第141話 決行当日

十一月四日。

作戦決行当日。

昼前頃。


光は唯志のマンションのエントランス、唯志の部屋の郵便受けの前にいた。

そして、昨晩何度も何度も書き直して書いた手紙を投函した。


「唯志君、今までありがとう。結局ちゃんとお礼とか出来なくてごめんね。さよなら。」

そう呟くと、光は郵便受けに向かって深々と頭を下げ、エントランスから出て行った。


――

「ただいまー。」

光が部屋に帰ると、御子と拓哉の返事があった。


「夕飯作っちゃうね。」

そう言うと光はパタパタと台所に移動した。

「今日くらいゆっくりしたらええんちゃう?うち一人くらい何とでもなるで。」

と御子が言った。

「良いの良いの。二人の明日からが心配だし、カレー作っておくから。」

光は笑顔でそう言うと、台所で調理を始めた。


「もったいないな。ええ嫁になれたやろうに。」

御子は独り言か、拓哉に言っているのか、わからないトーンでボソッと言った。

拓哉は何も答えなかった。


――

夕方、十六時半過ぎ。


「そろそろ行こうか。」

拓哉が珍しくキリッとした表情で言った。

「うん、行こっか!」

光もやる気満々と言った表情と声だった。


「光。気をつけてな。そんで、出来ることなら帰って来てな。」

御子は今にも泣きだしそうな表情だった。

「ふふ、御子ちゃんありがとね。カレー、ちゃんと食べてね。」

光は微笑んで御子と軽く抱き合った。

そして離れると拓哉の方に向き直った。


「じゃあタク君。エスコートよろしくね。頼りにしてるよ。」

拓哉が黙ってうなずくと、二人で部屋を後にした。


「作戦、失敗したらええのにな・・・。」

部屋に一人残された御子が呟いた。


――

十七時半過ぎ。

拓哉たちは現場最寄り駅に到着した。


「タク君、道は大丈夫?」

「うん、任せて。」

わざわざ下調べに出向いただけあって、拓哉は自信あり気に道案内を始めた。


「須々木さんが来るのって、タク君調べだと六時半くらいだっけ?」

「先週はそうだったよ。でも今日も同じかわからないし、早めに行って待ってよう。」

「うん、そうだね!」

そんなことを話しながらも、拓哉の案内でスムーズに現場へと向かっていた。


--

現場付近。

拓哉と光は待機しやすそうな場所で、話をしながら須々木が来るまで待つことにした。


「当たり前だけど、唯志君の写真通りの場所だね。」

「うん。先週須々木さんはあっちから来たよ。」

拓哉が指さした方を光も見た。

「じゃあ、あっちの方注意しながら待ちだねー。」

光がニコッと笑った。


「ねぇタク君。」

数分黙っていた二人だったが、光が拓哉に話しかけた。

「どうしたの?」

「こうやって未来変えるチャンスがあるのって、タク君のおかげだなって思って。」

光は拓哉の方に顔を傾けてそう言った。


「・・・そんなことないよ。ほとんど岡村君のおかげでしょ。あと間宮さんとか。」

拓哉は謙遜ではなく、本音でそう言った。

自分がやったのは、二人の集めた情報からの下調べくらいだ。


「そうじゃなくてね。私、タク君と会えたから、唯志君とか皆に会えたんだよ。」

光は「えへへ。」と言いながら笑った。

「タク君が私のこと見つけてくれなかったら、私今頃どうなってたか。・・・少なくともこんなチャンスは無かったと思う。」

拓哉は黙って聞いていた。


「だから、タク君ありがとう。本当に感謝してるよ。」

光は優しい笑顔で拓哉を見つめた。


「そんなの・・・、俺の方だって。」

「タク君も?私、迷惑はかけたけど、何も出来てないよ?」

「そんなことないよ。・・・少なくとも、俺は初めて本気で人を好きになったよ。」

光は「あはは」と苦笑いをした。

「まぁ結果はご存じの通りだけど、ね。」

「ごめんね、タク君。」

光は俯いてしまった。


「良いんだよ。人を本気で好きになったのも。・・・フラれたのも。人生で初めての経験だよ。きっと俺にとってすごくいい経験になったと思うよ。」

拓哉は光と初めて会った時と違い、穏やかにそしてはっきりと話が出来ている。

確かに成長しているということなのかもしれない。


「タク君、私の何がそんなに・・・、その。好きだったの?」

光は困った様な顔で拓哉に尋ねた。

「わかんない。一目惚れだったから。」

「あはは、そうなんだ。ならタク君、同棲とかシェアハウスも、下心ありありだったの?」

光が意地悪に笑った。

「う・・・。そんなことは・・・。」

拓哉はバツが悪そうに目を背けた。


「ふふ、わかってるよ。タク君は単純に親切心でやってくれてたって。」

そう言って光は微笑んだ。


「そういう光ちゃんは?岡村君のどこがそんなに良かったの?」

今度は拓哉が光に尋ねた。

「うーん、どうなんだろ。いつの間にか好きになってたし。・・・私も人に恋するの初めてだし。」

「そっか。」

拓哉はまっすぐに前を向いて返事をした。


「タク君のおかげで人を好きになることも、・・・人に好かれることも知れたよ。たったの五か月くらいだったけど、私にとってはとても充実した五か月だったよ。」

「俺も。今までの人生で一番充実してたと思う。」

そう言うと二人でくすくすと笑いあった。


そんなことを話している間に、時刻は十八時半になろうとしていた。


最初に気づいたの拓哉だった。


「光ちゃん、あれ!」

拓哉は光の耳元で、なるべく小さな声で光にアピールした。


「あ!須々木さんだ!」

光もなるべく周囲に聞こえないように、気を使いながらも声を上げた。


ちょうど曲がり角、須々木が路地に入ってきたところだった。

ほんのあと数十秒で、接触出来る距離まで来る。

チャンスは最も近づいた瞬間。

二人は今かと、その瞬間を待った。


しかし数秒後、二人の目には信じられないものが映りこんだ。


「光ちゃん、あれって!」

拓哉は思わず少し大きな声を出してしまった。


「あれ・・・!!?」

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