第137話 拓哉と光

拓哉は光の部屋の前に立っていた。

考えてみたら引っ越しから二カ月近く経つが、未だに女子二人の部屋に入ったことは無かった。

そもそも人生で女子の部屋に入ったことすらない。

それ故にか緊張して、かれこれ十分ほども部屋の前で立ち尽くしていた。

傍から見たら怪しい人物だ。


拓哉は大きく深呼吸すると、意を決して光の部屋をノックした。


コンコン


静かな通路にノック音が響いた。


「はーい。」

数秒後、光の返事する声が聞こえた。

今にも心臓が破裂しそうなほど緊張している拓哉には、この数秒が永遠の様にも感じた。


(返事はあったけど、これ開けて良いのかな?どうなんだろ?)

拓哉が悩んでいると、内側からドアが開いた。


「あれ、タク君?どうしたの?」

光は相変わらず目が真っ赤だったが、笑顔を見せた。


しかし、御子に言われて来ただけの拓哉は、「どうしたの?」と聞かれて困った。


(・・・何しに来たんだっけ?)

拓哉は要件が全然思いつかず、プチパニックで黙り込んでしまった。


無言。

女性の部屋をノックして、そのまま無言で立ち尽くす男・・・。

傍から見たら少し危ない人の様だ。


「えっと・・・?」

光は相変わらず笑顔だが、少し困っていた。

だが、流石に拓哉も困っている光の顔を見て何かしゃべらないとと思った。


「あ、あの・・・、入っても良い?」

そう拓哉が言うと、光は一瞬びっくりしたが、「どーぞ」と招き入れてくれた。

要件すら不明なのに、怖くはないのだろうか。

単純に光の拓哉に対する信用の表れなのかもしれない。


(やばい、良い匂いする・・・。)

部屋に入った拓哉が最初に思ったことだった。

いかにも彼女いない歴=年齢な感想である。


「それで、タク君どうしたの?」

感極まってぼんやりしている拓哉に、光が改めて用件を聞いた。

拓哉は質問されてハッと我に返った。


「あ、えっと・・・、その・・・。」

だが御子に言われて来ただけの拓哉は、当然要件が無かった。

強いて言えば・・・、光が心配だった。

それくらいだ。


「あ、もしかして心配して様子見に来てくれたのかな?」

光がニコッと笑った。


「あ、あの・・・。」

拓哉は言葉は出なかったものの、こくりと頷いた。


「あはは。タク君優しい。・・・ありがとね。」

光は笑顔を見せた。

(大丈夫そうに見えるけど・・・。もう平気なのかな。)

その笑顔を見た拓哉は、少しだけ安心した。


「あの、光ちゃんもう大丈夫?」

「えへへ。恥ずかしいところ、見せちゃったね。」

光は照れくさそうに頬を掻いた。

拓哉は「そんなことないよ。」と否定した。

そんなことしか言えない自分に、少し嫌気がした。


光はベッドに座わると話を続けた。

「唯志君と莉緒ちゃん、怒らせちゃった。・・・いつも嫌な顔もせずに、助けてくれてたのに。」


「・・・」


「私ね、未来変えたら消えちゃうかもって前から思ってた。それでも未来を変えたかった。」


「うん。」


「そう思ってから莉緒ちゃんの気持ちが少しわかった。こんな気持ちなんだって。」


「えっと・・・?」

拓哉は何の話か分からなかった。


「あはは。わからないよね。・・・好きなのに、別れを選ばないといけないって気持ち。」

光がそう言うと、拓哉はなんとなく意味が理解できた。

唯志と莉緒が別れた時のことを言ってるんだろうと。

そして、今はのことを言ってるんだろうと。

それがわかってしまって辛かった。


「光ちゃんは岡村君のことが・・・。その・・・。」

その先は自分の口からは言い出しづらかった。


「うん。私は唯志君が好き。だけど未来を変えるなら、私が消えちゃうなら、お別れしなくちゃいけない。」

光は遠い目をしていた。


「きっと莉緒ちゃんもこんな気持ちだったんだなって、わかったよ。」


「・・・」

拓哉は何も言えなかった。


「でもね、未来にいたままだったら。本気で人を好きになるってこと、一生知らなかったかも。」


「うん。」

その相手が自分じゃないのが辛かった。


「だから後悔は無いの。ただね・・・。」


「なに?」

拓哉は続く言葉を待った。


「最後の瞬間は唯志君の傍が良かったな。それくらいのわがまま、許されるかなって思ってた。」


「・・・」

拓哉は光をじっと見つめるだけだった。


「結果は見ての通り。唯志君に嫌われちゃったかな?」

光は困ったように笑った。


「そんなことない、と思うよ。」

拓哉は精一杯フォローしたつもりだ。


「だと良いな。でも、もう会えないなら意味ないなぁ。」

光はため息をついていた。


「光ちゃん。俺が・・・、代わりに俺が傍にいるよ。最後の瞬間は、必ず。」


「タク君?」

光は拓哉の言葉に驚いて、拓哉の方を見た。


「俺じゃ意味ないかもしれないけど・・・、一人になんて絶対しないよ。」


「タク君・・・。」

光は複雑な表情をしていた。

そしてそのまま続けた。


「そう言えば、現代で最初に会ったのもタク君だね。最後もタク君ってなると、なんか運命的だ。」

光は目を細めてニコッと微笑んだ。


その笑顔に拓哉はドキッとした。


そして--


「光ちゃん、俺は君が好きだ。初めて会った、その日から。」

自分でも意識せずに、言葉が口から出ていた。


「えっと、タク君。ほんとに?」

光は驚いた顔をしていたが、拓哉自身が一番驚いていた。


「え、あの、えっと!」

つい言ってしまったせいで、その後のこととか何も考えていなかった。


「・・・本当。」

だが、取り繕うことはやめて、観念した。


「そっか。ありがとうタク君。男の人に告白されたの初めてだ。」

光はまた困った笑顔をしていた。


「でもね。それでも私は唯志君が好き。ごめんね、タク君。」

そしてこういうと、深々と頭を下げた。


「わかってる。わかってるよ。」

答えなんてわかっていた。

元々言うつもりもなかった。


完璧にフラれた。


だが思っていたよりも心は穏やかだった。

清々しさすら感じた。


はっきりとフラれたことで吹っ切れたんだろう。

永久に言わないままお別れするよりも、ずっと良かった。


「タク君、ズルい女って思うかもだけど・・・。それでも、私に協力してくれるかな?」

光は申し訳なさそうに拓哉の方を見て言った。


「もちろんだよ。光ちゃんの為なら、何でもするよ。」

そう言うと光は喜んでくれた。


--

光の部屋を出ると、拓哉はキリっとして前を見た。


覚悟は出来た。

もう迷わない。

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