第143話 山田の凶行②

静かな裏路地で、唯志と山田が睨みあっている。

そして、その光景を後ろから見つめる拓哉と光。


「唯志君、手大丈夫なの!?」

光が後ろから心配そうに声をかける。


「ああ、こういう事もあろうかと、防刃手袋ってやつ。」

確かに、よく見ると唯志は手袋をしていた。

それが防刃手袋ってやつなのだろう。


「離せ。」

引き続き、山田は唯志を睨みつけながら言う。

だが、離せと言われて離すわけもなく。


「離したら危ねーだろ。」

唯志は相変わらずいつもの調子だ。

こいつに恐怖心とかないんだろうか。


(いや、違うな。)

拓哉はそう思った。


唯志にだって恐怖心はある。

今だって逃げ出したいくらい怖いはずだ。

だけど、それを見せない。

何故なら後ろに俺たちがいるから。


(多分こいつは、俺たちが安心できるように強がってくれているんだ。)


今の拓哉には、唯志の気持ちが少しだけ理解できた。

ほんの数週間前までは何を考えているのか、さっぱり理解できなかった。

でも今はなんとなくわかる。

そんな気がした。


「何故邪魔をする?」

「別にお前の邪魔をするつもりは無かったけどね。」

「尚更、何故邪魔をした?」

「友達を殺されそうになってんのに、みすみす見逃すかよ。」

唯志と山田が睨みあいながら押し問答をしている。


「諦めて帰ってくれるなら手を離すぞ。須々木ももう逃げたし、諦めろよ。」

唯志がそう言うと、山田はナイフを手放した。

その様を見て、拓哉と光はホッと胸をなでおろした。


「お?諦めてくれるの?」

そう言いながら唯志はナイフを遠くへ投げ捨てた。

もう安全だと思った光は、唯志に駆け寄ろうとした。


だが、それを唯志が手で制した。

「ひかりん、待った!」


「ああ、諦めた。」

そう言うと、今度は懐からを取り出した。


その黒いものは、拓哉も見覚えのあるものだった。

ただ、現物を見るのは初めてだし、何より現実味が無かった。


「え?」

拓哉はそのあまりにも非現実的な状況に、理解が追い付いていなかった。


「あれってもしかして、?」

光が目と口を大きく開いて、唖然としていた。


「ひかりん、吉田・・・。逃げろ!」

唯志が声を張り上げた。


山田が唯志に向かって銃を構える。


「え、うそ。冗談だよね?」

光の額から冷汗が流れた。


「早く!吉田、ひかりん連れてけ!」

「う、うん。光ちゃん!」

唯志が大声で言うと、ハッと我に返った拓哉が光の手を引いて走り出した。


「でも!?唯志君は!?」

光は拓哉に連れられながら、唯志の方を振り返った。

「俺はいいから、とにかく急いで離れろ!吉田、そこを左に曲がって大通りに出ろ!」

唯志は大声で拓哉に指示を出す。

「わかった!」

拓哉は、足取りの重い光を引っ張って、とにかく走った。


その様子を見ていた山田は、銃口を拓哉たちの方に向ける。

しかし、その前に唯志が立ち塞がる。


「先に死にたいのか?」

山田は唯志を睨みつけて言った。

「死にたくはないな。それ、おもちゃなんじゃないの?」

唯志は冷汗を垂らしながらも、強がって見せた。


「試してやろうか?」


――

パアン!


文字に表すとそんな感じになるだろうか。

だが、文字であらわすよりもはるかに轟音だ。

そんな音が響き渡った。

ちょうど、拓哉と光が角を曲がった直後だった。


「唯志君!」

光は拓哉の手を振りほどいて立ち止まり、後ろを振り返った。


「光ちゃん、逃げないと。」

「でも!唯志君が!」

光は涙目で拓哉に訴えた。


「俺たちが行っても何もできないよ!それに岡村君も逃げろって言った!」

「だけど!置いて行けないよ!」

「俺たちが追い付かれたら、岡村君の時間稼ぎが無駄になる!だから逃げなきゃ!」

拓哉はそう言って、光の手を掴んで再び走り始めた。

光はまだ納得していなかったが、歯を食いしばって走っていた。


――

言われた通り、大通りまでたどり着いた。

その時。


パアン


先程よりも小さく、だが確実に同じ音が聞こえた。


「また!?唯志君!」

光は音のする方を見ていた。


「光ちゃん、とにかく今は――」

拓哉がそう言おうとすると、少し離れた場所から二人を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい!タクと光ちゃーん!」


「え?」

拓哉が声のする方に振り返ると、そこには手を振っている野村がいた。

そして野村が走って近づいてきた。


「なんでノムさんがここに?」

拓哉は素朴な疑問を投げかけた。

「あれ?岡村君から聞いてないの?」

野村は状況がわからず、キョトンとしていた。


「とりあえず二人とも車に乗りなよ。二人が来たら乗せるように、岡村君から言われてるから。」

「え?唯志君に?」

野村の言葉を聞いて、呆けていた光が振り向いた。

もはや唯志の名前に反応しているだけの様だ。

「そうそう。話は車に乗ってからしよう。」

そう言って野村は車の方に案内した。


――

野村が運転席に乗り込み、二人は後部座席へと乗り込んだ。


「ノムさん、どういうこと?」

拓哉は早速とばかりに質問した。


「俺も詳しいことはわかってないけど。俺は岡村君に頼まれて――」


それからこれまでの経緯を野村が話した。

唯志に頼まれ、レンタカーで一緒に来たこと。

ここで待ってるように頼まれたこと。

場合によっては二人が逃げてくるかもしれないこと。

その場合、二人を乗せて逃げるように言われたこと。


拓哉たち二人が知らない話ばかりだった。


――


「つまり、岡村君はこの状況も想定してたってこと?」

と拓哉が聞く。

「だろうね。で、最初からそのつもりで動いてたんじゃない?」

と野村も聞き返す。


「・・・で、この場合は?三人で逃げたらいいの?」

野村の話から、唯志の指示を再確認した。

「かな?」

野村もはっきりとはしないが、そう答えた。


「ダメだよ!唯志君置いて行けないよ!」

聞いていただけの光が、横から割って入った。

その顔は涙に濡れ、その言葉には怒気が混じっていた。


一心不乱に訴える光に、二人は何も言えなかった。

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