第156話 一夜明けて

十二月二十五日土曜日。

クリスマス当日。

世間は週末のクリスマスイヴに、夜遅くまで盛り上がったであろうことが容易に想像できる。

それは拓也たちの部屋も例外ではなかった。


昨晩は急にワインをがぶ飲みし始め、挙げ句酔っ払った御子に散々付き合わされた。

主に御子の愚痴を聞いていただけだが、その間散々無理やり飲まされた。

おかげさまで、二人共がリビングでそのまま倒れるように寝てしまった。


拓哉が目を覚ますと、荒れ果てたリビングと、サンタのまま寝ている御子が目についた。


「なっ!」

拓哉は思わず手で顔を覆った。


「・・・。ミニスカで寝るから、パンツ見えてるよ・・・。」

拓哉はソファーの隅においてあるブランケットを手に取ると、そっと御子にかぶせた。

一瞬、しばらくそのままにしておこうかという邪念が頭をよぎったが、後で確実にバレるのが目に見えていたのでやめた。


(いや、あくまで紳士的な対応しただけだから。)

などと頭の中で言い訳をして。


時刻を見ると、朝の八時過ぎだった。

普段こんな時間に起きない拓哉の目が冷めたのは、昨晩の酒のせいで頭が痛いからであることは間違いない。


「うー、頭痛い・・・。気持ち悪い。」

ぼんやりする頭でよくよく考えてみると、昨晩そのまま寝てしまっている。

つまり、風呂も入っていないし、トナカイのままだった。


そのあたりまで思い出したところで、ハッと気がついた。


「あれ?光ちゃんは?」

じっくり昨晩のことを思い出してみるものの、帰ってきたという記憶は無い。


そしてある結論に至った。


「あれ、もしかして--」

(朝帰り!?)

後半は言葉にできず、そしてその答えに拓哉はショックを隠し切れなかった。

後から思えば、一人 ( もう一人は爆睡中 ) でよかったと心から思う。


--

拓哉はしばらくの間、無言のまま茫然とソファーに座っていた。

そしてしばらくして、少し落ち着いた。


「はぁ、まぁ考えてもしょうがないか。こうなるのは見えてたし・・・。」

そうぼそっと呟いた時、玄関の方がガチャリと音を立てて開いた。


「ただいまぁ。」

こっそりとした小さな声が聞こえた。


光は足音を殺すようにこそこそとリビングの方に入ってきた。


「え!?タク君!?」

「おかえりー。」

光は口を大きく開けて驚いていた。

部屋が荒れ果てているからか。

既に拓哉が起きていることにだろうか。

それとも朝帰りがバレたからだろうか。

或いはそのすべてか。


「え、あはははは!」

と、驚いていた光だったが、急に大笑いを始めた。

「え、何?どうしたの?」

「だって、タク君のその恰好。」

光は笑いすぎて涙を浮かべていた。

「あ。」

さっきまで絶望していてすっかり忘れていたが、いまだにトナカイのままだった拓哉だった。


「どうしたの、それ?」

光はまだ笑いをこらえながら半泣きで質問している。

「いや、あの・・・。」

拓哉は急に恥ずかしくなり、もじもじしていた。


「ん・・・?なんや、光帰って来たんかー?」

光の笑い声で爆睡していた御子も目を覚ましたようだ。

寝ぼけて、目をこすりながらむくりと上半身を起こしていた。


「あ、御子ちゃんはサンタさんだ。可愛いー。」

光は御子の格好にも笑顔になっている。


「せやろ。・・・今何時・・・?八時半か。早かったな。」

そう言う御子はまだ寝ぼけている様だ。


「うん、ね。」

拓哉がやる気がなさそうに答えた。


「ふーん・・・。は!?朝の!?」

御子はようやく頭が回ったようだ。

「そうだよ。私もそろそろ仕事の準備しなきゃー。」

そう言って光はてきぱきと荒れた部屋を片付けていた。


「ってことは光、朝帰りやん!?」

拓哉が黙っていたことを、御子がはっきりと口にした。

「・・・」

拓哉は目を閉じ、無言を貫いた。

そもそも、ツッコむ度胸も、話を聞く話術もなかった。


「えっと・・・。えへへ。」

光ははにかみながら愛想笑いを浮かべた。


「なんや、あんたうまくいったみたいやな。やったんか!?」

御子はものすごい勢いで光に迫っていた。

(生々しい事聞くなよ!)

と、心の中で思った拓哉だったが、御子に「あんたは黙っとけ!」と一喝された。

もとより黙っているのだが。


「やったって何を?」

光は意味がよくわかってない様子だ。

この辺は現代人と未来人の認識の差だろうか。


「だから!~~~~」

最後の方は拓哉に聞こえないように耳元で伝えていた。

だが、さすがの拓哉でも何を言ったかは想像できた。

現に光の顔がみるみるうちに真っ赤になっていた。


「違うよ!唯志君の部屋でご飯食べて、泊めてもらっただけ!それだけだよ!」

光は慌てて否定していた。

朝帰りではあるものの、一線は超えていないという事実に拓哉は安堵した。


「ほんとにそれだけか~?」

御子は光をつんつんしている。

根掘り葉掘り聞きだすつもりだ。

多分、何か隠してるのもわかっているんだろう。


「あの、えっと・・・。唯志君とお付き合いすることになりました。」

光は照れて俯きながら、そして嬉しそうに言った。

照れて頬を掻く右手の薬指には、銀色に輝く指輪が見えた。


「やったやん!」

御子はまるで自分のことのように嬉しそうに光を祝福した。

ミニスカサンタが美女に抱き着いている。

傍から見たら微笑ましい状況だった。


拓哉はそんな光景をぼんやりと眺めていた。

そして自分の恋が決定的に終わったという事実を、一人静かに理解した。

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