第122話 莉緒と唯志
元々、絵を描くことが大好きだった。
絵を描くことが一番だった。
割と裕福な家庭に生まれて恵まれていた。
両親も頭が良く、その能力を特に問題なく引き継いだ。
だから勉強も人並み程度にやれば、人並み以上には出来た。
大好きな絵を描いていて、特に不自由なく生きてきた。
だが・・・、いやそれ故にか、人を疑うなんてことは知らなかった。
自分が何不自由なく幸せに生きていたから、人を疑うなんて考えたこともなかった。
だからだろう。
両親や大学受験、浪人。
親しかった信頼していた先輩、信じていた友達。
それに恋人にも捨てられたなぁ。
色々あった。
色々ありすぎて、軽く人間不信になってた大学に入るちょっと前くらいの頃。
あの頃は荒んでたな。
絵を描いてたいだけなのに。
色んな事に、色んな人に邪魔されるって思ってたっけ。
誰も信じず、一人で生きて行こうって思ったりもしたんだったかな。
そんな時に唯志に出会った。
今思えば変な出会い方。
公園のベンチで、たまたま横に人が座った。
それが唯志だった。
私はと言うと、横に誰か座ったとか全然気づいてなかったし、興味もなかった。
五十メートルくらい先でいちゃついてるカップルにムカついてただけだった。
--
「昼間からいちゃつきやがって。バカップルめ。何幸せアピールしてんだ。」
気が付くとそんな嫌味を呟いていたらしい。
私としては、心の中で思っただけのつもりだったんだけど。
すると隣の
「幸せかどうかはわからないぞ?」
莉緒はギョッとした。
自分が言葉を発していたことにも驚いたが、それに返事があったことも驚いた。
いつもなら無視してしまうところだけど、話が話だけに続きが気になった。
気が付けば言葉を返していた。
「でも、どう見ても幸せそうですよ?まるで全てのことが上手くいってますみたいな。腹立つなー。」
「さぁ、どうかな?真実(ほんとう)は二人しか知らないってね。あ、この場合は
「?」
莉緒は言われている意味がわからず混乱した。
「じゃあ、あの二人が今すぐ不幸になるとしたら。それは君にとって喜ばしい事?」
「え・・・?お兄さん危ない人ですか・・・?バイオレンスな展開は見たくないですよ?」
莉緒は怪訝そうな顔で、唯志を疑いながら見ていた。
「はは、そう言うことじゃないって。君が幸せそうなのが腹立つって言ってたから。なら不幸になるなら嬉しいのかなって。それに・・・。」
「それに?」
「・・・さっきまで、世の中の全てが憎いみたいな顔してたからね。」
「・・・そうかも。私が今辛いのに、馬鹿みたいに幸せそうにしているあの人たちムカつく。そう思った。今すぐどん底に落ちて欲しいって。」
莉緒は暗い、冷たい表情でそう言った。
今の莉緒からは想像できない程ネガティブな意見だ。
「はは・・・。ダメですよね、こんなマイナス思考じゃ・・・。他人の不幸を願うなんて、すごく嫌な女みたい・・・。」
(私は見ず知らずの人に何言ってんだか・・・)
莉緒は自分の発言に自分で嫌気がさして、ますます暗い表情になった。
「さぁ、どうかな。俺は別に悪くないと思うけどね。・・・それにマイナスとマイナスは掛け合わせたらプラスにもなるんだぞ?」
「・・・?それ、数学の話ですよね?」
莉緒は意味不明と言う顔をしていた。
相変わらず表情は暗いままだ。
「さて、どうだろう。・・・ほら、これ見てみて。」
そう言って唯志はスマホの画面を差し出した。
画面上はyarnのメッセージ送信画面になっており、そこに書き込まれていた文字は--
「『別れよう』・・・。なんですか、これ?」
莉緒は見せられた画面の意味がわからなかった。
いや、意味はなんとなく察したが、何故見せられたのかがわからない。
「まぁ見てて。おっと、先にスマホをサイレントにしておかなきゃな。はい、ぽちっと。」
そのまま唯志はそのままメッセージを送信した。
これがなんだというのだろうか。
自分の不幸でも見せつけるつもりなのか。
・・・くだらない。
--二分ほど経っただろうか。
遠目に見ていた
女性の方が明らかにおかしくなっていた。
「そろそろ来るかな?」
そう言って唯志は莉緒にも見える様に画面を見せていた。
次の瞬間には画面が着信画面に切り替わった。
画面には女性の名前が表示されていた。
「え?」
莉緒は画面と遠くに見えるカップルを交互に見ていた。
「長いなー。はよ諦めろよー。」
「え?え?」
莉緒は状況がわからず混乱していた。
やがて着信は途切れた--かと思ったらすぐにまた着信が来る。
それを何度か繰り返しただろうか。
少し離れた場所から女性の金切り声が聞こえる。
見ると先ほどまで
「やっと途切れた。今のうちにブロックしよっと。」
少し着信の間が空いた隙に唯志がスマホを操作していた。
話は少し見えてきた。
この隣の男性は、多分あのカップルの女性の彼氏なんだろう。
そして、あの女性は浮気をしていたんだ。
「おーおー、揉めてる揉めてる。そっちが揉める必要ないのに。」
「えっと・・・大丈夫ですかねあの二人?」
「さて、どうだろ。さっきまで仲良くやってたんだから、そのまま続けたら良いのにね?」
「不幸ってこういう意味ですか・・・。お兄さん趣味悪いですね。」
「さて、何のことやら。でも、少なくとも一人だけは笑顔(プラス)に出来たみたいだけど。」
そう言って笑った唯志の横で、莉緒も小さく笑顔になっていた。
変な出会い方だった。
そんな出会い方だったのに、何か凄く惹かれるものがあって、莉緒の方から連絡先を交換してもらった。
唯志といる時は楽しかった。
気が合った。
二人はすぐに仲良くなって、半年ほどで付き合うようになった。
今から約一年前の話だった。
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出会ってから一年半ほど。
付き合ってからだと一年ほど。
これまでの思い出が走馬灯のように蘇る。
「楽しかったな。唯志と出会ってから。」
莉緒は寂しそうにつぶやいた。
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