第145話 唯志の作戦

「唯志君!・・・唯志君!うわーん!」

光は泣きじゃくりながら、唯志の座るシートに抱き着いた。


「無事だったの・・・?」

拓哉も安心した表情だった。


「ノムさん、とりあえず出してくれ。話なら戻りながらしよう。」

唯志がそう言うと、野村は車を発進させた。


--

走り出して少し。

いまだに光がわんわん泣いている。

それ以外は無言だった。


「・・・銃声、二発聞こえたよ。」

拓哉がポツリと言った。


「ああ、一発は俺を狙ったやつ。」

唯志が答えた。


「良かった。運良く外れたんだね。」

ぐしゃぐしゃの顔で、光が涙を拭いながら言った。


「いや、当たったよ。」

唯志はそう言って、中に来ている防弾チョッキを見せた。


「これ、防弾!?こんなのまで用意してたの?」

拓哉は驚いていた。

運転している野村も聞いていなかったのか、同じように驚いていた。


「でもこれ着ててもめちゃくちゃ痛てえ。多分アバラ折れてる。」

唯志は苦しそうにそう言った。

「ぶっちゃけると、息するだけでも激痛なんだ。」

唯志は「はは」と笑いながら言っていたが、その表情は本当に苦しそうだった。


「ただじぐん、無理じないでえ。無事だっだなら何でも良いよぉ。」

光は力強く言った。

鼻声で呂律も回っていなかったが、三人とも何とか聞き取れた。


「それだけ準備してるってことは、最初からこういうつもりだったの?」

光の意見とは裏腹に、拓哉は疑問を唯志にぶつけた。


「まぁ。山田とかち合うとしたらこのタイミングしかないと思ってたから。」

と唯志は答えた。


「なんで?」

拓哉は続けざまに質問した。

これは光も気になったようで、涙を拭って黙って答えを待っていた。

野村も黙って運転をしながら聞き入っている。


「山田の執念は凄かった。・・・まず間違いなく来ると思ってた。そして来るなら二人が説得に行く、・・・このタイミングしかないと思った。」

唯志は少し息苦しそうに答えた。

「山田さんも俺たちと同じ情報を持ってたってこと?」

拓哉が聞き返した。


「いや、多分あっちは地道に付け回しただけじゃねーかな。」

「なら尚更なんで?かち合うかは運じゃない?」

唯志の答えは、拓哉にとっては疑問を増やしただけだった。

そしてそれは光にも同様だったようだ。


「ただじぐん、なんで?」

相変わらずぐすぐす言いながら、光も唯志に質問した。


「はぁ・・・。二人には悪いけど、俺は未来は変えられないと思ってた。」

「「!!」」

拓哉と光は驚いた。

聞いてた野村も同様で、唯志の方を少しちらっと見た。


「そして、山田が動いた場合に邪魔するのはひかりんの作戦だと思ったよ。」

「なんで?私たち山田さんのことは、少しも頭になかったよ?」

光は泣き止んで、冷静に唯志に問いかけた。


「×□科学研究所って知ってるか?」

唯志は話を続けた。


「確か、何年か前にかなり精度の高い仮想現実の作成に成功したところだっけ?」

拓哉が答えた。

この手の話はネットで話題になるので拓哉も覚えていたようだ。

「そう。」

「あ、私も覚えてる。確か須々木さんの記事にも載ってた。共同研究してるって。」

「そうだな。」

唯志は二人の答えに淡々と返事をしている。


「それがどうしたの?」

野村が横から口を挟む。


「×□科学研究所の仮想現実。現代では足りないデータが膨大すぎて、実現には数十年かかる・・・。そう言われてたやつだ。」

そう言って、唯志は山田に渡した資料を拓哉に渡した。


「御子に頼んで調べてもらったけど、当たりだった。山田が現れた日、その研究所の人間が。後はわかるよな?」

唯志がそう言うと、拓哉と光もハッとした。


「山田の持ち物か何かに、その膨大なデータってのがあった・・・?」

拓哉が恐る恐る聞き返した。


「多分な。さっき山田本人にも聞いたけど、反応的に間違いない。」

「じゃあ、須々木さんの研究は、私と山田さんが過去に来たから成り立ってるってこと?」

ここまで聞くと、光でも話が見えてきたようだ。


「多分な。そうなってくると話が変わってくる。ひかりんと山田が現代に来るのは、未来にとっては必然ってことになる。・・・つまり、二人の行動で未来が変わるわけがないんだ、最初から。」

唯志は自分の考えを述べた。

そしてそれは、三人を十分に納得させる説得力があった。


「だから山田の作戦は失敗する。ひかりんのもだ。可能性としては、二人がかち合うってのが高いと思った。」


「でもそれなら・・・。それだけわかってたなら、なんで光ちゃんに協力しなかったの?」

拓哉は不服そうにそう言った。


「言っただろ。ひかりんが自殺するつもりなら協力できないって。それと、俺にとって怖いのは山田の凶行でお前らに危害が及ぶことだけだ。それさえ防げれば、後は好きにさせても良いって思ったんだよ。・・・言わなかったのは悪かったよ。」


「ううん。良いんだよ、唯志君。結果的に守ってもらったし、それに唯志君は私たちの為を思って動いてくれてたんだもん!」

拓哉はまだもやもやしていたが、光は力を込めて唯志の意見を後押ししたので、何も言えなくなった。


「岡村君。山田さんは?」

拓哉は気になっていたことのもう一つを聞いた。


「銃声、もう一発聞こえただろ?」

拓哉も光もこくこくと頷いた。


「今の話、山田にもしたんだ。・・・もう一発は、自分で頭を撃ちぬいたよ。」

唯志は悔しそうな表情だった。

自分とは無関係とは言え、自分の情報で人が死んだ。

その責任は感じているのだろう。


「復讐。止めろとは言ったけどさ。・・・他の選択肢はなかったのかな。」

暗い表情で言う唯志の呟きを、三人は黙って聞いていた。


そして光の未来を変える作戦は失敗に終わった。

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