第170話 東京旅行⑥
翌日、二月六日。
東京旅行最終日。
四人は横浜中華街で食べ放題の中華料理屋にいた。
満面の笑みを浮かべる光と御子の前には、山のように料理が並べられていた。
(この二人の体のどこにこれだけの量が・・・?)
拓哉はその量を見るだけでもげっそりしていた。
唯志はというと、いつも通りビールを飲んでいる。
食べ物はと言えば、つまみになりそうなものを重点的にチョイスしている。
(こいつはこいつで全くブレないし。)
幸せそうな女性二人に、いつも通りの唯志。
もうすっかり、ただの旅行になってしまっている。
拓哉はというと、この旅行の
それが失敗に終わりそうなことが気がかりだった。
(良いのかな。本当に。)
未だ自分に何かできることが無いかを考えては、何も思いつかずを繰り返し、中華料理など上の空で眺めていた。
ただ、目の前で美女が二人嬉しそうにしているのを見ていると、少しだけ心も落ち着いた。
--
中華街で遊んだ後、四人はお土産を見て回り、女性陣はまたあっちこっち走り回って楽しんだ。
拓哉はというと、相変わらずはしゃぎまわる美女二人を眺めていただけだった。
なお、唯志は横浜も何度も来ているらしく、一人いつも通りの様子だった。
そして、今は帰りの新幹線の中。
女性人二人は疲れたのか、席に座るなり寝てしまった。
で、目の前の男は相変わらずビールを飲んでいる。
光と御子の食欲にも驚いたが、こいつはこいつで何で酔わないのか不思議でならない。
「ねぇ、岡村君。結局、別のプランってのは何なの?」
拓哉はずっと心につっかえていたことを質問した。
女性陣が寝ている今は、絶好のチャンスでもあった。
「そのうちわかるって。」
唯志は相変わらずの調子だ。
「でも、俺は今知りたいんだけど。」
拓哉はそれでも食い下がる。
「ふーん。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。」
唯志が突拍子もないことを言い出した。
「ニーチェだっけ?答えになってないよ。」
拓哉は若干呆れ気味に返事をした。
「お前、この言葉は知ってるみたいだけど、意味はわかるか?」
唯志は拓哉に問いかけた。
「意味?」
「そう。意味。」
唯志にそう言われ、拓哉は真剣に考えてみた。
言葉自体は有名だ。
特にネットでは有名だろうこの言葉は、拓哉でさえ何度か目にしたことがある。
ニーチェの言葉ってことも知っている。
だけど意味は考えたことがなかった。
「わからない。」
考えてみたが、わからなかった。
「だろうな。この言葉には前があってな。有名なのは俺がさっき言った部分だけだから、知らなくてもしょうがない。」
唯志が説明してくれた。
確かに、この言葉に前があるなんて聞いたことがなかった。
「じゃあ、どういう意味なの?」
「正確な意味はニーチェ本人しかわからないし。哲学ってそういうもんだ。」
さっきから答えになっていない。
こいつは何が言いたいんだろう。
拓哉はそう思った。
「まぁ要するに、それを聞きたいんだったら、それ相応の覚悟はあるのか?ってことだ。」
唯志はそう続けた。
そして、拓哉は考えた。
思えば光と会ってから。
ずっと非日常と接してきていた。
中途半端な、何の覚悟もなしに。
光に好かれたいという思いに対して、覚悟と行動が全く伴っていなかった。
出会ったばかりの頃。
その頃だと唯志の言いたい意味はわからなかっただろう。
でも今ならなんとなく理解できた。
理解できたからこそ真剣に考えた。
--そして、拓哉は答えた。
「うん、止めとくよ。」
拓哉は苦笑いしながら答えた。
今までのただ何となくじゃない。
自分には無理だと諦めたわけじゃない。
真剣に考えた末の結論だ。
多分この物語は俺の物語じゃないから。
中途半端な思いで、首を突っ込んでいいものじゃないから。
だから拓哉は決断した。
この未来人にまつわる一連の物語。
そこから自分が離れることを決めた。
「エサクタ。」
唯志が言った。
「・・・?えっと、確か『正解』って意味だったっけ?」
拓哉は恐る恐る聞き返した。
「よくわかったな。」
某オシャレ漫画で言ってた気がする。
うろ覚えだが。
そう言えばこいつってあの漫画好きだったな。
「確かに、もう俺に出来ることはないのかもね。いや、この件に関しては最初からかな。」
「どうかな。俺がやってることだって、
「・・・。」
「ただ、お前よりも真剣に考えて、お前よりもそれっぽいことをしただけ。それが正しかったかどうかは誰にもわからない。」
「そうだね。」
「だけどな、自分で決めて自分でやったことだ。後悔はしてない。光も後悔してないと思う。それで十分じゃねーかな。」
拓哉には唯志が何を言いたいのか、今はまだわからなかった。
だけど、なんとなく納得できる。
そんな気がして黙っていた。
「最初の話に戻るけど、お前はそれで
そう言って唯志は新しいビールの缶を開けた。
拓哉がふと横を見ると、御子が自分にもたれかかって寝ていた。
そして、その寝顔を見ながら答えた。
「まだ、俺にはわからない。でも考えてみるよ。」
拓哉は苦笑していた。
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