第146話 ただいま

「このままレンタカー返却に行けばいいの?」

運転していた野村が尋ねた。

時刻は十九時半ごろ。

順調に走れば、ギリギリ返却も間に合う時間だろう。


「ひかりんの作戦は失敗。大人しく家に帰る。それで良いよな?」

唯志は後部座席の二人に問いかけた。


「うん。俺は大丈夫。」

と拓哉は二つ返事で答えた。


「あの、唯志君は?まだやることある?それにその、怪我は大丈夫かな?」

光は唯志の動向が気になったようだ。


「とりあえず今日は何も。それに正直に言うと、めちゃくちゃ痛い。とりあえず何も動けないかな。」

唯志はそう答えたが、逆に言うと怪我が完治したら何か動くという意味だろうか。


「怪我、辛い?病院とか行く?」

光は後ろから心配そうに見つめている。


「今日はもう病院もやってないだろうし、薬とか買って帰るよ。病院は明日だな。」

「わ、私もついてく!」

光は唯志の言葉にすぐ反応した。

「ひかりん仕事は?」

「あ、そっか。仕事だ。」

そしてすぐしょんぼりとした。


「うー、でも心配だし。」

光はうんうんと悩んでいる。


「大丈夫だよ。お守りもあるし。」

唯志が後ろを向いてニヤッと笑った。

その手には光が手紙と一緒に投函した、パワーストーンのストラップが揺れていた。


「え!?・・・読んだの?」

光の顔がみるみる真っ赤になっていく。


「手紙?読んだよ。来る途中に。」

唯志は「ふふ」と鼻で笑いながら答えた。

「そう言えば来る時なんか読んでたね。あれ、何だったの?」

野村が何気なく質問した。


「さて。なんだろーね、ひかりん。」

唯志は言いながらくつくつと笑っている。

一方の光は「わーわー」と叫びながら、顔を覆っていた。


――

レンタカーを返却して、四人で大阪駅方面に向かった。


「うー、読まれた。読まれてた。」

光は相変わらず顔を真っ赤にして、ぶつぶつと言っていた。

そしてその様子を見ている拓哉は、どんな手紙の内容だったのかが気になりやきもきしていた。


「じゃあ、ノムさんはそっちの路線だな。」

改札を通った後に、唯志が野村に声をかけた。

「あ、そっか。ノムさんそっちか。」

拓哉も思い出したかのように野村に声をかけた。

光のことが気になりすぎて上の空だったんだろう。

うーうー唸ってた光も、今更気づいたのかハッっとしていた。


「うん、それじゃまたー。」

野村が手を振って自分の路線側に移動していった。


「ノムさん、今日はありがとうー。」

光はぶんぶんと手を振りながらお礼を言った。


そして三人は自分たちの最寄り駅に向かう路線のホームに向かった。


――

最寄り駅までの移動中、三人は無言だった。

光は相変わらずうーうー唸っているし、平然としているが唯志は汗をかいていた。

恐らく怪我が痛むんだろう。

拓哉は何も言えず、ただボケーッとしている。


――

最寄り駅で降りて、三人は歩いてそれぞれの家へと向かっていた。


「じゃ。俺はこっちだから。それじゃ――」

分かれ道で唯志が声をかけてきた。

声をかけられると同時に、光が唯志の方へ一歩近づいた。

「唯志君!」

光は食い気味に唯志に声をかけた。


「?」

唯志は光の勢いに少し驚いていた。


「あの、私、その・・・。怖かった。消えなくてすんで、本当に嬉しい。」

光は涙目だったが、表情は晴れやかな笑顔だった。


「唯志君、あの・・・。守ってくれてありがとう。」

光は唯志の方をまっすぐに見つめた。

「いいって。んじゃ、またな。」

唯志はそう言って片腕をあげると、自宅側に向かって歩き始めた。


「あの、唯志君!」

光は今にも帰ろうとしている唯志に呼びかける。


「どした?」

唯志は光の方を一瞥した。


「えっと、その・・・。また、遊びに行っても良い?」

光はもじもじと小声で唯志に伺った。


「さて、どうかな~?」

唯志はくつくつと笑いながら手を振って去って行った。

歩き方が少しぎこちないのは痛みのせいだろうか。


「唯志君のイジワル・・・。」

光が拗ねたようにボソッと呟いた。


「今のは良いって意味だと思うよ。」

拓哉は不服そうな表情をしていたが、光に伝えた。

「嫌ならはっきりと言う人だから。」

続けてそう言った。

この辺は付き合いの長さが垣間見れる。

「そうなのかな。うー。」

唸っている光を尻目に、拓哉も自分たちの家に向かって歩き始めた。

そしてその後を光が小走りで追いかけていく。


なんとなくだが、一気にさみしくなった気がする。

そう思った拓哉だった。

思えばこのところ慌ただしかったせいだろうか。


一つのことに、区切りがついた。

そんな気がした。


――

部屋に戻ると、御子が泣きながら光に飛びついてきた。

同じシェアハウスの女性同士。

相当嬉しかったんだろう。


「うわーん、光―。無事でよかったー。」

泣きじゃくる御子を光がなだめていた。

「ただいま、御子ちゃん。帰ってきちゃった。」

「ええんやで。ほんま良かった。」

光が御子の頭を撫でてる。

微笑ましいな、と拓哉は思った。


ぐぅ~


家に帰って気が抜けたのか、光のお腹が鳴った。


「あ。その、何も食べてなかったし、緊張してたし!」

光は焦りながら弁明していた。

「カレーあるで!美味いで!」

御子が涙を拭って笑顔で答えた。

「作ったの光ちゃんだけどね。」

拓哉は「ふふ」と笑いながらツッコんだ。

「うっさいわ、吉田!」


ここしばらくなかった。

家を出る前はもうないと思っていた、賑やかな日常が帰ってきた。

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