第123話 莉緒の選択

公園。

ここに来るのは以来だな。


もう一時間ほどベンチに腰掛けて佇んでいた。


あんな適当な呼び出し方でちゃんと来れるかな?

・・・いや、絶対来るね。

相手は唯志だもん。


「莉緒。」


そう思っているところにちょうど唯志が現れた。


「唯志。ちゃんと来れたね。」

そう言って莉緒はニコッと微笑んだ。


「呼び出し方適当すぎるだろ。なんだよ、『あの公園で待ってる』って。」

「あはは、でもちゃんと伝わったじゃん?」

「まぁお前のことだからな。わからないわけないだろ。」

「うん、それでこそ唯志だ。」

他愛もない会話。

いつも通りの二人の会話だった。


そして暫しの沈黙。

先に声を発したのは唯志だった。


「・・・行くんだろ?」

「あはは、お見通しか。さすがだね。」

莉緒は苦笑いを浮かべた。


「どこに行くんだ?」

「うーんとね、東京。」

「そっか・・・。」

唯志は特に表情を崩すことはなかった。

この展開も予想していたからだろうか。

それとも元々気にしていないんだろうか。


「あれ?止めてくれないの?」

莉緒はいたずらに笑っていた。

「止められたくないから・・・、決めてから伝えてるんだろ?」

「ぶー、察しが良すぎるのも考えものだぞー。止めてもらいたい乙女心とかさー!」

莉緒はぶーぶーと言っている。


「いつから行くのか、決まってんのか?」

唯志はぶーぶー言っている莉緒を無視して、話を続けた。

「んー、行くのは春から。でもまだ試験とかも受けてないんだよね。これから猛勉だー。」

莉緒はてへへと笑いながら頬を掻いた。


「それなら、まだだいぶ先じゃねーか。しかも落ちる可能性だってあるんだろ?」

「もちろん。でも私が落ちると思う?」

莉緒は胸を張ってどや顔をした。


「落ちないだろうな。」

唯志も自分で言っておいて苦笑いだった。

「えへへ。それにね、落ちたら唯志のところに戻ったら良いみたいな甘えがあるとダメだと思うんだ。自分で決めたことだし。」

「・・・」

唯志は何も答えなかった。


「それに卑怯じゃない?私だけ保険かけてんの。唯志の好きな女はそんな狡い事する女だった?」

「・・・しないな。」

「でしょ。」


莉緒から詳しい話の説明があった。

四月からは東京に行くこと。

卒業後も東京で働くことになること。

・・・そして夢が叶うかもしれないこと。


「唯志と会う前の私はさ、絵だけ描いてれば幸せだった。絵を描く仕事をすること、それだけを夢見てた可愛い少女だったんだー。って、知ってるか。」

「うん。知ってる。」

「でもさ。唯志に会っちゃってさ。本当に楽しかった。幸せだった。このまま、唯志の傍で過ごす未来も悪くないかなって思っちゃってた。」

「・・・うん。」

「でも今回の話があった時、やっぱり夢は諦めきれないって気づかされたんだ。」

「うん。」

唯志はただ相槌を打ちながら、真剣に話を聞いている。


「だから、ね。」

そう言って莉緒は精一杯背伸びして、唯志の唇に自分の唇を重ねた。


「これが、最後だよ。唯志。」

そう言って笑った莉緒は今まで見た中で一番の笑顔で、それでいて両目ともに流れるものが抑えきれていなかった。

それを見た唯志は黙って莉緒を抱きしめた。


--

「それにさ、これからは恋人じゃないかもしれないけど、親友だよね。」

両目から溢れるものが止まり、いつも通りの笑顔になった莉緒が言った。


「そうだな。俺のこと一番理解してるのは莉緒だし。男女とか関係ない。」

「ね!似たものカップルってよく言われたしねー!」

「そうだな。」

二人は出会った時のあのベンチに腰掛け、話を続けていた。


「だからだよね。多分私たち、お互いに似すぎてるんだよね。」

「それは良い事じゃないのか?」

「わかんない。でも多分、恋人は真逆なタイプの方が良いんじゃないかな。私たちは親友の方があってるのかも。」

「どうかな。今の時点ではわからないな。」

「確かにねー。」


そう言うと、莉緒はベンチから立ち上がり、唯志に背を向けたまま話し始めた。


「ほんとはね、唯志も連れて二人で行こうかなとかも、ちょっと考えたんだけどね!」

「なんでその相談はしてくれなかったんだ?」

「わかんない。でも、なんでかそれはダメな気がしたんだ。」

「なんでか、か。」

唯志は苦笑いしていた。


「もう行くね。振り返ると決心が鈍っちゃいそうだから。」

「もう暗いぞ。送って行こうか?」

「ううん。一人で帰らせて。」

「・・・わかった。気をつけて帰れよ。」

唯志がベンチに腰掛けたまま、莉緒はゆっくりと第一歩を踏み出そうとしていた。


「あ、そうだ、唯志。」

最後に思い出したかの様に莉緒が言いだした。

ご丁寧に手をポンと叩いて。


「どうした?」

唯志は莉緒の続きを促した。


「ひかりんのこと、よろしくね。あの子は唯志がついててあげなきゃダメだよ。」

そう言うと、莉緒は出口方向に向かって歩き出した。


「おい、莉緒・・・。」

唯志の静止を無視して、莉緒は行ってしまった。


--

十分くらい経っただろうか。

唯志はベンチに座ったまま、煙草に火をつけた。


「俺にどうしろってんだよ・・・。」

唯志は小さな声でつぶやいた。

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