耳に付け音楽を流した。左右から流れ込むラブソング。
それを聴きながら色々な想いを抱えて毎日目にする白い天井を眺める。その時の気持ちに左右され見えるモノは違うが今の僕には何が見えるんだろうか。鬼塚さんんの顔かそれとも...。
音楽に紛れいつもの嫌な音が鳴り響く。眉間に皺を寄せながら僕はゆっくり瞼を上げた。イヤホンで音楽を聞いていても頭にまで響く目覚ましの音。少し乱暴に目覚ましを止めるとイヤホンを外した。
体を起こすがまだ眠ってたいと瞼は閉じていく。
「寝ちゃってたんだ」
視界は暗闇に包まれたまま呟いた僕は無理矢理目を開けてベッドを降りた。
* * * * *
今日もどこかを見据えている駅前の銅像。その足元で僕は人知れず緊張していた。さっきお茶を飲んだばかりなのに口はもう乾き手は少し震えてる。そんな僕を嘲笑っているのか励ましているのか心臓はいつも以上に強くそして速く脈打っていた。
「ごめん。待った?」
顔を俯かせていた僕の方へ足音が近づいて来たかと思うと立ち止まり、鬼塚さんの声が聞こえた。それが待ち合わせをするカップルのテンプレートのようなセリフに感じたのは彼女のことが好きで変に意識している所為なんだろうか。その答えが見つかるより前に顔を上げた僕だったが彼女の姿に喉まで来ていた言葉は奥底へと引き戻された。
キャップ帽にプルオーバーパーカーとブーツ。それは当然なんだけどいつもの制服とは違った格好。新鮮で相変わらず素敵で僕だけがこの一面を見たようで特別な気分だった。
それはまるでいつも学校で制服姿を見ているあの子の私服を――ってまさにその通りなのに僕は何を言ってるんだろう。
気が付けばさっきまでの緊張も他所へ追いやられ私服姿の彼女の虜と化していた。
「何? どうしたの?」
そんな僕の顔を訝しげに覗き込む鬼塚さんの声で僕は我に返った。
「あっ。いや。何でもない――です」
別に疚しいことはしてないけど思わず顔を逸らしてしまった。我ながらに言動と共に怪しさ満点。何らかの被疑者ならクロだと思われてしまう程に。
そして僕が招き入れた所為で間に割り込んできていた沈黙は気まずさの生まれそうな静けさの中、黙る2人の顔をを交互に見上げていた。僕はこの状況を創り出した責任を取り何か話し出さないといけない。そう思い彼女の方へ顔を戻した。
「えーっと。――確かお昼まだなんだよね?」
実は昨晩、鬼塚さんからLINEが来た。まず友達登録をしてくれた事に驚きと喜びを隠すことができなかったのだがそれは置いておいて。
その内容は、明日お昼を外で食べるのだが一緒にどうかというもの。当然んながら即答で是非一緒にの一択だった訳だが僕が悩んだのは返信スピード。送られてすぐに返信をするのは少しガッツキ過ぎかというか何だか嫌だったのだがあまり遅くなると彼女が寝てしまうかもしれない(送られてきたのが少し遅い時間帯だったから)。そんな心理戦のようなことを1人でしていた(ちなみに返信は15分後にした)。
という訳で今日は映画の前にお昼を食べることになっている。
「そう。何か食べたいのある?」
「んー。特にはない――かなぁ。元々は何を食べようと思ってたの?」
「決めてないけど、多分ハンバーガーとか食べてたかも」
「いいじゃん。それにしようよ」
お昼が決まった僕らは早速歩き始め近くのハンバーガー店に向かった。
お昼より少し過ぎた時間帯だからか店内の人は少ない。でもそのおかげですんなりと注文を済ませることができ先に出てきた飲み物とポテトの乗ったトレイをもって適当な席に座った。向かい合って座りポテトを1本1本と口へ運んでいく。僕は彼女のその姿を眺めながら同じようにポテトを食べていた。
そして改めて私服姿の彼女を見ていると服装以外にも変わっている所に気が付いた。いつもと違ったピアスに彩られた耳、手首には何もないけど首にはチョーカーをしている。
僕はお洒落とかよく分からないけど―女性となれば尚更だ―鬼塚さんは結構そういうの好きなのかもしれない。勝手なイメージだとそういうのは結構適当って感じだと思ってたけど、実際はそうじゃないのかも。にしても勝手すぎるイメージだ。
「何? さっきから」
ストローを口元まで持ってきていた鬼塚さんは自分へ向けられていた僕の視線と目を合わせ一言。その後、飲み物をひと口。
「おまたせしましたぁ」
僕が口を開き返事を返そうとした丁度その時。まるでピンポイントで狙っていたかのようなタイミングで店員さんがバーガーを運んできた。おかげで開いた口から出てきたのは店員さんへのお礼の言葉。
僕は目の前に運ばれてきたバーガーを包みから解放しながら先ほど言葉にしようとしたことを声に出した。
「鬼塚さんってアクセサリーとか好きなの?」
「まぁそれなりにはって感じ」
「そうだったんだ。でもいつものピアスも良いけどそれも似合うと思うよ。僕はあんまりアクセサリーとか詳しくないからあれだけど」
やっぱり言葉にして伝えるのは少し恥ずかしいけどちゃんと思っていたことを言えたことに満足感を感じた。
だけど鬼塚さんは僕を見たまま何も言わず口をもぐもぐと動かしてるだけ。僕はハッとした。
「いや違うよ。そんな普段から鬼塚さんを見てるとかじゃなくて友達が新しいのとかよく自慢してくるからそれで、いつの間にか自然と目がいくようになっただけで。ほら同じクラスの
分かってもらえただろうか? とにかく自分を観察してる変な奴という汚名だけは避けたい。そりゃたまに鬼塚さんを見ることはあるけどそれは好きだからで、それに本当にそんなずっと見てる訳じゃない訳で。
何故か僕は、いつの間にか自分に対して必死になって言い訳をしていた。
「別にアタシ何にも言ってないんだけど?」
動かしていた口が止まり飲み物を飲んだ鬼塚さんは少し笑いながら一言。
「もしかしてただ食べてたから黙ってただけ?」
「そう」
「だとしても待ってってジェスチャーぐらいしてくれても......」
「しようとしたら急に話し出したから何かと思って聞いてただけ」
僕があと少し我慢出来てればあんなことを言わなくても良かったのか。後悔の念に駆られ思わず溜息をつきそうになった。
「でもよく見てるな、とは思ったけどそういうことだったんだ。――なるほど。結局はアタシが特別だったんじゃなくて大勢の中の1人って訳ね。ふーん」
多分言いながら思いついたんだろう。少し空いた間の後、露骨で大袈裟にそんな言葉を口にした。それに加え目を細めどこかガッカリしたと言いたげな表情まで浮かべていたのだからもしかしたら彼女には演技の才能があるのかもしれない。
でも僕がそんなことを言う彼女に対して最初に思ったのは、意地悪だということ。多分鬼塚さんは僕が好きだと言うことを知ってるからそんなことを言ったんだと思う。しかも困らせるようにわざとらしく。
「いや、それは違わないけど違うというか。確かに色んな人のピアスとかを見ちゃうけど、やっぱり鬼塚さんはちょっと違うとうか」
「へぇ。どういう風に?」
ここまできて確定したことがあった。彼女は完全に面白がってる。
「他の人はただ見るだけだけど鬼塚さんのは似合ってるなぁとか...思うかなぁ」
さっきも似たようなことは言ったが改めてこんなことを言うのはどこか
「ちなみにどっちの方が似合うと思う? いつものと今日の」
そんな質問をしながら片耳を少し前に出し軽く指で弾く。僕はその姿を垣間見るように横目で――視界の端で見た。
どっちの服が似合う? 耳に付いたピアスを見ながらそんな質問をされてるようで戸惑いながらもどこか嬉しく感じていた。でも残念ながらこの代表的な質問に対しての最善回答は予習してない。聞くところによるとどちらを選んでも逆をいかれるとか。もしそうなら完全なる罠かもしくは相手の選んだもは嫌と言われているようなもんだ。
「んー。――今日の方が、似合う......と思うかなぁ」
一か八か。という訳ではなく正直に似合うと思う方を言ってみた。どっちか分からないのなら正直に言っても変わらないと思ったから。あとは願うだけだ。何を願うかは分からないけど。
「なるほどねぇ」
鬼塚さんは呟くように言いながら何度か頷く。一体どっちなんだ? 結局、その言葉を最後に鬼塚さんはバーガーで口を塞いだ。
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