第140話 最後の晩餐

十月三十一日。

作戦決行前の最後の日曜日。

朝の十時を過ぎたころ。


この日も拓哉は遅めの起床だった。

ただいつもと違うのは、だらだらして遅く寝たというわけではない。

光の為に少しでも役に立てればと、夜遅くまで念入りに下調べをしていたのだった。

起きてリビングに行くと御子がソファーで寛いでいた。


「おはよーさん。」

御子はスマホを見ながら挨拶だけを言ってきた。

「おはよう、西条さん。・・・光ちゃんは?」

「光ならなんか出かけるって。夕方には戻る言うてたで。」

「そうなんだ。」


この日は御子も光も休みを取った。

作戦を決行したら光は消えるかもしれない・・・。

それなら、と。

せめてこの日ぐらいは全員で休みを取って、夕飯でも豪勢に食べようかと。

御子の提案だった。


食卓には光が用意してくれた拓哉の分の朝ごはんが置いてあった。

拓哉は椅子に座ると、それを食べ始めた。


「なぁ吉田。」

御子がソファーの側から話しかける。


「なに?」

拓哉は朝食をとりながら答える。


「あんたは思い残すことないんか?」

そう言って拓哉の方を見た。


「どうなのかな。多分、ないんだと思う。」

拓哉は悩みながらもそう答えた。


「ふーん。ちゃんとみたいやな。」

御子は拓哉の色を確認して、納得したようだ。


「人の心、読まないで貰えますか?」

そう言いつつも、慣れだろうか。

全然嫌な顔はしていない。

平然と食事を続けながら答えていた。


「ばっちりフラれたみたいやな。」

「う、うるさいな。でも、すっきりはしたよ。」

「そうやろな。」

御子の目から見ても、拓哉の雰囲気に少しだけ変化があるのがわかった。


「吉田。」

「なに?」

「今度の作戦、あんたも気をつけてな。無理したらあかんで。」

「うん、ありがとう。」


そう言うと御子は冷蔵庫の方に行きごそごそした後、拓哉のいる食卓に座った。

「ほれ。」

そう言うと、御子は自分と拓哉の前にビールを置いた。

「え?飲まないよ?というかまだ朝だよ?」

拓哉は少し呆れた顔で断った。


「そう言わんと、付き合ってや。最後かもしれへんやろ。」

御子はそう言うと自分の分のビールを開けた。

「俺と西条さんは・・・。別に消えたりはしないと思うよ?」

「アホか。光がおらんなったら、このシェアハウスだってどうなるかわからんぞ?」


言われてみたらそうだった。

御子もそこそここの生活にも慣れてきたし、もう拓哉が一緒に住む理由も無くなる。

それでなくても若い男女二人だ。

色々倫理的に問題がある気がする。


「はぁ。俺そんなに飲めないよ?」

「ええよ。光が帰ってくるまで、のんびりしとこ。」


拓哉は渋々ビールの缶を開け、少しずつ口に運んだ。


--

十五時過ぎ。


「大体さー。俺だけ心読まれてるとかズルくない?」

拓哉が若干酔った状態で、いつもより饒舌になっていた。

缶のビールを一本飲んだだけなのだが。

それも朝方にだ。


(こいつ、酔ったらめっちゃしゃべるなぁ。)

御子はその様子を面白がっていた。


「だからー、心が読める訳ちゃうって。あんたがわかりやすすぎるだけや。」

「はいはい、俺は単純ですよ。」

かれこれ四時間以上、こうして二人で話をしていた。

それなりに盛り上がっている様だ。


「単純と言うよりは--」

御子が話を続けようとしていたところ、玄関のドアが音を立てて開いた。


「ただいまー!」

光が帰ってきたようだった。


「「おかえりー。」」

拓哉と御子が同時に返事をした。


「あれ、二人ともお酒飲んでるの?タク君珍しいね。」

光はニコッと笑った。


(可愛い。)

拓哉は露骨にデレっとした表情だった。

酔っているせいか、いつもよりも更にわかりやすい反応になっている。


「吉田、キモいで・・・。」

御子にすぐにツッコまれた。


「光も帰ってきたし、そろそろ夕食の出前でも取ろかー。寿司でええやろ?」

「うん、良いよ。ありがとう、御子ちゃん。」

「吉田、注文頼むわー。」

「はいはい。」


--

待っている間、光も飲めと御子に勧められ、三人で談笑しながら軽く飲んでいた。


「で、光はどこ行ってたん?」

「あ、梅田にねー。ちゃんと遊びに行った覚えなかったから、一人で色々見てきたかったんだ。」

「そっか。楽しめたか?」

「うん、おかげさまで。あ、お土産あるよ。」


そう言うと光はごそごそとカバンの中を漁った。


「ほら、これ!」

光が取り出したものはパワーストーンで作られたストラップだった。

それを二人に手渡した。


「ほー。奇麗やな。」

「でしょー。一応それぞれ意味があってね。二人とも幸せになれますようにって、願いを込めておいたよ。」

「へぇー。ありがとう光ちゃん。あれ?そのもう一個の少し違うやつは?自分用?」

拓哉は光が手に持っているもう一つのストラップが気になったようだ。

よく見ると二人に手渡したものと作りが違うし、若干豪華に見えた。


「あ、えっと、これは・・・。」

光はもじもじしていた。

「察したれよ、吉田。渡しに行くんか?」

御子がそう言うと、ほろ酔いの拓哉でもなんとなく察した。

あれは唯志用なんだろう。


「ううん。手紙書いてね、ポストに入れておこうかなって。」

「そっか。」

「こうやって形に残したら、私のこと覚えててくれるかなって思って。ははは、重いかな?」

光は照れたように言っていた。


「それくらいええんちゃう。それにうちらが忘れへんよ。な、吉田。」

「うん。俺は絶対覚えてるよ。だから安心して。」

拓哉は力強く答えた。


そうしている間に、注文していた出前の寿司が届いた。

三人は最後の晩餐とばかりに、遅くまで飲み食いしながら楽しんだ。

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