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「――すごい自信だなとは思うけど。別にそれが何? とも思うかな。実際、そんな場面に出会すとか稀だしさ、もしそうなっても別に逃げたらよくない? って思うから別にどうでもいいかな」
「ふーん。そうなんだ」
僕は心の中でガッツポーズをした(もしかしたら無意識に行動でも小さくしてたかもしれないが)。でも同時にその感情を表に出さないようにし過ぎてスカしたような反応になってしまったのは自分でもダサく思えた。そもそももう告白をしてしまっているのだからそんな素っ気ない返事をして隠そうとしなくてもよかったのかも。なんて思ったところでもう全て過ぎ去りどうしようも無いんだけど。
「まぁでもこういうのって鬼塚さんがその人達より強い弱いってことじゃなくて単純に心配になっちゃうよね、やっぱり。大きなお世話かもしれないけど。でもこれはそれだけ僕が鬼塚さんのことをす――」
自分が何を言おうとしてるのか、冷静な自分が気付いてしまい思わず言葉を止めた。そしてまだ言葉にはしていないが脳内の台本を読んだ僕は1人で顔を赤らめる。だけどこのまま中途半端に話を止めたら変に思われると思い無理矢理続きを口にした。
「大切に想ってると思って...聞き流してほしいかな」
1人焦りながらも僕は耳に入って来た自分の言葉にどこか2度目の告白をしている気分になり段々と声を小さく、顔を俯かせてしまった。
でもそんな恥ずかしさの中、彼女は一体どんな反応をしているのかが気になってしまいなるべく目が合わぬよう横目で隣を確認してみる。
僕はてっきりまた意地悪な笑みでも浮かべこちらを見ているかと思ってたけど、意外にも彼女は真っすぐ前を見ていた。立てた片膝の上の重ねた両腕に顔半分を埋めていたのでちゃんとは見えなかったがどこか照れているような表情を―少なくとも僕はそう感じた―していた。
「まぁ――ありがと」
少し籠った(多分口元が両腕に埋まってるせいだろう)小さく照れくさそうな声。それが溶けるように消えていくとまるで意識し合ってる2人の目が偶然合い慌てて逸らした後のような気まずさを帯びた静けさが僕らを包み込んだ。
それは決して居心地の悪い沈黙ではなかったけど僕は頭の中で何か話題を探していた。居心地は悪くないがやはりもぞもぞと落ち着かない。
「でも」
僕がまだ話題を探していると彼女がまだ先ほどを引きずるように小さな声で何かを言い始めた。聞き逃さぬよう僕は一旦、考えるのを止め耳を傾ける。
「実際そんな奴らに絡まれたら喧嘩とかしないから。無視か逃げるか、かな」
確かに鬼塚さんが喧嘩している姿は疎か怒っている姿すら見た事ない。だけど―これは非常に失礼なことだが―そういう姿は想像に難くないかも。
「もしアタシが人間なら多分、遠慮なくそういう奴は殴ってたと思うけど」
やっぱり。これまた失礼ながらそう思ってしまった。
「吸血鬼だからそうもいかないよね。知ってた? アタシぐらいでも、もし全力で人を殴っちゃったら骨折とかはするだろうし最悪の場合は死んじゃうかもしれないって」
僕はたまに見る吸血鬼が暴れたというニュースを思い出していた。そこにはほとんどの場合、怪我人や死者の文字がある。
「そしてそんなことをしたら――それはアンタも知ってるでしょ」
「そういう施設や刑務所に送られるか――死刑って場合も見た事ある」
「そう言う事。それに吸血鬼って怒りとかで頭に血が上っちゃうと力加減が出来なくなっちゃうんだよね。訓練? みたいなのをしたら話は別だけど。とにかくだから喧嘩とかはまずいってわけ」
ここで冗談のひとつでも言って和やかな雰囲気にしようかと思ったけどそれは止めた。
その間に鬼塚さんの顔がこちらを向く。今度は両腕の上で顔を横にして。
「だから、別にそんな心配しなくても大丈夫ってことは改めて言っとくよ」
「......うん」
吸血鬼は犯罪などを犯してなければ基本的にそういう施設へ送られるらしい。別に刑務所って訳じゃないからそれなりの生活は出来るらしいけど外に比べたら自由は少ないはず。だからほとんどの吸血鬼は人に紛れる。
もしそんなとこに鬼塚さんが行ってしまったらもう会えないかもしれない。それは
嫌だな。
そんなことを考えている内に僕らはまた、何度目か分からない沈黙に包まれていた。鬼塚さんの顔も戻り、頭には誰かに盗まれてるようにまるで話題が思い浮かばない。こういう時、自分のコミュ力の無さを痛感する。しかも場所も場所なだけに周りからの音もない。あまりの音の無さに自分の耳がおかしくなったのではとさえ思えてくる。だけど時折、僕や彼女の微かに動く音が正常だということを教えてくれた。
でも依然と会話という音が無いのは事実。楽しんでいるとこ悪いが沈黙にはそろそろ退出願いたい。だけど問題は何を話すか。
「明日遊びに行こう。いや、さすがにそれは急す――」
考えることに集中し過ぎたせいで思わず思考が口から零れ落ちてしまった。そのことに気が付いた時には既に遅し、一番重要な部分は口から飛び出し彼女の耳へと旅立っていた。
そして手汗や冷や汗をかいているのを感じながら―多分、口は半開きになってたはず―顔を恐々と隣へ向ける。実は思考を声に出していたことが自分の勘違いで鬼塚さんは相変わらず前を見ていた――なんてことだったら良かったけど僕の双眸は彼女の綺麗な瞳と真っすぐ向かい合った。
これは僕だけが感じた事だろうけどその瞬間、時が止まったような気がした。だけど今朝とは違い嫌な恥ずかしさがそこにはありまともに目を見てられない。
「えっーと。今のってデートに誘ってるの? それとも聞かなったことにした方がいい?」
ただ明日は休みだし一緒に遊べたらと思っただけだけどよく考えればそう解釈されても仕方ないのかもしれない。でも言ってしまったのはもうどうにもできないし勇気を振り絞る手間が省けたと思えばいいのかも。
「その。デートとかじゃなくてただ遊びに行けたらなって思って。ほら、互いを知るにもいいと思うし......」
正直に言ったはずだけどそういうていでデートに誘ってるみたいで何だが卑怯な気がしてならない。
「いや、ごめん。やっぱり忘れて」
「いいよ」
「......えっ?」
まず真っ先に疑ったったのは自分の耳。出来る事なら行きたいという強い気持ちが存在しない言葉を聞いたんじゃないかって半分くらい疑っていた。
だけど、どうやら確かにその言葉は存在したらしい。
「予定も無いし別にいいよ」
「......本当に?」
「うん」
僕は思いっきりガッツポーズをするかすぐにでもデスクを降り動き回りたいぐらい
「それじゃあ――どこか行きたいところとかある?」
んー、と唸るような声を出しながら考える鬼塚さん。その間、僕もどこがいいかを考えた。
「別にないかも」
「まぁそうだよね」
何となくそんな気はしてた。けど急に言われて思いつかないのは分かるしやっぱりここは僕が提案しないと。とは言っても僕もそんなパッとは思い浮かばない。
「そうだなぁ」
定番的な遊びスポットが―と言っても僕は普段から遊び歩くタイプじゃないんだけど―思い浮かんだけど鬼塚さんはどこがいいのかはよく分からなかった。
「映画とか......どう?」
「アタシは別にいいよ」
「ちなみに観たいのって」
これには特にないって答えが返ってくるかと思ってた。
「強いて言うなら、『なないろのカナリヤが鳴く頃に』か『玖月の宇宙飛行士は夢現』かな」
それらは別に話題作という訳ではなかったけど僕も機会があれば見てみたいかもと思ってた作品だった。どんな物語かは正直覚えてないけど。
「僕も見てみたいなとは思ってたやつだから丁度いいかも。時間は...昼過ぎとかがいいよね?」
「それぐらいがいいかも」
正確な待ち合わせ場所と時間を決めるにつれ実感が徐々に形を成していくのを感じた。
「どっちにするかは明日決めるとして――他に何かある?」
鬼塚さんは軽く首を振ってみせた。僕ももう一度、何か決め忘れたことが無いか考えてみるが特にはなさそう。
そして僕らが明日の予定を決め終える頃にはもう月が太陽と挨拶を交わしていた。すっかりと暗くなった部屋を――幽霊ビルを出ると少しだけ一緒に歩きいつもの場所で彼女とはお別れ。
「それじゃあ、また明日」
「うん。また」
言葉の後にまだ流れる少しぎこちない雰囲気のまま鬼塚さんは振り返って歩き出し、僕はその後ろ姿をちょっとだけ見送ってから駅へ歩き出した。
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