第154話 クリスマスイヴ -光と唯志-
十二月二十四日。
今年は金曜日がクリスマスイヴとなり、世間には例年よりもほんの少し浮ついた空気が漂っている。
周りを見れば、サンタの格好をしたコンビニ店員や、手を繋いで歩くカップルが目に付く。
そんな中、光は梅田駅で唯志を待っていた。
――
「せっかくデートなんだし、どっかで待ち合わせしようか。」
――
直接家に向かうという選択肢もあったが、そう言う唯志の意見で待ち合わせをすることになった。
光は、確かにこの方が雰囲気が出るなと感心していた。
(うー、でも余計緊張もする―。)
道行く幸せそうな人たちを眺めながら、光ははらはらどきどきしながら唯志を待った。
唯志は仕事が終わってから来るらしい。
だから今日は光の方が先に着いている。
光はと言うと、店長が気を遣ってくれたのか、今日は少し早くあがらせてくれた。
おかげで、デートで男の人を待つという初めての体験をしている。
(唯志君、まだかな。)
待ってる時間もデートのうちということだろうか。
光はかなり早く来てもうずいぶん待っているが、とても楽しかった。
「悪い、待たせたね。」
今か今かとはらはらしていたら、いつの間にか真横に唯志が立っていた。
「あ、唯志君、お疲れ様!」
光は嬉しそうに唯志の方を見た。
見るとスーツ姿で、仕事あがりでそのまま来たんだろうことが窺えた。
(唯志君のスーツ、カッコいい。)
普段と違う雰囲気と恰好故だろうか。
それに、多分恋する乙女補正が入っているんだろう。
だが、唯志のスーツ姿を見るのは初めてではない。
以前に佐藤の事務所に集合した際もそうだったはずだ。
しかしあの時は必死過ぎて、周りを見る余裕が無かった。
「ひかりんその服新しいやつ?」
見ると光も真新しい服を着ていた。
「うん。お給料もらったから冬服買ったの。」
「へえ。似合ってるね。」
「ほんと!?うれしい。」
光は唯志に褒められて、手放しで喜んだ。
「ほんとほんと。じゃ、行こっか。」
そう言うと、唯志は光を連れて歩き始めた。
「どこまで行くの?」
横を並んで歩く光が唯志に質問する。
「ちょっとなんばまで。」
――
「うわー、すごいー。」
なんばの大型商業施設。
その上。
光の目の前には煌びやかに装飾された空間が広がっていた。
右も左も光り輝く景色に、光も目を輝かせて喜んだ。
「どう?御要望にお応えできましたか、お姫様。」
今日、わざわざここまで出向いたのは、光の要望だった。
光が唯一希望した内容。
それは『イルミネーションを見に行きたい』だったから。
「うん。ねぇ唯志君、あっちも見に行こうよ!」
そう言うと光は唯志の手を掴んで引っ張った。
――
あちこちはしゃぐように回る光と、それについていく唯志。
気が付けば三十分以上も見て回っていた。
気が付くとひときわ大きい、例えるなら光の草原とでもいえる場所の前にいた。
「奇麗だねー。」
光はうっとりとして、その草原を見つめていた。
「写真撮ってやろうか?」
と唯志が言う。
「あ、良いね。唯志君も一緒に写ろうよ!」
光はぱぁっと表情が明るくなった。
「いや、俺はいい――」
「いいからいいから!」
満面の笑みを浮かべる光に、それ以上断ることが出来ない唯志だった。
光は手際よくそのあたりの人に声をかけ、写真の撮影を御願いした。
そして唯志の手を引いて強引に連れて行った。
「はい、ちーず。」
別世界の様な輝きの前で、それに優るとも劣らない笑顔の光と、少しむすっとしている唯志。
光にとって、唯志との初めての
――
「えへへー。」
唯志のスマホから先ほどの写真が送られ、光は上機嫌だった。
「・・・」
一方の唯志は、未だにムスッとしている。
唯志は写真を撮られるのが好きではないからだ。
「唯志君、機嫌直してよー。」
そう言いながらも光はニコニコしていた。
余程嬉しかったんだろう。
「はぁ。まぁひかりんが喜んでるなら良いか。」
とは言っているものの、顔色は冴えない。
「うん。今日はとっても楽しいよ。連れてきてくれてありがとう。」
「そろそろ最後かな。」
並んで歩く二人は、ひと通りの場所は見て回った。
今着いた場所で最後のエリアだった。
そこにはハートの装飾をされたイルミネーションと、鐘のようなものが建てられていた。
「ここで最後?あれって何―?」
現代人ならこの建造物の意味がなんとなく分かる。
でも光にはその意味が分からなかった。
「ああ、あれ恋人同士でくぐって、鐘を鳴らすと幸せになれる的なやつだよ。所謂願掛け。」
唯志は淡々と答えた。
「あーなるほどー。」
光は淡白なセリフとは裏腹に、そわそわしていた。
「ひかりん、
「・・・うん。まだ持ってるよ。今も。」
寒いからか、照れているからか、イルミネーションのせいか。
電飾に照らされた光の顔は、紅潮している様に見えた。
「その手紙、もう一度俺に貰えるか?」
「え、それって――」
光が言い終わる前に、唯志は何かを差し出した。
「これ、俺からのクリスマスプレゼント。」
唯志が差し出した小さな箱には、シルバーのリングが収められていた。
「この時代で、右手薬指のペアリングは恋人の証。受け取ってくれる?」
そう言って唯志は光の右手に手を当てた。
「えっと、あの、はい。・・・私で良いの?」
「良いも何も、これが答え。」
唯志は、光の指にそっとリングを通した。
光は黙って右手の薬指を眺めていた。
その目はイルミネーションのせいか、輝いて見えた。
「光。」
「え、はい!」
光はびっくりしすぎて、声が上ずってしまった。
「ここ、くぐって、鐘ならそうか。」
「・・・うん!」
唯志は光の手を引いて、光り輝くハートの装飾をくぐった。
そして、二人で一緒に鐘を打ち鳴らした。
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