第168話 東京旅行④

そこら中から甘い香りが漂ってくる。

道行く人はみんな笑顔のカップルか家族連れ。

あっちではアヒルをモチーフにしたキャラの彼女の方が現れ、人が殺到している。

こっちでは、ネズミや犬の耳を付けた小さな女の子が走り回っている。

遠くを見ると、絵本でしか見たことないようなお城が見える。


拓哉は見たことない幸せな空間に、その不思議な力に圧倒されていた。

外界とは隔離された、まさに夢の国と呼ぶにふさわしい場所だと、そう思った。


「吉田、何してんねん。はよ行くで!」

御子はもういつもの調子に戻っていた。


先程のニコッと微笑んだ御子。

悔しいが目を奪われた。

(正直、可愛いと思った。)

拓哉は心を読まれたくなかったので、御子から目を背けていた。


「吉田、どないしたん?」

目を背けている拓哉の顔を、御子が覗き込んできた。

「べ、別に!何でもないよ!」

咄嗟に顔を背けて答えた。

顔が真っ赤なのが自分でもわかるほどだった。


「なーなー、あそこの店でなんか買おうやー。」

御子はそう言って拓哉の服を引っ張った。

御子の指さす先には色んなグッズを売ってる店があった。

一緒に耳とか付けて回りたいという意味だろうか。

そう考えてる間も、御子は拓哉をぐいぐいと引っ張っている。


「わかったから。」

拓哉は渋々といった態度で応じ、御子ついてショップへと向かった。


--

「ほらほら吉田。可愛いやろ?」

御子は、リボンのついたネズミの耳のようなものをつけて、はしゃいでいた。

「ほら、あんたにはこれ。」

御子はそう言って、犬のキャラの帽子?カチューシャ?

よくわからないものを差し出してきた。


(このキャラって確かペット・・・。)

拓哉はそう思ったが、黙っていた。

実際この二人の関係性を考えたら、最適なチョイスだと思うが。


グッズも身に着け、笑顔で歩く御子。

そして渋々身に着け、後に続く拓哉。


「で、どこから回ったらええんや?」

ニコニコしながら御子が振り返った。


(あ、エスコートだった・・・。)

拓哉は旅行前に、何度も何度も調べて考えたランドの回り方プランがあった。

だが、この状況に緊張しすぎてど忘れしていた。


「ん?まさかまたノープラン・・・?」

御子は怪訝な目で拓哉を見つめた。

「そ、そんなことないよ!ちゃんと考えてきたよ!」

「そっか。なら任せたで。」

そう言って御子はニッと笑って見せた。


「うん、じゃあ・・・まずはこっち--」

拓哉はスマホと地図を見ながら、御子をエスコートし始めた。


--

時間が早かった。

色んなアトラクションを回り、色々乗れた。

写真を撮られるアトラクションでは写真も買った。


何かチキンの食べ物も並んで食べたし、すごくおいしかった。


混雑を避けた時間でレストランにも行った。

めっちゃ高かった。


写真もいっぱい撮った。

そして--


「吉田!見てみ!あれって・・・。」

「あ!」

目の前に、主役のネズミさんが出てきた。


(確かあれって激レア・・・。嘘だろ!?)


「うおおお!すごいで!写真撮ろ!写真!」

気が付くと腕を引っ張られて走らされていた。


「ほら!吉田!一緒に写真撮ってもらおう!」

一緒に写真。

拓哉はとても恥ずかしく感じた。

だが満面の笑みを浮かべる御子を見ていると、断ることなど出来なかった。

そしてスタッフの人に頼んで三人で写真を撮ってもらった。


「よく撮れてるやん!吉田は不愛想だけど。」

そう言いながらも御子は満足そうな顔をしている。

「しょ、しょうがないでしょ。写真とか苦手なんだよ。」

「慣れやで慣れ。ほら!」


カシャ


そう言って御子に写真を撮られた。

不意打ちで。


「ちょ。やめてよ。」

「ええやん。減るもんちゃうし。」

「まったく。でもそろそろいい時間だね。」

「あ、確かに。もうすぐ暗くなってくるかもな。」

拓哉にとっても夢のような時間だったが、夢から覚める時間も近づいてきていた。


「今のうちにお土産物屋さん見に行く?」

「まだ早ない?」

「いや、夕方になると混むんだよ。それに暗くなってからはパレード見たいでしょ?」

「おお、パレード!うん、見たい!」

「なら今のうちにショップ見に行こう。」

「あんた、今日は頼りになるな。見直したで。」

御子は本心からそう言っていたが、拓哉はいつもの調子のやつだと思ったのか「はいはい。」と簡単に返事をするだけだった。


--

辺りはすっかり暗くなっていた。

じきにパレードが始まる。

そのための場所取りをしていた。


じきに始まるとはいえ、始まるまでは何もない。

故に無言で二人並んで、ただただ待っていた。

御子は何やらスマホをいじっていた。


「あっちもパレード見たら外に出るって言うてるで。」

どうやら光と連絡を取っていたようだ。


「そうなんだ。」

「ずいぶん楽しそうやわ。幸せそうでええな。」

御子は特に嫌味でもなく、素直にそう言っている。


「ねぇ、西条さん。西条さんは楽しめたかな?俺なんかと一緒で。」

拓哉はずっと気になっていたことを訊ねた。

このランド内で遊んでいる間、ずっとそのことが気がかりだった。


「あんたはどうなんや?」

逆に御子から聞き返されてしまった。


唯志だったら質問を質問で返すなよと指摘しただろうか。

いや、あの人はレディーファーストを心得てるからな。

二つ返事で答えたかも。

そんなことを考えながら、ゆっくりと口を開いた。

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