5

 最初と違って特に目的無く歩いていた僕らは途中、自販機に寄ってからあの幽霊ビルへ。昨日よりも少しばかり明るい中、建物内に入るとそのまま真っすぐ階段を上がった。


「昨日もここに場所を変えたけど好きなの?」


 階段を上がりながら思い浮かんだ質問を投げかけると、1段先を上る鬼塚さんは振り返らずに答えを返してくれた。


「特別好きってわけじゃないけど、静かだしよく来るかな」

「確かに静かといえばそうだけど......」


 僕も静かな場所は好きだ。だけどここは明るいうちならまだしも暗闇の中じゃ近づきたいとさえ思わない。人が――鬼塚さんがいるから少し暗くなっても一応は平気だけどそれでも後ろから急に肩を叩かれたりしそうで気が気じゃない。

 実はここを訪れたのは昨日が初めてだった訳だけど、正直に言って幽霊ビルと一番最初に呼んだ人はあながち間違いではないのかも。幸いにも僕には霊感は無いから―少なくとも今まで見たことはない―霊の類がこの場所にいるかどうかは分からないけどその雰囲気は十二分にある。


「ないとは思うんだけどそういうのを見た事って?」


 まさかとは思っていたがもしかしたらという気持ちの所為で恐々とした声になってしまった。カッコ悪いと思われてたら嫌だけど、もう取り消すことが出来ないから――もしそう思われてたらタイムマシーンでも作ろう。

 僕が若干ながら後悔と顔を合わせている間、記憶を遡っていたのか少し黙っていた彼女が返事を口にした。


「多分、ないかな。それか気づいてないだけかも」


 すると鬼塚さんは足を止め軽く振り返り無言のまま僕の後ろを指差した。


「もしかしたら今もそこにいたりして」


 それが冗談だと頭では分かっていたが僕はそうプログラムされているように振り返らずにはいられなかった。でも当然ながらそこは誰も居ない階段中腹。

 僕は分かりきっていた当然の結果を確認すると振り返った時の半分程の速度で顔を戻した。思い通りなって彼女はさぞご満悦なんだろう。もしかしたらそんな考えが頭を重くさせていたのかもしれない。

 でもどれだけ遅かろうが進んでいればいずれ辿り着く。僕の顔も例外ではなくちゃんと正面を向き直し彼女の勝ち誇ったような微笑みを拝んだ。


「冗談だって」


 その一言を階段に響かせ鬼塚さんは残りを上り始めた。

 分かってたからこそ自分の臆病な部分に負けた気がしてあまりいい気分とは言えなかったけど、あんな表情を見せられたら――。


「そこまで悪いって訳じゃないかも」


 遅れて僕も階段を上ると廊下を進んで209に入り正面奥のデスクに並んで腰を下ろした。


「別に大したことじゃないんだけどさ。何で2階なの? どうせなら3階まで行った方が景色とか――」


 僕はそう言いながら外へ目を向けたがそこにはすくすくと育った木々しかなく、言われるまでもなく理由を見失った(しかも高さ的に上へ行ってもそれは変わらないだろう)。


「そう。別に景色が変わるわけじゃないし、あとはシンプルにめんどくさいからかな。1階はなんか嫌だけど3階はまで上るのはめんどくさい」

「ならあの階段から一番近い部屋の方がよくない? 番号は覚えてないけど」

「中見てみたら分かるけど天井が崩れて瓦礫だらけだから。あそこは。あとは何も無かったりとか。とにかくここが一番いい感じだったってわけ」

「なるほど。でも鬼塚さんってイメージ通りって言ったら失礼かもしれないけどやっぱり結構めんどくさがりなんだ」

「誰だってめんどくしことは嫌でしょ」

「そうだけどさ。そのラインが低いというか。でもこだわり的なのはあって。何て言うんだろう――やれば出来るタイプ?」


 自分で言って自分で首を傾げてしまった。


「例えば勉強とかもさ――いやなんか先生みたいなこと言いそうだしこれは止めとこ」

「ちゃんとやればもっと出来るって?」

「そう言おうとした。けど、別にやれって言ってる訳じゃないから。かもねぐらいの話だし」

「今よりは良くなるかもしれないけど、別にやる意味を感じないから。やる気もでないし」


 それは学生が抱える勉強面での一番の悩みというか身が入らない理由なのかも。でも仕方ないとい言えばそうなのかもしれない。多くの人は将来の夢も決まってないのにそれで使うか分からない分野を勉強しろだなんて。しかも遊び放題で楽しい今の時間を削ってまで。誰だって楽しい事だけをしたいに決まってる。

 この問題に関しては考えれば互いに色々な意見は出てきそうだけどあまり楽しい会話にはならなそうだから僕は話題を変えることにした。


「そういえば、聞きたかったんだけど。昨日学校で場所変更の手紙をくれたけどどうして靴箱にあの紙を入れたのが僕って知ってたの?」


 僕の質問に鬼塚さんは片足をデスクの上に上げ山になった膝上へ手と顔を乗せてから顔をこっちに向けた。若干ながら見上げる形で。


「そりゃあ、見てたから。入れるとこ」

「えっ? うそっ? だって僕ちゃんと入れる前に確認したよ?」

「アタシが来た時は丁度、入れる瞬間だったから」

「タイミングかぁ」


 運の悪さに肩を落としながらも、あの瞬間を―しかも本人に―見られていたと思うと羞恥を覚えた。いや、でもむしろ見てたのが鬼塚さんで良かったのかもしれない。下手に他の人に見られたらそれは大変なことになってた可能性があるから。

 それにその場で声をかけなかったのは彼女の優しさなんだろう。あの場で話しかけられてたら多分テンパってたと思うし気まずい空気を吸う事になってただろうから。想像するだけで目を背けたくなってきた。


「声を掛けないでくれてありがとうございます」

「どーいたしまして」


 彼女はそう返しながら顔を戻した。会話が終わり自然と部屋が静まり返る。

 それから少しの間だけ沈黙は僕らをこの建物から消した。

 僕はその間、何を話そうかとそれだけ考えていた。


「鬼塚さんはここによく来るって言ってたけど、1人でこんなことろ危なくない? ほら、こういう廃墟ってガラの悪い人とか変な人とか集まりそうじゃん」

「ここで他の人見かけたことないけど、もし誰かいたとしてそいつが襲い掛かってきても相手が人間でプロの格闘家じゃなければ負けないけどね。だってアタシ吸血鬼だし」


 確かに彼女の言う通り人間と吸血鬼は姿形こそ同じでもその身体能力や筋肉などの内側は異なるらしい。もちろん吸血鬼の方が遥かに上。そこら辺のゴロツキや多少腕に自信があるぐらいでは格闘技や戦闘訓練などを受けていないごく普通の吸血鬼にでさえ勝つことは不可能だ。恐らくバットやナイフなどを使用しても無理だろう(銃火器なら話は変わってくるけどここは日本だからそうそう所持してるような輩はいないはず)。

 だけどもし十数人で全員が刃物を持っていたらさすがに吸血鬼と言えど厳しいのではないだろうか。あくまでも吸血鬼研究家でもはたまた知識が豊富なわけでもない僕の意見だけど。

 でも正直こういうのはそういう話じゃない。


「あっ、もしかしてだからいざという時は僕が守ってあげる。みたいなそういう話?」

「いやぁ、まぁ......。その気持ちはない訳じゃないけど――僕は格闘技とか習ったことないし。それに殴り合いの喧嘩なんてしたこともないから、ちょっとそれはどうだろう......」


 言ってて自分が情けなくなってくる。だけどこれは本当の事だから仕方ない。実際、僕なんかよりよっぽど鬼塚さんの方が強いのは事実なんだし。


「随分と正直じゃん」

「僕がもっと強そうだったら見栄を張ってそんなこと言ってたかもしれないけど、今の僕にはちょっと無理がある嘘だし。――でもやっぱり鬼塚さんはそういうことが言える人がいいの?」


 これは自分でも上手くタイプを訊けたのではないかと思う。でももし今の僕とは正反対なタイプが良いと言われたら落ち込んでしまいそうだ。

 そんな満足感と不安を両手に持ち天秤のようになっていた僕に対して彼女は、「んー」と少し考え始めた。

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