4

 翌日。僕はいつも通りの朝を迎え、いつも通り学校へ向かうといつも通り自分の席でホームルームを待っていた。徐々に騒がしくなっていく教室。決まった時間に鳴り響くチャイムと担任のだらりとした声。

 まるでそれは昨日の出来事が僕の見ていた夢のように何も変わらない1日の始まりだった。

 そしていつも通り遅れて開く教室のドア。


「鬼塚ー。またお前は......。よし。明日遅刻したら居残りで掃除な」

「それって休日で来ない場合は遅刻に入るんですか?」


 これまたいつも通りの眠そうな声でそう言いながら鬼塚さんは自分の席へと向かう。


「せんせー負けてやんのー」


 その途中、廊下側の席から飛んできた女子生徒の声に教室は笑い声に包まれた。


「あー、うるせーな。別に勝負してねーっての」


 笑い声と先生の声が飛び交う中、僕が席まで来た鬼塚さんへ目を向けるとワンテンポ遅れてこっちを見た彼女と目が合った。たまたまか昨日の出来事が彼女の視線を僕へ向けさせたのかは分からない。

 だけど彼女の眠そうな目がこっちを見た瞬間、僕には時が止まったように感じた。それに加え周りの音はまるで遠い場所での他人事のように遠く小さく聞こえた。


「なに?」


 でもその言葉ですぐに時は動き出し音も元通り。あれはほんの一瞬の幻想として消え去った。


「えっ? あっ――いや、別に......。おはよう」

「おはよ」


 鬼塚さんは挨拶を返すと椅子へ座り、僕は窓の外に顔を向けた。

 いつも通り。だけどいつもとは少し違う。それはいつもの通学路に小さな花が咲いていると気が付いた程、些細な変化だったけど僕にとっては色鮮やかな変化だった。

 そして窓に映ったニヤける自分と目が合った僕は1人慌てて表情を戻し先生の話に耳を傾けた。


 そんな今日もいつも通り授業を受け終え、気が付けば放課後。僕は教室を後にして校門へ歩いていた。もちろん帰る為に。

 そんな僕の少し前を歩いているのが鬼塚さんだと気が付くと、早足でその距離を縮めた。


「鬼塚さん」


 横に並んだ僕を最初は確認するように横目で、遅れて顔が向いた。


「アンタか」


 それは抑揚のない声だったけど嫌とか迷惑といった感じではなかった。勘違いじゃなければだけど。


「帰るの?」

「いや」

「じゃあ寄り道?」

「まぁそんなとこ」

「どこ行くの?」


 その何気ない質問に鬼塚さんが急に足を止めたもんだから僕は2~3歩前へ進んでしまった。遅れて立ち止まると後ろを振り返る。


「一緒行く?」


 それは唐突な誘い。まさか彼女からそんな事を言ってくれるとは思ってなくて吃驚はしたけど嬉しくない訳が無かった。


「いいの?」

「別にいいけど」

「じゃあよろしくお願いします」


 何故か分からないがそんなことを言ってしまった。しかも敬語で。


「何それ?」

「さぁ? 僕にも分からない」


 そしてやたら疑問符が活発な会話を終えると僕はその寄り道を楽しみにしながら再び歩き出した彼女と校門を出た。

 それから僕にとってはどこに行くのか分からない道のりだったけど、鬼塚さんと他愛ない会話をしながら歩くその時間は控えめに言っても最高。正直に言うとどこに行こうがどうでも良かったし、むしろその場所がうんと遠いことを心のどこかで願っていた。

 だけどそんな願いは叶う訳もなく学校を後にしてからしばらく歩き続けたところで鬼塚さんの足が止まる。


「ここ?」

「そう」


 彼女の隣でそのお店を見上げる。


「ここってさ」

「そう。ゲーセン」


 一言そう答えると鬼塚さんは中へ。その後を追って僕も店内に入ると様々なゲーム機の音が混じり合った騒々しさに包み込まれた。いつぶりかのゲーセンは懐かしささえ感じる。

 僕がついつい目移りさせていると鬼塚さんは真っすぐ奥へ進んでいた。見失わないように小走りですぐ後ろまで行くとそのまま彼女の後に続く。

 そんな鬼塚さんがまず最初に向かったのは格ゲーのコーナー。今では家庭用ゲーム機やPCが主流なせいかそのコーナーに人影はほとんどない。心なしかスペースも狭い気がする。

 鬼塚さんはその並んだ機体の1つに腰を下ろし、僕は後ろに立ち画面を覗いた。


「鬼塚さんって格ゲーとかするんだ」

「たまにだけど」

「実は僕も小さい頃にちょっとハマってた時期があるんだよね。友達の家でよくやってたっけ」


 若干思い出に浸りながらそう口にすると彼女の顔が振り向き僕を見上げた。


「じゃ相手なってよ」

「いいよ」


 大分久しぶりだけど大丈夫だろう。そんなことを考えながら僕は反対側の機体に腰を下ろした。

 これが何作品目かは分からないけど同じシリーズならそこまで操作方法は変わらないはず。


「いい?」

「いいよ」


 顔を横から覗かせ1ラリーの会話をすると僕らは対戦を開始した。

 2R《ラウンド》先取の1R目。―――僕は惨敗した。でもこれは予想通りというか分かってたこと。これで操作方法を思い出すことが出来たってわけ。あの頃、沢山練習したおかげか意外にも体は技とかを覚えていた。


「よーし。次は勝つぞ」


 そんなことを1人呟き2R目へ。とりあえずこれを取り返してラストラウンドに持ち込むぞ。心の中で再度気合を入れレバーを握った。


『K.O.』


 文字を映しながらそう叫ぶ機体。僕は体を傾かせた。丁度、同じように体を傾かせていたらしく機体からひょっこりと彼女が顔を出す。


「弱くない?」


 それは煽っているようよりは正直な感想なんだろう。にしても直球だ。

 でもその言葉が多少なりとも心に刺さるのは負けて悔しいからだろう。別にそこまで負けず嫌いという訳じゃないけど心のどこかで勝てると思っていた分くらいには悔やしい。


「ほら、久しぶりだったから。でもこれで大丈夫。次は勝てるよ」


 鬼塚さんは何も言わなかったがその表情は『どうだか』と無言の言葉を発していた。

 そして彼女も僕も顔を引っ込めもう1戦。


『K.O.』


 恒例のように体を傾け顔を見合わせる僕ら。


「ストレート負け。2連続で」


 言葉に合わせて人差し指が僕に向けられたのちに中指が追加されピースの形に成った。しかもさっきよりも勝ち誇った表情になってるように見えるのは僕の中の悔しさが悪さをしてるから? それとも本当にそう言う表情をしてるんだろうか。

 どちらにしろ僕が負けたことは事実だし若干意地になってせめて1Rは取り一矢を報いたいと思ってるのもまた事実。


「もう1戦お願いします」

「いいよ。仕方なくね」


 やっぱり勝ち誇った表情をしていたのかもしれない。だけど次はそうはいかないから。そう意気込み対戦を開始した。

 対戦終了後、僕は穏やかな気持ちで鞄を持ち鬼塚さんの所に戻った。


「もういいの? 3連敗どころか1ラウンドも取れてないけど?」

「もういいかな。このまま続けたら財布が空になりそうだし」


 素直に負けと実力差を認め、悔しさも意地も捨てたことで執着が無くなり僕は悟りでも開いたかのような気持ちに包まれた。今なら全てを許せそうな程におおらかな気持ちだから心の隅に隠れた悔しさだって見逃そう。


「ふーん。まぁでも初めてこうやって直接で対戦できて楽しかった。ありがと」


 僕を見上げながら彼女が浮かべたその笑みは本当の意味で勝敗をどうでもいいものにした。もし僕があれだけやられて彼女が気持ちよく勝てたからこの表情を見られたのなら何度でも――何敗でもしていいとさえ思った。


「こっちこそ。楽しかったから......うん」


 つい照れてしまって変な顔になってないかが気になり返事が少し変になってしまった。だけどどうやら彼女は気にしてないようで鞄を持ち立ち上がる。


「折角だし他にも遊んでく?」

「そうだね」


 それから僕らはシューティングやレースなど色々なゲームで遊んだ。どうやら運転技術は僕の方が上らしい(バスケのシュート力は彼女が上だったが)。

 そして一通り楽しんだ僕らはクレーンゲーム機の前に居た。

 僕は正面から横から中を覗いてボタンを押していた。あとはこいつの握力があまりにも弱すぎないことを期待しつつちゃんと引っかかることを願うのみ。


「おっ、いけ!」


 隙間に良い感じでアームが入ると(600円目にして)狙っていた小さなぬいぐるみのキーホルダーを取ることができた。


「やった!」


 もう少しかかると思ってたから思わずガッツポーズが出る。


「おぉー! すごいじゃん」


 僕は取出口から商品を取り出すと軽く回て見ながら達成感に浸っていた。鬼塚さんが選んだこのぬいぐるみはロケットに狼と黒猫がしがみついた物。どういうコンセプトかは不明だけど愛らしいのは確かだ。

 そしてぬいぐるみを一通り眺め満足感を味わうと僕はそれを彼女に差し出した。


「はい」

「でもこれ――」

「いいよ。僕は取れただけで満足だし。でももし要らなかったら無理にとは言わないけど」


 返事の代わりに彼女の手が伸びキーホルダーを受け取った。


「じゃ......ありがと」


 その言葉の後にぬいぐるみに視線を向けた鬼塚さんは意識的か無意識的かは分からないがまるでお気に入りのぬいぐるみを眺める少女のような表情を少しだけ浮かべた。

 それに釣られ僕も嬉しくなる。達成感以上に取った甲斐があるってもんだ。


「猫好きなの? それとも狼が?」

「んー。どっちも」

「犬派か猫派かなんて質問がよくあるけどどっちも好きだよね。僕も三毛猫とか秋田犬とか犬も猫も両方好きかな」

「アタシは...。黒猫とか犬ならシベリアンハスキーかな」


 彼女の答えに僕は頷いて納得した。


「だからそれが良かったんだ」

「まぁそうかな」

「喜んでくれて良かったよ」

「うん。ありがと」


 これが何かの物語ならこの後に2人で写真でも撮って更に距離が縮まるのだろうけど、残念ながら現実ではそのまま店を出て当てもなく歩き始めた。

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