第142話 山田の凶行①
二人の間に緊張が走った。
ターゲットの須々木。
その十メートルもない後ろにぴったりとくっついて歩く山田。
二人ともそれを知っている。
そして先日の騒動でのあの鬼気迫る様子。
二人は須々木と山田を見つめたまま、動けなかった。
すると山田の方に動きがあった。
懐に手を突っ込んだと思ったら、サバイバルナイフを取り出した。
そのナイフを持ちながら、徐々に須々木との距離を詰めるように歩く速度が増している。
危ない。
拓哉は一瞬でそう思った。
と同時に拓哉は少し考えてしまった。
山田が須々木を殺すのなら、それは光の目的も達成ということではないかと。
その考えが一瞬行動を遅らせてしまった。
次の瞬間、拓哉の目の前には走っていく光が見えた。
「光ちゃん!」
無駄な思考をしていた分、拓哉の反応はワンテンポどころか、ツーテンポほど遅れてしまった。
光が走り出すのとほぼ同時に、山田も須々木に向かって走り出していた。
(ヤバい!)
ドンッ
「うわっ!」
--
寸でのところで光が須々木に体当たりし、須々木が転倒することで山田の凶刃から逃れていた。
そして、体当たりした光も反動で倒れこんでいた。
「逃げて!」
光が叫んだ。
「な、なんなんだ。君は一体・・・?」
須々木はわけもわからずに光の方を見ていた。
しかし山田の方を見て、ただならぬ状況なのは理解した。
「な!なんだ君は!?」
須々木は怯えながら叫んだ
「いいから!早く逃げて!この人はあなたを殺そうとしてる!」
光が必死に須々木に呼び掛けた。
「ひぃ!」
光の懸命の訴えのおかげで、須々木もようやく立ち上がり、逃げようとし始めた。
「逃がすか。」
しかし、最初から立っている山田の動き出しの方が当然のように早い。
すぐに須々木に向かって迫ろうとした。
「だめ!」
光は必死に山田の足にしがみついて、動きを妨害した。
「なんなんだ、お前は。」
そう言うと、山田は足を蹴り上げ、光を引きはがした。
「きゃあ!」
体重の軽い光は簡単に振りほどかれ、その場に倒れこんでしまった。
「邪魔をするなら・・・、お前から殺す。」
そう言った山田の目は本気だった。
光に向かってナイフを振りかぶると、そのまま光に向かって振り下ろそうとした。
刹那。
「光ちゃん!」
ツーテンポほど遅れていた拓哉が、ようやくこの場にたどり着き、光に向かって凶刃を振るおうとしている山田に体当たりを喰らわせた。
さすがの山田も、予想していなかった方向からの体当たりに、体勢を崩して軽く転倒してしまった。
「光ちゃん、大丈夫!?早く、逃げないと!」
拓哉はすぐさま光に駆けよると、起こそうと手を取った。
「タク君、ありがとう。・・・あ!」
光が立ち上がって前を見ると、拓哉の後ろで既に山田が立っていた。
光の様子を見て拓哉も恐る恐る振り返る。
「邪魔してくれたな。・・・お前ら、前に会った未来人のツレか。」
山田は血走った目で二人を睨みつけながら言った。
二人はそのあまりの迫力に、蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなかった。
「い、いくら未来の為でも、人を殺すのは間違ってます!」
光は意を決して山田に意見した。
光は少しでも時間を稼ぎたかった。
須々木が逃げる時間を。
「未来?そんなもん知らん。俺の家族が死ぬ原因となった須々木。あいつを殺す。これは復讐だ!」
そういう山田の狂気に満ちた表情に、二人は思わず後ずさりした。
こいつは須々木を殺すこと以外考えてない。
そして、邪魔した俺らもただじゃ済まない。
それがはっきりと感じ取れた。
「ひ、光ちゃん。俺たちも逃げないと・・・。」
「う、うん。でも足が・・・。」
拓哉も光も今すぐにでも逃げ出したかった。
しかし山田に睨まれている現状、恐怖からか体が震え、まったく動けなかった。
山田は光の方に向き直ると、ナイフを振り上げた。
「邪魔をするなら、死ね。」
山田は冷淡にそう言うと、ナイフを振り下ろそうとした。
「あっ」
光はその時、自分の
恐怖で体が震える。
足は動かない。
(私の最後はこんなにあっけないんだ。)
一瞬の間にそんな思いが頭をよぎった。
(未来、変えれなかったな。でも人を一人守ったよ。)
光は唯志に貰ったストラップをギュッと握りしめ、目を瞑った。
--
「光ちゃん!」
さっきまで動かなかった足が動いた。
気が付くと、光と山田の間に割って入り、光を庇っていた。
「タク君!」
目を開いた光の眼前には、割って入った拓哉が映り込んでいた。
拓哉には山田が振り下ろしてくるナイフが、とてもスローに見えた。
(ああ、これが死ぬ前にスローモーションになるってやつなのかな。)
恐怖から目を閉じてしまったが、目を閉じたら不思議と恐怖心が無くなった。
--
俺は今から死ぬ。
殺される。
でも、光ちゃんだけは守りたい。
--
拓哉は冷静にそれだけを考えていた。
--
拓哉の体感で五分、いや十分程度に感じただろうか。
不思議と痛みは無い。
むしろ何の変化もないとさえ感じる。
(光ちゃん、無事だと良いな。)
そう思いながら、拓哉は恐る恐る目を開いた。
「唯志君!」
光の叫び声とともに拓哉の目に飛び込んできた光景は、唯志の後ろ姿だった。
(え?)
拓哉はいまだ焦点の合わない目を凝らして、目の前の状況をよく確認した。
山田が振り下ろしたナイフは、唯志の手に掴まれていた。
そして、山田と唯志が対峙したまま睨みあっていた。
「あっぶねー。ギリギリだったな。」
顔は見えないが、声色はいつもの調子の唯志だった。
(岡村君?なんで?)
拓哉は状況が呑み込めなかった。
「吉田。ひかりん守ったな。」
後ろ姿の唯志がそう言った。
「・・・うん。」
拓哉は初めて唯志に褒められた。
多くは言っていなかったが、そうだと思った。
「あとは任せろ。」
唯志は掴んでいるナイフに力を込めた。
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