第139話 拓哉も頑張る

翌日。

十月二十八日木曜日。

夕刻十八時ごろ。

拓哉は唯志の地図を頼りに現場にたどり着いた。


「ここが岡村君が決めた場所か。確かにこの場所なら人目にも付きづらいし、話をするには良いかも。」

そう言って拓哉は周りをキョロキョロと見渡していた。


「あとは須々木さんが通るのを待つだけか。・・・あ!」

そこでふと気づいた。

拓哉は須々木の顔を知らなかった。


唯志や光などは、雑誌で須々木の写真を見ている。

だが拓哉は今日この日まで、須々木の顔を見たことが無かった。


(しまった!これじゃわからないじゃん。)

覚悟は決めたものの、詰めの甘い拓哉だった。


――

そんな困っておろおろしている拓哉を、物陰から見つめている人物がいた。


「あいつ、何やってんだ?」

そこにいたのは唯志だった。

唯志は陰から拓哉の様子を窺った。


唯志の目的も拓哉と同じだった。

須々木が実際に通るかどうか、その確認。

協力はしないと宣言した唯志だったが、どういうつもりか、またわざわざ出向いて来ていた。


(まぁちょうど良いや。)

何がちょうど良いのかはわからないが、唯志はそう考えていた。


(ん?あいつなんか様子がおかしいな。・・・なんか困ってんのか?)

唯志は拓哉の様子がおかしいことに気づいた。


(あいつもしかして、須々木の顔知らないまま来たのか・・・?で、今頃そのことに気づいたとか・・・。吉田ならあり得そうだな・・・。)

ズバリその通りだった。


(はぁ。念のため送っておくか。)

唯志はスマホをポチポチ操作し、拓哉に須々木の顔写真を送った。


(さて、はどうするのかな?)

そして物陰からその後の様子を窺った。


――

一方の拓哉側。

スマホが着信を告げる。


(なんだ?岡村君?)


拓哉がスマホを開くと、唯志からyarnで画像が送られてきていた。

「念のため」というメッセージを添えて。


「これ、もしかして須々木さん?」

拓哉はキョロキョロと辺りを見渡した。

見張られてるとでも思ったんだろうか。

(実際その通りだが。)


(偶然かな?しかし、気の回るやつだな・・・。光ちゃんが惚れるのも、まぁわからなくもないよな・・・。)

そう思って、拓哉は若干凹んだ。

だが、すぐに気を取り直して通りの隅の方に移動した。


(ここから須々木が通るのを待つか。確か岡村君の推測だとそろそろ・・・。)

時刻は十八時半前。

情報から唯志が推測した、この場所の通過予定時刻は十八時二十分~四十分の間。

つまりそろそろ通るはずだった。


――

五分後。


(来た!)

スーツ姿のいかにも理系ですという顔をした中年男性が、拓哉の前を通ろうとしている。


(写真と雰囲気は違うけど・・・、間違いない。情報は正しかった。)

拓哉は小さくガッツポーズをした。


そのまま拓哉は、須々木が通りを曲がり、目的の喫茶店に入っていくまでをこっそりと見届けた。


「よし、大丈夫そうだ。」

拓哉はひとり呟いた。

(一人だったし、時間も予定通り。来週話しかけるのも問題なさそうだ。)


そう確信した拓哉は、帰りの道順も念入りに確認しながら駅方面へと向かっていった。


――

拓哉が去ったのを見届けて、唯志が物陰から出てきた。


(あいつが来るとはね。)

唯志は拓哉がいたことに驚いたようだ。


(今頃やる気だしたのか?おせーよ。)

そう思って苦笑した。


「さて、そんなことより・・・。」

唯志はスマホを取り出すと、電話をかけた。


「あ、ノムさん?ちょっと頼みがあるんだけど――」


――

電話が終わった唯志は、須々木の入った喫茶店に同じく入って夕食を食べていた。


そして須々木が会計を済ませて店を出ると、後を追うように店を出た。


(喫茶店に何かがあるわけじゃないんだな。ただのルーチンワークなのかもな。)

唯志は、そんなことを考えながら後を追う。


――

三十分以上後を追っただろうか。

電車の乗り降りも含めて追い続け、うまいこと須々木の自宅と思われるマンションの前までたどり着いた。


(流石にこれ以上は無理だな。)

マンションの前でそう思い、唯志は引き返した。


な。・・・来週はどうだろうな。)


唯志は一人、考え込みながら帰って行った。


――

少し前の時間。

御子宅。


「あれ?吉田おらんの?」

御子が帰ると、光が夕食を食べているところだった。


「うん。なんか用事があるからって連絡あったよ。」

そう言うと光は手際よく御子の分の食事を用意した。

現代に現れた四カ月ほど前は家事なんて全く出来なかったが、ずいぶんと上達したものだ。


「なあ、光。」

光が席につくと、御子は食べながら話しかけた。


「どうしたの?」

光も食事の続きを食べながら答える。


「唯志に会えるの、この土日がラストチャンスかもしれへんで。」

「そう、かもね。」

「会わんで良いんか?」

「会いたいよ。でも会ったら決意が鈍りそうで。」

光は困った笑顔を見せた。


「でも最後かもしれへんのやで?」

「う・・・。」

「なんなら家に押しかけて、押し倒したらええやんか!」

御子は身を乗り出して迫った。


「え、それはダメだよ。唯志君も困るって。」

「ダメなことあるか!男なんてみんな狼なんやで!?それに、処女のまま死ぬん嫌やろ?」

御子はここぞとばかりに光を煽った。


「うう・・・。会ってくれるかな?唯志君。」

光は不安そうな顔をしている。

「会ってくれへんなら押しかけたらええねん。」

御子はふんと鼻を鳴らしたら。


「ふふ、そうだね。ありがとう御子ちゃん。」

「ええって。行く気になったか?」

「ううん、止めとく。会ったら多分、私ダメになると思う。」

光は苦笑いを見せた。


御子はじっと光を見た。

さっきまでの揺らいでた色は無い。

気持ちは固まってしまったようだ。


「そっか。じゃあしゃーないな。」

御子はお節介のつもりだったが、逆に意思を固めてしまったことを悔やんだ。

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