第155話 クリスマスイヴ -拓哉と御子-

同日、十二月二十四日。

仕事を終えた拓哉は、まっすぐ家に帰ることはなく、色々な場所を右往左往と走り回っていた。


「えっと、次はローストチキン?そんなのどこに売ってるんだ?」

滅多にスーパーなど行かない上に、クリスマスの準備などしたことのない拓哉は、の内容に戸惑っていた。


もう十日ほど前になる。

光がめでたく唯志との約束を取り付けたことを確認してから、御子は何やら企みだした。

そして、拓哉にあれこれと指示を出してきた。

その指示内容の一つがこれ。

今日の買い物だ。


御子の指示の意図はよくわかっていない。

いや、わからないふりをしている。

こんなもん、誰でも想像できる。

だが、知らないふりをしてぶつぶつ文句を言いながら走り回っていた。


――

御子から指示されたものを買い終え、最後に予約したケーキを受け取った頃には十八時を優に回っていた。


「ただいまー。」

げっそりした様子で拓哉が部屋に入る。


パンッ!!


いきなりの衝撃音に、拓哉は驚いて荷物を落としそうなほど仰け反った。


「メリークリスマス―!」

クラッカー片手の御子が目の前まで駆け寄ってきた。

・・・なんかすごい恰好をしている。


「えっと・・・、メリークリスマス。」

拓哉はつい目を逸らした。


「なんじゃ、童貞には刺激が強かったか?もっと見てええんやで?」

一方の御子はいたずらに笑っている。

ミニスカサンタの格好で。


「なんでそんな格好してるの?」

拓哉は相変わらず直視できずにいた。

主にミニスカのせいで。


「せっかくクリスマスやからな!光だけデートで悔しいし、うちらもパーティーすることにしたんや!」

御子はそう言いながら、クラッカーをもう一発鳴らした。


「可愛いやろ?惚れてまうか?」

御子はニヤニヤと笑っている。


「まぁその、正直可愛いと思いました。」

拓哉は正直に白状した。

隠したところでどうせ心を読まれるからだろう。


「素直でよろしい!ほら、あんたの分やで。」

御子はそう言うと、拓哉に何やら大きめの箱を渡してきた。


「何これ・・・?トナカイ・・・のコスプレ!?」

拓哉は口をあんぐり広げて驚いた。

「せや。さっさとそれ着て、夕飯準備してやー。」

「その上準備も俺なの!?」

「そらそやろ。こんな可愛いサンタさんと過ごせるんやで?安いもんやろ。」

御子は「ふふん」と胸を張った。

ぶっちゃけ格好のせいで、目のやり場に困る。


――

拓哉は渋々トナカイに着替え、御子に大爆笑された。


「似合いすぎ!ウケる!」

とか言ってた。


そしてその格好のまま、慣れない食事の準備に四苦八苦していた。

なんか主従関係まで叩き込まれた気分だ。


何とかサラダとスープ、そしてチキンを用意し、食卓に並べた。

更にワインをグラスに注いだ。


「おお、上出来やんけ。それっぽい。」

その出来栄えに、御子は御満悦の様子だ。


「疲れた・・・。」

一方の拓哉は始まる前からくたくただった。


「お疲れ様。ワイン入れたるから。」

そう言って、拓哉にワインを注ぐ動作はさながらキャバ嬢の様だった。

そして、サンタコスのせいで少し、いやかなり色っぽい。

と言うかエロい。

拓哉は顔真っ赤で、またも目を逸らした。


しかし、相手は御子だった。

当然の様に簡単に見透かされ――


「な、あんたエロい目で見てたやろ!」

同じく顔を真っ赤にして怒っていた。

いや、普段の見た目と言動で騙されがちだが、御子も拓哉並みに恋愛経験も耐性も無い。

これは普通に恥ずかしがっているだけかもしれない。


「全く、油断も隙もないわ。」

御子は照れ隠しなのか、怒ってるような素振りでそっぽを向いた。


「と、とにかく、食べようか?」

拓哉は少し咳払いすると、強引に話題を終わらせた。

そして、二人はなにか気まずい空気で、食事を始めた。


――

「あー、食べた食べたー。」

最初は気まずそうに黙っていた御子だったが、酒が入ったこともあってか、食べ終わる頃にはご機嫌になっていた。

拓哉はというと、こちらも酒が入ったせいか、既に若干眠そうにしていた。


「よし、じゃあケーキ食べよ!」

「いや、マヂ無理・・・。後にしようよ・・・。」

拓哉のお腹はもう限界だった。


(むしろ、その小さな体のどこにまだ入る余地が?)

などと考えていたら、「スイーツは別腹やろ。」と返事があった。


「しゃーないな。ケーキは後にするとして――」

そう言うと、御子は部屋に戻っていった。


(お開きってことかな?)

拓哉に御子の行動はよくわからなかったが、とりあえず食卓を片付け始めた。

皿を重ね、流し場に移動し終わった頃、御子が戻ってきた。


「ほら、吉田。」

御子がなにか顔を背けながら差し出してきた。

綺麗に包装された小包を。


「えっと・・・。」

拓哉は何が起こっているかわからず、固まった。


「うちからクリプリや。あんたにも色々お世話になったから。」

そういう御子は、すごく恥ずかしそうにしているように見えた。

少なくとも拓哉はそう思った。


「あの、良いの?」

「ええねん。はよ受け取ってや。」

このまま、少ししおらしい御子を眺めてるのも悪くないかな、なんて考えた拓哉だったが、次の瞬間には睨まれたので、すぐに受け取った。


「まぁ光からじゃないのは残念やけど、少しは嬉しいやろ?」

そう言う御子の笑顔は、今まで見た中で一番可愛く見えた。


「うん。すごく嬉しいよ。でも・・・。」

「でも?なんや?」

「いや、俺、何も用意してないんだけど・・・。」

拓哉は申し訳無さそうに、というより恐る恐る御子の顔色を窺いながら言った。


「・・・。」

御子は無言だった。


「いや、その、だってクリパするって聞いてないし!」

拓哉は慌てて身振り手振りを交えて弁明した。


「・・・はぁ。まぁ、ええよ。期待してなかったし。貸し一やで?」

御子はそう言って苦笑いを浮かべた。

どうやら許して貰えたようだ。

しかし――


(貸し・・・。後が怖い。)

拓哉は後が怖く怯えたが、やがて考えることをやめた。

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